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寝たきりにつながる 肺炎の7割以上は誤嚥が原因!味覚障害や口臭・口腔乾燥症も防ぐ〝唾液〟の秘密を徹底解説

歯科
九州大学大学院歯学研究院教授 森 悦秀

誤嚥性肺炎の原因は加齢に伴う飲み込み力の低下で薬の服用による唾液量の減少で危険度アップ

[もり・よしひで]——歯科医師。1982年、大阪大学歯学部卒業。1986年、大阪大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)後、同大学歯学部口腔外科学第2講座に入局。財団法人千里保健医療センター新千里病院歯科口腔外科医員、大阪大学歯学部附属病院助手、ドイツ・ケルン大学客員医師、大阪大学歯学部附属病院講師、山口大学医学部助教授を経て、2010年から現職。日本口腔外科学会認定口腔外科専門医・指導医、日本口腔ケア学会指導医、インフェクションコントロールドクター。

私は九州大学歯学部・大学院で教授を務めながら、附属施設の九州大学病院で患者さんの治療にあたっています。専門にしている口腔外科の治療領域は、顎の骨折、顎関節および口腔がんの治療をはじめ、口唇口蓋裂や顎変形症の外科手術の治療まで多岐にわたります。

かつて日本人の死亡原因は、がんを筆頭に、心疾患、脳血管障害が続いていました。ところが、2011年から、脳血管障害を抜いて第3位に浮上してきたのが肺炎です。

肺炎で亡くなる人の9割以上は65歳以上の方です。そのうち約7割は、誤嚥が原因で起こる肺炎(誤嚥性肺炎)で亡くなっています。誤嚥性肺炎は呼吸器科が専門と思われがちですが、内科的な治療だけでは対応できないことが多く、歯科とも密接な関係にあります。

物を飲み込むことを専門的な用語で「嚥下」と呼びます。誤嚥性肺炎は誤った嚥下、すなわち、正しく飲み込めなくなることで起こる肺炎です。最近では、芸能界やスポーツ界の有名人が、誤嚥性肺炎が原因で亡くなったという報道を目にする機会も増えています。

あなたの飲み込み力は大丈夫?

一般的な肺炎は原因となる細菌やウイルスの種類によって、主に3種類に分けることができます。①細菌性肺炎(肺炎球菌、黄色ブドウ球菌などが原因)、②ウイルス性肺炎(インフルエンザウイルスなどが原因)、③非定型肺炎(マイコプラズマ、クラミジア菌などが原因)は、肺炎を起こした細菌やウイルスを特定できるため、適切な医薬品を使って治療することができます。

誤嚥性肺炎は、本来なら食道に入るべき飲食物や、口の中にいる細菌が誤って肺に入ることで発症します。肺の中はもともと無菌状態に保たれていますが、誤嚥によって細菌が気管や気管支に入り込んで肺で一気に増殖し、炎症をもたらすのです。

誤嚥性肺炎が高齢者に起こりやすい理由は、主に2つ挙げられます。嚥下のしくみとともに解説しましょう。

誤嚥性肺炎が起こる理由

①唾液の分泌量が減少する

誤嚥性肺炎が高齢者に多く起こる理由として、「唾液」量の減少が挙げられます。皆さんもご存じの唾液は、唾液腺から分泌される分泌液の一つで、血液から作られています。

健康な人なら毎日1~1.5㍑も分泌される唾液は、嚥下機能を維持するために欠かせない存在です。分泌された唾液は、私たちの健康を維持するためにさまざまな役割を担っています。

若いときは気にも留めなかった唾液の存在も、加齢に伴って分泌量が減ると、摂食嚥下機能に影響を及ぼすようになります。例えば、唾液には口からとった食べ物の表面をコーティングして飲み込みやすくする働きがあります。専門的には「食塊」と呼ぶ食べ物の塊を口の中で作ることで、私たちは食べ物をスムーズに飲み込めるのです。

ところが、加齢に伴って唾液の分泌量が減少した高齢者は、食事のさいに食塊を作りにくくなります。1つにまとめることができずに散らばっている食べ物が気管に入りやすいことは、想像にかたくないでしょう。

