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秋田県横手市の〝ベビースイカ〟に血圧を抑制する働きがあると国立大学が実証

ご当地研究最前線
秋田大学教育文化学部教授 池本 敦

ベビースイカが血管を拡張すると判明

秋田大学の研究で、間引きされた未成熟なスイカに血圧低下作用があると判明

秋田県南部にある横手市は、2005年に8つの市町村が合併して生まれた、比較的新しい都市です。現在、秋田県内で秋田市に次ぐ9万人弱の人口を誇っています。

私の勤務する秋田大学では、2009年に地域の活性化を目的として横手市に分校を開設しました。横手分校は、街づくりの推進や地域産業の活性化、教育、文化・芸術の振興などに広く取り組むことを目的として設立されました。

その一環として、地域住民からのある要望にこたえようという動きが生じました。それは「廃棄物として捨てられてしまうスイカをなんとか有効活用できないか」という、数多くの農家さんからの切実な願いがきっかけです。

ベビースイカの重量ごとにACE活性阻害作用を確認した実験。小形のベビースイカのほうが、ACE活性阻害作用が高いことが判明した

横手市を流れる雄物川の周囲は、東北でも有数のスイカの名産地として知られています。甘みが濃くて大きなスイカを作るには、水分や栄養を集中させなければいけません。そのため、スイカ栽培の過程では、たくさん実ったスイカが未成熟なうちに、いくつも間引く必要があります。間引かれてしまう未成熟なスイカ(ベビースイカ)は、全体の約8割と膨大な量に上ります。

スイカ農家の中には、間引きしたベビースイカをしょうゆのたまり漬けにしたり、煮詰めて凝縮したスイカ糖にしたりして食用にしている人もいます。しかし、地域産業の一環として展開するためには、ベビースイカにどのような有効性があるかを調べる必要がありました。

私たちはまずベビースイカの抽出物に、どのような働きがあるのかを調査しました。20種類前後の実験を行い、抗酸化作用や脂質吸収阻害作用、神経細胞保護作用などの有無を調べ、高い有効性が認められる可能性のあるものを研究していきました。

試験を重ねた結果、ベビースイカの抽出物は、強いACE活性阻害作用を有することが分かりました。ACEは酵素の1種で、血液中に存在する特定のたんぱく質を分解してアンジオテンシンⅡを生産します。アンジオテンシンⅡは、血管を収縮させたり、ナトリウムの蓄積を促したりして、血圧を上昇させる物質です。

ベビースイカが持つACE活性阻害作用は、ACEの機能を阻害することで、アンジオテンシンⅡの生産を抑える働きがあります。血管の収縮を緩和させて、血圧を下げる効果が期待できるのです。

私たちは、ベビースイカの大きさがACE活性阻害作用に関係するかどうかを調べるために実験を行いました。すると、成熟したスイカにはACE活性阻害作用は見られず、ベビースイカでも大きなものと比べて小さなもののほうがより強い効果を有することが分かりました。

BWEの三大作用で血圧が低下すると実証

ベビースイカの抗酸化作用を確認した実験。試薬の色の濃さが薄いほど、抗酸化作用がある。小形のベビースイカのほうが、抗酸化作用が高いことが判明した

さらに、スイカに多く含まれる有効成分として知られる「シトルリン」に関しても調査を行いました。シトルリンは、1930年に日本の研究者によって初めて発見されたアミノ酸で、スイカの中から見つかりました。現在、サプリメントとして米国を中心に普及が進んでいるほか、ヨーロッパでは医療品の主成分としても流通しています。

シトルリンは、体内でさまざまな働きを担っています。中でも、体内で発生するアンモニアを肝臓で毒素の弱い尿素へと変換する働きが代表的です。

さらに、私たちが注目しているのは、血管を拡張させる働きです。シトルリンは、体内で一酸化窒素(NO)を生産します。NOには血管を広げる働きがあるため、血流を促進することがよく知られています。

高血圧のラット12匹にBWEエキスを与えた実験。対照群に対して、血圧の低下が確認された

また、シトルリンには、抗酸化作用があり、活性酸素による障害を防ぐ働きもあります。活性酸素は酸化作用の強い酸素のことで、体を酸化させてさまざまな疾患を引き起こします。活性酸素が血管を傷つけると、動脈硬化(血管の老化)が起こります。動脈硬化が起こると血管が狭くなり、血圧が上昇します。シトルリンの抗酸化作用には、動脈硬化や高血圧を防ぐ働きが期待できます。

シトルリンの含有量は、成熟したスイカよりもベビースイカのほうが多いことが分かっています。シトルリンはスイカの皮と果肉の間の白い部分に多く含まれています。ベビースイカのほとんどは白い部分のため、シトルリンが豊富に含まれていると考えられます。

ベビースイカには、「ACE活性阻害作用」「一酸化窒素生成作用」「抗酸化作用」の三大作用があり、強力に血圧を下げる働きが期待できます。さらに注目すべきなのは、それぞれが「血管の収縮を抑える働き」「血管の拡張を促す働き」「血管の老化を抑える働き」である点です。ベビースイカは、血管に対して3つの効果を同時に発揮すると考えられるのです。

ベビースイカを食資源として産業利用するさい、これまでの研究結果から「有効成分を単独で利用するのではなく、ベビースイカに含まれる有効成分をまとめてとることで、複数の機能性の相乗効果を発揮することに期待をすべきだ」という結論に達しました。私たちは、ベビースイカのエキスを「BWE」と名づけて活用することにしました。BWEには、シトルリンだけでなく、グルタミンやアルギニン、アスパラギンなどのアミノ酸の他、カリウムやマグネシウムなどのミネラルも豊富に含まれています。

BWEの効果を確認するために、私たちは高血圧を発症させたラットで動物実験を行いました。12匹のラットに、5%のBWEを含んだ水を与えて5週間にわたって経過を観測しました。すると、別に用意していた水だけを与えたラットの血圧は上昇したのに対し、BWEを含んだ水を与えたラットの血圧は低下したのです。さらに、ACEを阻害する医薬品との比較も行いましたが、血管拡張作用は同等であることが分かりました。

現在、BWEの使用者の方から喜びの声が少しずつ届くようになりました。高血圧の人がBWEをとることで、血圧が下がる傾向になったことが確認できています。さらに、「手足などのむくみが改善した」という複数の報告もありました。

BWEにはカリウムが豊富に含まれていることから、むくみへの効果が期待できます。カリウムには利尿作用があり、水分をナトリウムとともに排泄するため、むくみの改善が期待できるのです。また、シトルリンによって血管が広がると余分な水分も流れやすくなります。つまり、排尿を促進して、むくみが改善することも考えられます。

BWEの研究は、まだ中間地点にも達していません。ACE活性阻害作用を持つ食品でベビースイカのような植物性素材のものは少なく、現状では未知の部分が多いといえます。BWEの研究を重ねている私たちは、ACE活性阻害作用を発揮する成分を突き止めつつあり、今後さらなる効果が明らかになるでしょう。

BWEは現在、ジャム、ジュース、ゼリー、各種のお菓子などに利用されています。研究が進むにつれて、より多くの効果が明らかになり、幅広い用途が開発されていくことを期待しています。