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〝いびき〟は更年期以降に発症しやすく就寝中の無呼吸による酸素不足から全身の不調を引き起こす

呼吸器科
銀座コレージュ耳鼻咽喉科院長 都筑 俊寛

女性にも多いいびきは離婚の原因にもなりさまざまな要因から気道が狭くなって発症

[つづく・としひろ]——1984年、浜松医科大学医学部医学科卒業。埼玉県立小児医療センター耳鼻咽喉科医長、フランス国立神経科学研究所認知行動生理学教室客員教授、帝京大学医学部耳鼻咽喉科准教授などを経て、2009年より現職。日本めまい平衡医学会評議員、日本聴覚医学会保険医療委員会委員、日本耳鼻咽頭科学会認定専門医、NPO法人日本臨床レーザー協会会員、国際めまい学会会員、ベストドクターズインジャパン推薦医師。

いびきは男性特有のものと考えられがちですが、昔から女性の患者さんも少なくありません。私の長年にわたる診療経験から、女性の5人に1人は年齢にかかわらずいびきに悩まされていると感じています。

いびきで苦しんでいる方からは、「友人といっしょに旅行に行けない」「家族に迷惑をかけてしまう」「誰にも相談できない」という声をよく耳にします。特に、女性は羞恥心から誰にも相談できないケースが多く、結果的に男性の患者さんが多いと認識されているだけなのです。

いびきを放置することは大きな問題です。私のクリニックに来院される患者さんの中には、いびきが原因で離婚の危機に瀕している方もいらっしゃいます。欧米で行われた調査でも、離婚原因の上位にいびきを含めた睡眠の問題が挙げられています。さらに、最近になってようやく、いびきがさまざまな生活習慣病の原因となることが知られるようになってきました。

そもそも、いびきはどのようにして起こるのでしょうか。いびきのしくみをお伝えするには、まず呼吸のしくみから説明する必要があります。

鼻から吸い込まれた空気は、鼻腔・咽頭・喉頭を経て気管に流れ込みます。鼻から鼻腔、咽頭、喉頭までの空気の通り道を「上気道」といいます。気管を通った空気は枝分かれした気管支を経て左右の肺に入り、酸素と二酸化炭素のガス交換が行われ、逆の経路をたどって大気中に放出されます。

いびきを発生させるのは、のどの奥の口蓋垂(のどちんこ)周辺の粘膜組織です。流入する空気の速度が速ければ、粘膜が振動して「ガー」「ゴー」といった音を起こしやすくなります。健康な状態では、粘膜が震えるほどの空気の速さになりません。ところが、さまざまな原因で上気道が狭くなると、空気の速度が速まって、粘膜が振動しやすくなるのです。

覚醒しているときにいびきが起こらない理由は、気道周辺の組織が筋肉によって支えられ、ある程度の広さ(内径)が確保されているからです。ところが、体を休める睡眠中は、筋肉が弛緩しやすくなって気道が狭くなってしまい、いびきが起こりやすくなります。気道が狭くなる原因は、筋肉の弛緩だけではありません。次に、主な原因をご紹介しましょう。

いびきの二大原因は肥満と口呼吸で気道が狭くなって空気抵抗が大きくなることで発症

上気道の構造

肥満 肥満は腹部だけに見られる症状ではありません。のどの内側や舌にも脂肪が過剰に蓄積し、結果として気道が狭くなってしまいます。更年期以降は体質が変わって肥満になりやすくなるため、注意が必要です。また、女性ホルモンの一つであるプロゲステロンには上気道の筋肉の活動を高める働きがあります。閉経後の女性ホルモンの減少によって、いびきが引き起こされている方もいるかもしれません。

口呼吸 男女問わず、問題となるのが口呼吸です。口呼吸は、鼻呼吸に比べて軟口蓋が落ち込みやすく、空気抵抗が大きくなります。また、軟口蓋や口蓋垂の粘膜部分が乾燥して腫れ上がることで、上気道の狭窄を招くことがあります。

鼻づまり いびきの原因として増えているのが、花粉やほこりなどによるアレルギー性の鼻炎です。鼻がつまると酸素を吸うために口呼吸に頼るようになり、いびきを招きやすくなります。

疲労 仕事や人間関係の問題から、疲労やストレスをため込む女性が増えています。疲労は、いびきを引き起こす大きな原因です。疲労を回復しようとして、睡眠時に筋肉がより弛緩するようになります。さらに、酸素をより多く吸入しようとして口呼吸に移行してしまうこともあるのです。

小顔 小顔になりたいと願っている女性は少なくないでしょう。しかし、いびきという点で考えると注意が必要です。あごが小さいと舌が下あごに収まらず、のどの奥に落ち込みやすくなって気道を狭めてしまうからです。

飲酒 飲酒をすると、全身の筋肉が弛緩していびきが起こりやすくなります。さらに、アルコールを分解するために大量の酸素が必要になり、呼吸量が多くなっていびきが発生しやすいのです。