加齢のみならず、長期的に薬を服用している人も、その副作用で唾液の分泌量が減少しやすくなります。特に、入眠剤を服用している高齢者は口の中の乾燥が顕著です。

唾液には優れた抗菌作用もあります。誤嚥性肺炎は、虫歯の原因になるミュータンスレンサ球菌をはじめ、歯周病原細菌やカンジダ・アルビカンス(カビの一種)、黄色ブドウ球菌、緑膿菌といった、口の中に存在する常在菌が誤嚥によって肺に入り、増殖することでも起こります。唾液が持つ抗菌・殺菌作用は、肺炎を引き起こす病原体の増殖を防ぐことに役立ちます。

食事中のセキやムセが起こる人は飲み込み力が低下している危険大で就寝中の誤嚥にも要警戒

誤嚥性肺炎の予兆

②飲み込み力が低下する

摂食嚥下機能が正常であれば、口からとった食べ物は唾液と混ぜられて食塊になり、食道を通って胃に運ばれます。ところが、摂食嚥下機能が低下した人は、食べ物を正しく食道に送ることができなくなってしまいます。これが摂食嚥下障害です。

ひと口に「食べる」といっても、非常に繊細で緻密な動きによって行われています。
● 先行期(食べ物を認識する)
● 準備期(食べ物を口に入れて咀嚼し、唾液と混ぜて食塊を作って飲み込みやすくする)
● 口腔期(舌やほおを使って、食塊をのどへ送る)
● 咽頭期(食塊を食道に送る)
● 食道期(食塊を胃に送る)

食べるという行為は、脳から出された指令によって、関連する筋肉が収縮・弛緩をくり返すことで成り立ちます。特に重要なのが、のどから食道に食べ物が送り込まれるときの動きです。

のどには、呼吸をするための気管と、飲食物が通るための食道の2つがあります。飲食物を飲み込むとき、私たちは呼吸をすることができません。これは、飲食物を飲み込むさいに誤って気管に入らないように、「喉頭蓋」という粘膜に覆われた軟骨の上ぶたで気管が閉じられるためです。飲食物がのどに送られたことを察知した脳が気管を閉じる指令を出し、飲み込むまでの時間はわずか1秒以内です。「嚥下反射」と呼ばれるこの一連の動きは加齢によって衰えるため、誤嚥が起こりやすくなるのです。

脳が飲み込むための指令を出しても、のどの周囲の筋肉が衰えている人は、スムーズに飲み込むことができません。具体的には〝のど仏〟を引っ張り上げる筋肉(喉頭挙上筋群)が加齢によって衰えてしまうのです。のど仏の位置が下がると、食べ物をのみ込んだときに気管を閉じる機能が悪くなり、誤嚥が起こりやすくなります。

飲み込み力が低下している人に対して、のどの周囲の筋肉を強化するトレーニングをおすすめすることがあります。のどの周囲の筋力を強化することは誤嚥の予防に有効と考えられるものの、多くの実証が伴っているとはいいきれません。さらに、飲み込み力が低下している高齢者が毎日、トレーニングを続けることは簡単ではありません。

誤嚥性肺炎を起こして口から食事がとれなくなった場合、胃ろうの造設や鼻からチューブを入れて胃に栄養を直接送り込む処置法を取る場合もある

健康な人は飲食物を飲み込んだときに嚥下反射のシステムが乱れることはほとんどありません。誤って気管に飲食物が入ってしまった場合は、気管に入った食べ物を出そうとしてセキが起こります(セキ反射)。食事中に飲み込みにくさを感じたり、セキやムセが起こりやすかったりする人は、誤嚥性肺炎の予備群といえるでしょう。

専門的な話になりますが、嚥下・セキ反射のシステムは、脳から送られる「サブスタンスP」という神経伝達物質によって働きます。加齢によって神経伝達物質の分泌が低下すると、嚥下・セキ反射が起こりにくくなります。分泌力がさらに低下すると、誤嚥を起こしてもセキが起こらなくなることもあるのです。

誤嚥性肺炎の症状は本人や家族が気づかないうちにゆっくりと進行します。毎日の食事で誤嚥をくり返すことで肺の炎症が徐々に悪化し、気づいたときには手遅れだったということも少なくありません。いったん発症した誤嚥性肺炎を自然治癒させることは難しく、寝たきりや命の危険にさらされることも多いのです。

誤嚥性肺炎は飲食物のみならず、唾液を誤嚥することでも起こります。特に、就寝中に気づかないまま唾液が少しずつ気管から肺に入って炎症が起こる「不顕性誤嚥」には注意が必要です。

