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痛みが和らぐ? 早期退院できる? 合併症は? 人工関節の疑問と 利点・欠点を専門医が解説

整形外科
JA長野厚生連 南長野医療センター篠ノ井総合病院副院長/整形外科統括部長 丸山 正昭

人工関節置換術の最大の利点は痛み・歩き方の改善で骨溶解も劇的に減少

[まるやま・まさあき]——1984年、信州大学医学部卒業、同大学整形外科学教室入局。1994年、米国ハーバード大学、1995~96年、米国インディアナ大学に留学、国立療養所(現・まつもと医療センター)中信松本病院勤務を経て、2003年7月より篠ノ井総合病院に勤務、2017年4月より現職。信州大学医学部臨床教授、日本整形外科学会認定専門医、日本スポーツ協会認定スポーツドクター、麻酔科標榜医。専門分野は、股関節・ひざ関節を中心とした下肢の関節外科、スポーツ整形外科、骨粗鬆症の診断と治療。

私には、整形外科医として信条としている言葉が2つあります。2つ目は「鬼手仏心」です。かつて私が入局した信州大学整形外科学教室の医局に、こう書かれていた額が飾ってありました。「手術を行うときは鬼のように大胆に思い切って手を動かしつつも、心は仏であれ」という意味です。私は、この言葉に外科医の極意を感じました。

そして、2つ目は「手術はいつも初めてやると思え!」です。昔、尊敬している脳外科の先生から教わりました。「いつもやっているからといって気を緩めず、初心を忘れるな」ということですが、私自身も常に自分にいい聞かせています。

変形性股関節症の治療では、最終手段として人工関節置換術が検討されます。ただし、人工関節置換術以外にも、運動療法(自動ジグリング器による関節の運動も含む)、薬物療法などの保存療法や、骨切り術などの関節を温存する手術療法があります。私は、1人でも多くの患者さんが保存療法や関節温存手術で問題なく一生涯暮らせるようになってほしいと願っています。しかし、股関節の変形がかなり進み、これらの治療法では改善できない場合、人工関節置換術が選択されることになります。

患者さん(76歳・男性)は右側が変形性股関節症で脚長差があったが、人工関節置換術で脚長差が矯正され、術後7年が経過しても良好な状態を維持している

私が副院長を務める篠ノ井総合病院(長野市)において、過去5年間で初回の人工関節置換術を受けた患者さんの平均年齢は64歳です。最年少の患者さんは24歳で、大腿骨頭壊死(太ももの骨の股関節内の部分への血流がとだえ、骨組織が死んだ状態になる疾患)に伴う変形性股関節症の方でした。

人工関節置換術は、変形した骨や余分に形成された骨棘(軟骨が骨化したトゲ状の骨)などを取り除いた股関節の骨母床(土台となる骨)に、金属やセラミックなどで作られた人工関節を埋め込んで股関節を置き換える手術です。人工関節置換術の適応となる病期は進行期~末期で、対象年齢は一般的には65歳以上といわれています。

しかし、日常生活を送るうえで障害が大きかったり痛みが強かったりする場合は、年齢が若くても、将来的に再置換術を受ける可能性があることを承知していただいたうえで、人工関節置換術を行うことがあります。前述した「大腿骨頭壊死」は大腿骨側だけの病変のため、骨盤側の骨が変形しないうちは、「大腿骨頭回転骨切り術」や大腿骨側だけを置換する「人工骨頭挿入術」で済む場合もあります。

変形している股関節の太ももの骨の先端(大腿骨頭)を切除し、骨盤のおわん状の骨(寛骨臼)の内部を削って人工関節に置き換える。骨への固定にセメントを用いることもある

変形性股関節症の痛みの多くは、股関節の変形が原因で起こります。人工関節置換術のメリットは、なんといっても痛みが取れ、歩き方も改善することです。人工関節置換術では変形した骨を取り除いて人工関節に置き換えるため、痛みなどの症状はほぼ消失します。また、人工関節置換術を受けることで股関節の可動域(動かすことができる範囲)が広がる場合もあり、階段の昇り降りやトイレでの立ち座りの動作など、日常生活もらくになります。1ヵ月以上入院しなければならない骨切り術などの関節温存手術に比べて、入院期間やリハビリテーションの期間が2~3週間と短くて済むのもメリットの1つです。

