株式会社アニスピホールディングス代表 藤田 英明さん
介護保険制度が始まった当時、高齢者介護を取り巻く環境を改善すべく「夜間対応型デイサービス」を立ち上げた藤田英明さん。無謀といわれた事業を成功させた後、「ペットとの共生」を掲げた新しい障がい者向けのグループホームを展開しています。
介護問題を解消する新事業を始めるために資金集めに奔走
2000年4月から介護保険制度が始まり、民間企業が介護事業に参入できるようになりました。世の中の動きにいち早く気づき、「夜間対応型デイサービス」という介護事業を考案して普及させたのが藤田英明さんです。「社会を変えるには、まず介護業界を変える必要がある」と話す藤田さんが、社会問題に目を向けるようになったきっかけは、中学生時代の海外留学だったといいます。
「私は小学生の頃からサッカーが大好きで、中学時代に所属していたチームでは全国優勝を果たしました。プロを目指してブラジルに留学しましたが、本場の技術はさすがに高く、プロ選手になる夢を諦めました」
サッカーで挫折を味わった一方、日本では見たことがない「貧困」の実態をブラジルで目の当たりにした藤田さん。強い衝撃を受けつつも、「なぜ貧困が生まれるのか」という疑問が、社会に対する問題意識へと変わっていったそうです。帰国後、大学で社会福祉学を専攻した藤田さんでしたが、時を同じくして祖母が認知症を発症したこともきっかけになったといいます。
「認知症の知識はそれなりにありましたが、実際に目にした光景は壮絶でした。祖母は父のゴルフクラブで窓を割ったり、オムツから便を取り出して投げたりしていたんです。介護の中心となっていた母は、肉体的にも精神的にもボロボロになっていきました」
介護保険制度がなかった当時、施設に入れない待機高齢者の数は約42万人といわれ、社会問題になっていました。強い問題意識を持っていた藤田さんは、介護施設の職員として働きはじめます。
「介護の現場に入ってまず目についたのは、高齢の入所者に対する待遇の悪さでした。『寝たきり』ではなく、『寝かせきり』というべきでしょう。今では禁止されていますが、当時の入所者の多くは、ベッドや車イスに体を固定されていたんです。入浴や食事も短時間ですませるよう決められ、入浴時に浴槽につかれるのはわずか2分。これでは癒やされるわけがありません。職員にとって管理しやすくても、人間らしい生活とはいえない介護の世界が広がっていました」
介護の現状に不満を抱いていた藤田さんに、先輩職員の集団離職という転機が訪れます。突然の人手不足に、藤田さんは泊まり込みでの勤務を決意。朝から晩まで入所者とともに過ごす中で、藤田さんはさらに疑問を抱くようになったといいます。
「入所者の方と一緒に食事をとり、風呂に入って寝起きをともにする中で思ったのが、施設での生活は『ほんとうにつまらない』ということでした。そこで、男性の入所者とは釣りに行き、女性とは買い物に出かけ、さらに1泊2日の旅行を企画する試みを始めたんです。入所者の皆さんには大好評でした」
一方、施設の外に目を向けると、問題が山積みであることを痛感していた藤田さん。例えば、当時の介護施設では、利用者家族の負担がとても大きかったのです。
「施設の空きを待つ待機高齢者の数に対し、施設の数がまったく足りていませんでした。そのうえデイサービスの場合は、開所時間が午前9時~午後5時の施設が多く、仕事をしているご家族の負担軽減にはほとんど貢献できていませんでした」
介護業界全体への打開策として藤田さんが構想したのが、「夜間対応型デイサービス」でした。24時間営業で連泊や帰宅も自由という融通性を持った、利用定員10人の新しいデイサービスです。新事業として施設内で提案した藤田さんでしたが、取り合ってもらうことすらできなかったそうです。
「それなら自分でやるしかないと思ったので、すぐに退職届を出して起業準備に取りかかりました。まずは資金作りのために、1100ページの事業計画書を持参し、融資を求めて銀行を回りました。そして13行目でようやく、ある銀行が話を聞いてくれました。ありがたいことに、その場で400万円の融資を決めてくれたんです」
フランチャイズ形式で新しい介護事業を展開し全国へ普及を図った
藤田さんが直面した次の壁は、夜間対応型デイサービスの舞台となる物件探しでした。戸建ての民家を賃貸で使うことを考えていたものの、過去に民家を利用した福祉事業はなく、前代未聞として協力してくれる物件がなかったのです。
「途方に暮れましたが、建設会社に情報があるかもしれないと、飛び込みで情報収集を続けました。そして、ある建設会社の社長さんが一軒家の元寄宿舎を貸してくれたんです」
藤田さんの構想した「夜間対応型デイサービス」は、わずか1年半で23拠点に急成長。その後、藤田さんは事業をフランチャイズ(本部のノウハウを使ってオーナーが新規店舗を立ち上げることができる契約)として展開するために新会社を設立しました。業界内からは「失敗する」という批判を受けながらも、自身の感性を信じてひたすら前に進んだそうです。
「夜間対応型デイサービスは、『施設に入れない高齢者がたくさんいる』という社会問題を解決するための新事業です。サービスの普及とともに、他社さんも参画してくれるようになりました。社会問題の受け皿として、一定の成果につながったと思います」
引きこもり・空き家・動物殺処分を解決する新事業を構想して発表
藤田さんの挑戦は続きます。2016年には、障がい者が自立した生活を送るためのグループホーム(共同生活援助)に「ペット共生型」という独自のコンセプトを採り入れた「ペット共生型障がい者グループホーム」を構想しました。この事業は、3つの社会問題を解決する手段になると藤田さんは話します。
「引きこもりなどが原因になり、80代の親が50代の子どもの面倒を見る『8050問題』と呼ばれる問題が深刻化しています。障がい者のご家庭にとってはより深刻な問題で、入所施設やグループホームの不足を解消することが急務です」
そしてこの構想は、日本国内を取り巻く空き家問題の解決のみならず、動物の殺処分を減らすことにも貢献すると藤田さんは続けます。
「ペット共生型障がい者グループホームで同居するペットは、殺処分を免れたイヌやネコです。私は小学生の頃からケガをした野良ネコや野良イヌを見つけては、家に連れ帰って保護していました。環境省の報告では、2022年度に殺処分されたイヌ・ネコの総数は1万1906頭です。われわれの事業が拡大することで、彼らを1頭でも救いたいと思います」
1号店開設後、ペット共生型障がい者グループホームは1755店舗まで増えていると話す藤田さん。施設内ではペットが人々の心を癒やし、居住者の生活の質(QOL)の向上といった結果につながっているそうです。
「ペットと暮らすことが精神的な支えになるだけでなく、肉体的にもよい影響があることが科学的に証明されつつあります。私自身も昔から動物たちをたくさん飼ってきました。いちばんの相棒は『クロちゃん』というネコで、小学生の時から私を支えてくれました。亡くなった時は、父が亡くなった時よりも号泣するくらい愛していました。今は保護犬8頭、保護猫4頭、保護フェレット1匹、保護インコ46羽とジュウシマツ40羽と生活しています」
ペットと触れ合うことで心身の癒やしを感じている入所者は多いと話す藤田さん。「ペットの散歩で外出できるようになった」「ペットの面倒を見るようになって、責任感が生まれた」といった声が届いているそうです。日本の介護業界を改革しつづける藤田さんが見据えているのが世界展開です。
「超高齢社会を迎えた日本の介護は、世界の最先端であるべきです。私たちの取り組みは、海外において自動車産業よりも大きな市場になる可能性を秘めています。日本が世界の介護事業をリードできるように新しい構想を提案していきます」