唾液は強い抗菌・殺菌作用を発揮します。唾液の分泌力が低下した高齢者の口の中は、細菌の温床になっています。特に就寝中は唾液の分泌量が減るため、細菌の増殖が進みます。抗菌・殺菌作用のある唾液を十分に分泌して口の中を清潔に保つことは、不顕性誤嚥を防ぐためにも重要といえます。

誤嚥性肺炎は胃ろうを造設する原因にもなり、噛む動作を失うことで唾液の分泌がさらに低下

誤嚥性肺炎が進行して口から飲食物をとれなくなると、栄養を補給するために「胃ろう」や、鼻から胃にチューブを通して栄養を補給する処置法が取られます(「口から食べられなくなったときに行われる2つの経腸栄養療法」の図参照)。

胃ろうを造設した患者さんは、口から飲食物をとる機会を奪われてしまいます。噛む動作を失った患者さんは唾液腺への刺激が少なくなるため、唾液の分泌量がより減少します。

誤嚥が原因で命をおびやかすのは肺炎だけではありません。高齢者に多い「窒息」も、嚥下機能の低下によって起こる深刻な事故です。現在、日本国内で起こっている交通事故死の2倍近くの人が、飲食物を気管に詰まらせる窒息によって亡くなっているのです。

誤嚥性肺炎を防ぐために唾液が発揮する働きは、食べ物を飲み込みやすくさせる「食塊」を作るだけではありません。口の中の抗菌・殺菌や、衰えた飲み込み力そのものの向上にも役立ちます。唾液を十分に出すことは、あなた自身のみならず、大切な家族の命も守ることにつながるのです。

私たちの体で唾液がどのように役立っているのか〝5つの力〟と題してご紹介します。

健康寿命を延ばすスーパー分泌液“唾液”が発揮する5つの力

①潤滑力
とった食べ物を食塊にして飲み込みやすくします。そのほか、舌の動きをなめらかにして会話をしやすくしたり、口の中のうるおいを保つことで口臭を防いだりします。

②抗菌力・免疫増強力
口には細菌やウイルスが侵入しやすいため、唾液には強力な抗菌・殺菌作用が備わっています。細菌やウイルスを撃退してくれる主な酵素として、以下が挙げられます。
● リゾチーム(グラム陽性菌やカンジダ・アルビカンスなどの真菌を殺菌)
● ペルオキシダーゼ(細菌やウイルスを分解)
● ヒスタチン(細菌や真菌を殺菌)

ほかにも唾液には、免疫グロブリンやラクトフェリンといった、免疫力の増強につながる物質も含まれています。ケガをした動物が傷口を舐めるのは、唾液に含まれる物質によって消毒と傷の修復が同時にできるからです。

③味覚力
舌は食べ物が唾液と混ざって溶かすことで、初めて味として感じ取ることができます。唾液の分泌量が減少した高齢者に味覚障害が多いのは、唾液の減少によって味覚を感じる力が衰えたからです。

④消化促進力
唾液に含まれるアミラーゼという消化酵素の働きで、食べ物の消化を促進させます。消化が進むと、胃酸の過剰な分泌が抑えられるので、胃や腸の負担を軽減させることができます。

⑤保護・修復力
口の中に十分な量の唾液があると、虫歯菌や歯周病原細菌が増殖しにくい弱酸性の環境に整えられます。さらに唾液には、傷ついた歯や歯茎、口の中の粘膜の修復を促す働きもあります。

口臭や歯周病、味覚障害も唾液不足が原因で起こり入れ歯の不具合や糖尿病・腎臓病も悪化

次に、唾液の分泌量を増やすことで予防や改善につながる病気や症状の例をご紹介します。

● 嚥下障害・誤嚥性肺炎
先に解説したように、私たちは口からとった食べ物を唾液と混ぜて「食塊」にすることで飲み込みやすくしています。口の中で食塊を作ることができないと、食べ物が誤って気管に入ってしまうおそれが増えます。

誤嚥性肺炎は食べ物に付着している細菌やウイルスのほか、口の中に存在する常在菌によっても引き起こされます。誤嚥性肺炎を防ぐには、唾液が持つ優れた抗菌・殺菌作用で口の中の細菌やウイルスの増殖を抑えることが欠かせません。

唾液が分泌される3つの分泌線

● 口臭
唾液には「漿液性唾液(サラサラ唾液)」と「粘液性唾液(ネバネバ唾液)」の2種類があります。唾液が分泌されるのは唾液腺(大唾液腺・小唾液腺)からで、唾液の95%が大唾液腺から分泌されています。