変形性股関節症が進行して股関節の変形が進むと、大腿骨頭の位置が外上方にずれて変形している側の脚が短くなり、脚長差を生じることがあります。人工関節のメリットには、脚長差をある程度まで矯正できることも挙げられます(人工関節置換術による脚長差の矯正例の写真参照)。

人工関節の耐用年数は、1990年代後半に摩耗の耐久性が高められたクロスリンクポリエチレンが導入されたことによって劇的に向上し、現在ではほとんどが20年以上となっています。以前は、人工関節の材料(特にポリエチレン)の摩耗粉が生体反応を引き起こし、人工関節の周りの骨が骨溶解(骨が溶けて失われること)を起こしてしまう問題がありました。しかし近年では、人工関節の摩耗が従来の6分の1以下になり、骨溶解が劇的に減少し、緩みをきたす人工関節の患者数も減りました。

人工股関節は脱臼・細菌感染などの合併症を伴い、耐用年数があるという点にも注意

股関節を曲げ(屈曲)つつ、ひざを内側に入れる(内転・内旋)ような脚の動かし方には注意が必要

ただし、人工関節置換術は、決して万能な治療法ではありません。「人工関節置換術は治療の出発点」と考える医師もいるほどです。まず、人工関節は1種の器械にすぎず、耐用年数があって一生もつものではないという問題があります。人工関節の部品が劣化したり、土台となる骨がやせ細ったりしてしまうと、人工関節が緩んでしまうため、非常に困難な人工関節の再置換術が必要になるケースもあります。

さらに、人工関節置換術後には、「屈曲(股関節を曲げる)」「内転(股関節を内側に閉じる)」「内旋(股関節を内側にひねる)」という3つの動作を同時に行うなどの危険な肢位(人工関節置換術後の危険な脱臼肢位の写真参照)やアクシデントによる脱臼が起こるおそれがあります。また、人工関節周辺での骨折、細菌感染などの合併症が生じることもあります。

人工関節にすると2度と元に戻せないため長期的な視野に立って選択する必要がある

患者さん(70歳・女性)は左脚が短く力が入りにくいと感じており、「手が足に届きにくくて靴下が履きにくい、足の爪が切れない」との訴えがあった。原因は、左股関節が3㌢も高位設置されているためで、左股関節を手術した医師(他院)からは、その説明はなく、ずっと疑問に思っていたという

人工関節置換術の合併症として、まず挙げられるのが脱臼です。当院の場合、頻度は1%前後ですが、きちんと治療をしないと反復性脱臼(いわゆる脱臼癖)になることがあるので、注意が必要です。人工関節は、関節包(関節周辺の硬い膜)や筋肉に支えられることによって安定していきます。しかし、術後数ヵ月までは関節包や筋肉の支えが不十分なため、脱臼の危険性が高まるのです。

脱臼のしやすさは、手術時の切開の場所や人工関節のデザイン、人工関節の部品を設置する位置や角度、患者さんの骨格などによって左右されます。手術後は、日常生活で女の子座り(脚を横に向けそろえて座る)などの股関節を内側にひねるような座り方や、深いソファーに座ったり(股関節を深く屈曲する)、脚を組んだりする動作は後方への脱臼を誘発しますので、避けなければなりません。年齢とともに腰が曲がってきた場合は、腰を無理に伸ばすと骨盤が後方に傾くため、人工股関節が前方に脱臼することもあります。

手術後には、細菌感染など、合併症のリスクも伴います。細菌感染は、体の中に人工関節という異物が入ることによって、免疫の防御反応が働きにくい部分ができるために生じます。人工関節の周囲は普通の状態より細菌が感染しやすく、感染してしまうと治りにくいという問題があります。

人工関節置換術後で重要なのは、股関節の状態に応じて上手に使っていくことです。また、調子がよい日には30分~1時間程度の散歩をしたり、お尻の筋肉の筋力訓練をしたりすることも大切です。

人工関節置換術は、痛みを取るという点では極めて有効な手段といえます。しかし、人工関節に置き換えた股関節は、2度と元の自分の骨でできた股関節には戻せませんし、耐用年数があります。そのため、患者さんの年齢や要望、症状・股関節の変形の程度、片側か両側かなど、1人ひとりの状況に応じて、長期的な生活の質の改善・維持を常に念頭に置いた選択が必要になります。