口蓋垂・扁桃腺 寝るときの姿勢も重要です。あおむけに寝ると舌がのどの奥に落ちやすく、口蓋垂や周辺の組織も重力で下がるため、気道が狭くなります。ほかにも、口蓋垂や扁桃腺が大きい人は気道が狭くなりがちです。

強烈ないびきを起こす睡眠時無呼吸症候群は心疾患や脳卒中などの合併症を招く危険因子

1つでもあてはまったら、睡眠中にいびきをかいている可能性があるため、専門医の受診をおすすめします

さまざまな原因で発症するいびきですが、いくつかの種類に分けられます。眠っているときに毎回かくいびきを「習慣性のいびき」といいます。習慣性のいびきは、重症度によって2段階に分けられます。

比較的軽く、一般的に知られているいびきは「単純いびき症」といいます。単純いびき症は、疲労・飲酒・ストレス・鼻づまりなど、原因が明確な場合が多く、それぞれ対処することが可能です。原因を取り除いてもいびきが続く場合は、医療機関を受診してください。

習慣性のいびきの中でも重症度が高いものに、閉塞性の「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」があります。睡眠中に気道が完全にふさがり、断続的に呼吸が中断される症状です。医学的には、睡眠中の1時間あたりの無呼吸と低呼吸の回数を示す「無呼吸・低呼吸指数(AHI)」が5以上であれば、睡眠時無呼吸症候群と診断されます。

睡眠時無呼吸症候群の症状としては、強烈ないびきのほかに集中力の低下、日中の眠け、夜間頻尿、起床時の頭痛、睡眠中の呼吸停止・息苦しさ、起床後の熟睡感のなさ、口の渇きなどがあります。潜在的な患者数は300万人以上いるといわれ、のどの周辺の筋肉の衰えによる老化現象の一つでもあるため、50代以上になると増える傾向があります。

睡眠は日中に活動した脳と体を休息させるためのものです。私たちの体は交感神経と副交感神経という2つの自律神経の調節によって、呼吸や血液循環、ホルモン分泌などの機能のバランスを保っています。寝ている間は、体を休息させる副交感神経が優位になっています。

睡眠時無呼吸症候群を発症すると、全身に酸素が十分に行き渡らなくなります。すると、危険を察知した脳が覚醒して呼吸の再開を促すとともに、交感神経が活発化して心拍数と呼吸数を上げ、不足した酸素を補おうとします。睡眠中のため、本人が気づくことはありませんが、寝ている間、日中に活動しているときと同じように大きな負担がかかってしまうのです。

睡眠時無呼吸症候群は、事故を引き起こす原因として社会的に認知されるようになってきました。睡眠時無呼吸症候群になると、睡眠中に脳を十分に休ませられなくなります。その結果、日中強烈な眠けに襲われ、交通事故や労働災害を起こす可能性が2.4倍も高くなることがわかっているのです。

さらに、睡眠時無呼吸症候群はさまざまな生活習慣病の引き金にもなります。具体的なしくみはまだ完全には解明されていないものの、肥満・高血圧・糖尿病・心臓病・脳卒中などを招きやすいことが確かめられています。睡眠中に酸素が欠乏した状態になり、少ない酸素を全身に送り届けようと交感神経が優位になることで、日中を含めて長期的に心臓や血管に負担がかかっていることが一因と考えられます。

いびきの解消には睡眠時の姿勢も大切で自分に合った枕を使うと改善しやすい

自分に合った枕の高さ

睡眠時無呼吸症候群の治療において第一選択肢とされるのは、マスクを装着し、機器で酸素を送り込んで気道を確保するCPAPでの治療です。治療効果は高く、合併症の予防や生活の質(QOL)の改善が報告されています。

しかし、CPAPの難点は継続しなければ効果がない点です。マスクを装着する不快感や旅行などの持ち運びに不便であることから、約半数の人しか継続できないといわれています。マウスピースでの治療もあるものの、同様の理由で継続が難しいという方が少なくありません。

私のクリニックでは、いびきや睡眠時無呼吸症候群の患者さんに対してレーザー治療を行っています。のどの奥の気道を狭めている組織を切除し、空気の通り道を確保する治療法です。女性にはプライバシー保護のために個室で対応し、職員や医師以外と顔を合わせずに治療を終えることができます。

レーザー治療の問題点は、一度の治療で大きな改善があるものの、2週間程度痛みが継続することです。外科的処置を行うため、医師と相談のうえで自分に適した治療法を選びましょう。

病医院で行われる治療法以外にも、日常生活の中で取り組めるいびきの解消法としては、肥満を解消したり、鼻づまりを治して鼻呼吸に戻したりすることが挙げられます。

また、睡眠時の姿勢を変えることもおすすめです。横向きになって寝るだけでも舌がのどに落ちることをある程度防げるため、いびきの軽減に役立つでしょう。

さらに、枕も非常に重要な要素です。いびきをかく方の多くは、自分に合った枕の使い方をほとんどしていません(「自分に合った枕の高さ」の図参照)。理想的な高さの枕に替えるだけで、およそ1割の方にいびきの改善が見られます。いびきに悩んでいる方は、枕についても医師や専門家と相談してみましょう。