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泡盛の副産物であるもろみ酢を乳酸菌で発酵させた飲料が肝機能を改善させると判明

ご当地研究最前線
東京工科大学応用生物学部教授 野嶽 勇一

もろみ酢の風味改善に乳酸菌の発酵力が寄与

沖縄の地酒である泡盛には約600年の歴史がある

私の専門は、応用生物学です。具体的には、人間の肌や腸に存在する細菌(常在菌)に関する研究を行っています。細菌の中には、人間の健康維持・増進に役立つものが少なからず存在しています。健康に役立つ細菌の機能性を世に伝えるため、私は日々研究を重ねています。

細菌の中には、人間の生活と密接に関係しているものが多く存在します。例えば、納豆やチーズなどを発酵させるさいに必要な細菌が健康に役立つことは広く知られています。

私の研究室に株式会社石川酒造場から「泡盛蒸留粕発酵飲料」が持ち込まれたのは、2014年のことでした。泡盛蒸留粕発酵飲料は、沖縄の地酒である泡盛の製造過程で生じる「もろみ粕」を搾って「もろみ酢」を製造し、さらに乳酸菌で発酵させたものです。この記事では、「もろみ酢乳酸菌発酵飲料」と呼ぶことにしましょう。

もろみ酢乳酸菌発酵飲料をマウスに与えたところ、高脂肪食を与えたグループに比べて内臓脂肪や血中コレステロールの増加が抑制された

私もお酒を飲む機会が多く、泡盛は身近な存在でした。ところが、当時は泡盛の製造過程からもろみ酢ができることさえ知らなかったのです。その後に、もろみ酢の誕生にまつわる話や、もろみ酢乳酸菌発酵飲料が乳酸菌を使ってもろみ酢をさらに発酵させたものであると聞いて、私の知的好奇心は強く刺激されました。

沖縄の地酒である泡盛は、約600年の歴史を誇るといわれています。泡盛の原料はお米です。一般の米焼酎の原料が私たちが日常的に食べているジャポニカ米なのに対して、泡盛の原料は細長い形状が特徴であるインディカ種のタイ米に限定されています。

泡盛の特徴として、黒麹菌を利用していることも挙げられます。沖縄のような亜熱帯の環境では雑菌が増殖する危険度が増しますが、黒麹菌には雑菌の繁殖を抑える働きがあります。タイ米は黒麹菌と相性がよく、泡盛の製造は亜熱帯気候の沖縄に適した方法なのです。

もろみ酢は、泡盛を造る過程で発生するもろみ粕を搾って造られる清涼飲料水です。もろみ粕には黒麹菌の働きで作られたクエン酸や必須アミノ酸が豊富に含まれており、健康飲料として注目されています。

石川酒造場は1970年代に世界で初めてもろみ酢を製造し、普及に努めてきた先駆者です。しかし、もろみ酢を普及させる上で大きな壁となったのが、もろみ酢の独特のにおいでした。健康維持に役立つと理解していても、においが苦手で継続して飲用できない人が少なからずいたのです。また、もろみ酢を対象とした研究が少なく、機能性に関する科学的な根拠が少ない点も普及拡大の障害になっていました。

もろみ酢乳酸菌発酵飲料を高脂肪食とともにマウスに与えたところ、通常の飼料を与えたグループよりも血糖値が改善した

石川酒造場は、まずにおいの改善を目的に地元の琉球大学農学部の平良東紀教授と産学共同で研究を重ねました。当初は、果実の味や香料を加えることで風味を調整しましたが、もろみ酢特有のにおいが残ってしまいました。

試行錯誤の末、ようやくたどり着いたのが、もろみ酢乳酸菌でさらに発酵させるという方法でした。もろみ酢は、乳酸菌のエサとなる栄養素を豊富に含んでいます。乳酸菌でさらに発酵させることで、においを改善することに成功したのです。

石川酒造場は、琉球大学との共同研究として2013年度に「もろみ酢を乳酸発酵させる技術」を確立。30種類以上の乳酸菌の中から検討を重ね、最終的には「ラクトバチルス・プランタラム」という菌種を用いて大幅な風味の改善に成功したのです。現在、もろみ酢乳酸菌発酵飲料の製造に関しては、産学共同研究として特許出願中です。

肝臓の機能低下を抑え中性脂肪の増加を抑制

もろみ酢乳酸菌発酵飲料が誕生するまでの話を聞いて興味を抱いた私は、動物実験で健康機能性に関する研究を行うことにしました。マウスを3つのグループに分け、それぞれに「通常の飼料」「高脂肪食」「高脂肪食にもろみ酢乳酸菌発酵飲料を混ぜたもの」を与えて飼育しました。

8週間後、高脂肪食を与えたマウスの肝臓の状態を確認したところ、障害による肝機能の低下が起こってコラーゲン線維が増加していることが分かりました。コラーゲン線維の増加は肝機能の低下を反映しています。

もろみ酢乳酸菌発酵飲料をマウスに与えたところ、アレルギーを引き起こす物質であるIgEやIgGを抑制した

一方、高脂肪食にもろみ酢乳酸菌発酵飲料を混ぜたマウスでは、障害が抑制されていることが分かりました。もろみ酢乳酸菌発酵飲料が肝臓の保護に役立っていると考えられます。さらに、もろみ酢乳酸菌発酵飲料を与えたマウスの中でも、もろみ酢乳酸菌発酵飲料を五%与えたマウスのほうが、3%与えたマウスよりも障害が抑えられていると判明しました。

もろみ酢乳酸菌発酵飲料は、脂質代謝に働きかけて、中性脂肪やコレステロールの増加を防いでいることも分かりました。研究を進めると、中性脂肪やコレステロールを増やす酵素(体内での化学反応を促す物質)の働きを抑える作用があると判明しました。コレステロールを抑えるしくみは、一部の医薬品の働きと似ていることも確認できたのです。さらに、血糖値や腸内環境に対する改善作用やアレルギー抑制作用なども期待できることが分かっています。

石川酒造場が52人にもろみ酢乳酸菌発酵飲料を2週間飲んでもらったアンケート結果では、便秘や肌の状態、お酒の抜け、睡眠の質などの改善が報告されています。腸内環境が悪化すると、腸内で有害物質が生成されます。有害物質は血液を介して肌に悪影響を与えることから、今回の便秘や肌の状態に改善が見られたという報告には大変興味深いものがあります。

石川酒造場ではさらに研究が進められており、2018年11月からヒトを対象とした腸内環境や肌の状態に関する試験を行っています。研究結果が学会などで発表されることを、私も心待ちにしています。

食品に関する科学的根拠の収集は、多くの人の健康増進に寄与します。研究者の立場からも、もろみ酢乳酸菌発酵飲料の発展ともろみ酢市場の活性化に期待しています。