大唾液腺のうち、耳下腺からはサラサラとした唾液が、顎下腺からはサラサラとネバネバの唾液が、舌下腺からはネバネバの唾液が分泌されます。唾液の分泌は自律神経(意思とは無関係に内臓や血管の働きを支配する神経)の働きに左右されます。

緊張したときなど、交感神経が優位な状態のときにネバネバした唾液が出るのは、ムチンという成分の働きによるものです。交感神経が優位な状態のときにネバネバした唾液が出る理由はわかっていませんが、緊張状態の中で侵入した細菌やウイルスをネバネバした唾液でからめ取るためと考えられています。

唾液の量が少ないほど、口の中は歯周病原細菌が増殖する傾向があり、これらの細菌から産生される硫黄化合物が口臭のもとになります。口臭が気になるときは耳下腺や顎下腺を刺激して唾液の分泌を促しましょう。

唾液不足によって起こりやすい症状

● 味覚障害
唾液の減少と味覚障害には深い関係があります。辛いものを食べたとき、口に入れた瞬間は何も感じず、数秒後に辛さに襲われたという人は多いでしょう。唾液によって食べ物を分解し、その溶けた成分を舌で感じることで味を感じているのです。

● 歯周病
唾液の量が少ない口の中は食べかすが残るため、デンタルプラーク(歯垢)や歯石がつきやすくなっています。歯垢や歯石は歯周病原細菌にとって格好のすみかです。口の中に十分な量の唾液があると、歯周病原細菌がすみにくい環境に保つことができます。

● 口腔乾燥症(ドライマウス)
一般的にはドライマウスと呼ばれる口腔乾燥症は、更年期後の女性に多く見られる症状です。患者さんの中には、口の中の乾燥のみならず、舌の先がピリピリと痛む「舌痛症」を併発している人も増えています。

● 入れ歯の痛み・違和感
薬を長期的に服用している人は、副作用によって口の中の乾燥を引き起こすことがあります。

入れ歯を使っている人にとって唾液は、入れ歯と口の中の粘膜の間で潤滑剤の役割を果たしています。十分な唾液が出ていると入れ歯が安定しやすくなり、入れ歯の使用に伴って小さな傷ができても治りやすくなります。入れ歯安定剤を使うよりも、しっかりと唾液を出すことが生理的に大事なことです。

誤嚥が原因で起こる窒息死は、交通事故死の約1.8倍。20年間で3割以上も増加している

● 糖尿病・慢性腎臓病
近年では、糖尿病と慢性腎臓病を悪化させる因子として、歯周病の存在が挙げられるようになっています。

歯周病が悪化すると、歯茎や歯を支えている骨がやせて、すき間(歯周病ポケット)ができるようになります。歯茎のすき間から血管に侵入した歯周病原細菌は、血管を狭めるアテロームの沈着を促して動脈硬化(血管の老化)を進めます。毛細血管が障害を受けやすい糖尿病の悪化はもちろん、毛細血管の塊といえる構造の腎臓も、動脈硬化の加速によって機能が著しく失われてしまうのです。唾液は血液から作られるため、糖尿病患者の唾液には過剰な糖が含まれています。口の中にいる細菌は過剰な糖をエサにして増殖するおそれもあります。

 

唾液の分泌量が減るシェーグレン症候群にもふれておきましょう。シェーグレン症候群は、自分の体を守る免疫システムの乱れによって体液が分泌されにくくなる、自己免疫疾患の一つです。シェーグレン症候群を発症すると、唾液のほか涙の分泌量も減少するため、目の乾燥(ドライアイ)も顕著になります。治療法として体液の分泌を促す内服薬のほか、過剰な免疫力を抑えるために副腎皮質ステロイド薬を使用することもあります。

唾液の分泌が低下している患者さんには、唾液腺を刺激して唾液の分泌力を促す「唾液腺マッサージ」をすすめています。そのほか、口の中の乾燥を防ぐためにマスクの着用や、唾液の代わりに口の中を保湿する医療用ジェルの使用もよいことです。

医療用ジェルの多くは水溶性のため、患者さんの口の中で流れやすい欠点があります。口の中でとどまりやすい脂溶性の保湿剤としてワセリンが挙げられますが、患者さんの使用感の点から、新しい脂溶性素材の開発が求められています。