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種苗の老舗企業が“医食農”の連携で新しいリハビリテーションを推進

ニッポンを元気に!情熱人列伝

タキイ種苗株式会社

病院・医科大学との連携で農作業によるリハビリ効果を発表

京都府に本社があるタキイ種苗株式会社の創業は、1835年に、京都で優良な種子を分譲したことに始まります。トマトの定番ブランドとなった「桃太郎」など新しい品種の開発に取り組む進取性を持つ企業風土の中、機能性成分を豊富に含む「おいしい健康野菜シリーズ ファイトリッチ」の商品化に成功して話題を集めています。

2015年に創業180周年を迎えたタキイ種苗は、長年に渡って蓄積した農業関連の技術を「人々の健康と豊かな暮らしの増進」に役立てるために、二つの社会貢献を推進しています。

一つ目は、京都府にある回復期リハビリテーション専門病院・京都大原記念病院との連携です。「グリーン・ファーム・リハビリテーション🄬(以下、GFR)」と名づけられたこのプロジェクトは、身体機能の回復を目指す高齢者や障害者のサポートを目的としています。GFRの現場で得られたデータを分析する京都府立医科大学も含めた連携は“医食農連携”のプロジェクトとして大きな注目を集めています。

植物を苗床から畑に移す定植作業もリハビリの一環

京都大原記念病院は、理学療法士をはじめとするリハビリテーションの専門職が200人以上も在職する、西日本では最大規模のリハビリテーション専門病院です。京都大原記念病院は、京野菜の名産地として知られる大原地区にあり、約2000平方㍍の自家農園を所有しています。

そのような背景から、京都大原記念病院では管理栄養士さんを中心に、患者さんの機能回復を目指すうえで食事の重要性を感じていたそうです。その後、病院内で挙がった「自家農園で無農薬の京野菜を栽培して、患者さんの食事に取り入れたらどうか」という提案をもとに、自家農園での栽培を開始。しかしながら、農業技術の経験不足から、患者さんに提供するにはほど遠い状況だったといいます。

農業の指導者不足の問題を感じていた京都大原記念病院の担当者は、参加したあるシンポジウムで出会ったタキイ種苗の研究者に協力を依頼。本業を生かした社会貢献になると考えたタキイ種苗は依頼を快諾し、2015年からプロジェクトが開始されました。現在は、経験豊富なタキイ種苗のOBが農場技術者として週二回、京都大原記念病院の農園に出向き、管理栄養士を含む職員に農業指導をしています(アイキャッチの写真は指導員の藤井さん)。

京都大原記念病院の敷地の周囲には、約750㍍の外周路があります。この外周路はリハビリの一環として、患者さんたちの歩行訓練に使われていました。自家農園で京野菜の栽培が始まると、リハビリ歩行中に農作業の様子を見た患者さんから「私も農作業をやってみたい」という声が寄せられるようになり、農作業をリハビリテーションのプログラムに加えることを検討。「農業とリハビリテーションの融合」という新しい試みが始まったのです。

収穫時は患者さんの明るい声が農園内に広がる

農作業は種まきに始まり、水やりや肥料、間引きなど、さまざまな作業を経て収穫に至ります。手間のかかる作業である一方、「手を伸ばす」「物をつかむ」「腰を落とす」「収穫物を運ぶ」といった動きはリハビリテーションに通じるものがあります。農作業は適切な指導のもとで行えば、運動機能の回復に欠かせない筋力の強化や全身バランスの調整にもつながるのです。

リハビリテーションの場を兼ねた農園は、患者さんにとって安全な場所であることはもちろん、運動機能の回復を促すための適切な負荷がかかることも必要です。そのため、リハビリテーション農園で栽培する野菜は、キュウリやインゲンなど、収穫時に高低差が出る品種が選ばれています。

リハビリテーション農場の通路は、松葉杖の使用者や足腰の悪い患者さんでも通りやすいように、1.2~1.5㍍の幅を取っています。通路には段差や障害物をなくし、透水性の防草シートを貼って水はけをよくするなど、細心の配慮がされています。

リハビリテーション農園の名物といえるのが、ミニカボチャやゴーヤなど、アーチ状に仕立てたグリーントンネルです。日差しが強い夏でも患者さんが作業しやすいよう、日よけの役割として作られた緑のトンネルは、農作業が楽しくなると患者さんからも評判です。

農園のシンボル・グリーントンネル

現在、農作業は医師の指示に基づいて療法士が付き添いながら行われ、活動は1日15分。作業中は水分補給も欠かせません。収穫などの実作業を行うときは、転倒対策として作業療法士が行動を共にしています。実際にリハビリテーション農園で作業を体験した患者さんからは、「屋外のリハビリは気持ちがいい。とっても楽しめました」などの明るい声が挙がっているそうです。毎年の収穫期になると、丹精込めて育てた野菜を楽しそうに収穫する声が農園内に広がるそうです。

2020年8月に開催された日本リハビリテーション医学会では、GFRに関するこれまでの経緯に加え、以下の事例が報告されました。

脳血管障害の患者さんが、週4回(40分/回)のグリーン・ファーム・リハビリテーションを1ヵ月間実施したところ、前頭葉の機能に改善が見られた

軽度の運動マヒが見られる脳血管障害の患者さんが、週3~4回(40分/回)のグリーン・ファーム・リハビリテーションを一ヵ月間実施したところ、平衡機能によい結果が見られた

タキイ種苗では栽培面でのアドバイスを続けることでこのプロジェクトの将来的な目標として、GFRを独自の運動機能回復プログラムにまとめ、全国の病院や施設で展開することを目指しています。

農業と福祉の分野で就労を促す農福連携事業に参画しながら地域での共生を推進

京都府が農福連携の一環として取り組む障害がある就農者のためのキャリア認証制度「チャレンジ・アグリ認証」修了式の様子

タキイ種苗がGFRのほかに取り組む二つ目の社会貢献事業として、「農福連携」が挙げられます。農福連携とは、障害者就労支援事業の一環として農林水産部門と福祉部門が連携し、農業分野での障害者就労を促す事業です。タキイ種苗の本社がある京都府では、農福連携を通じて障害者の就労促進や社会参加の場を作る、京都式地域共生社会づくりが推進されています。

例えば京都府内では、就労支援の場となっている府内各地の福祉事業所で、京野菜や宇治茶などの特産品や加工品を販売する「農福連携マルシェ」を催しています。2017年には、この取り組みを行う事業所をサポートする「きょうと農福連携センター」が設置されました。

農福連携事業発展のために、タキイ種苗では収益の一部をきょうと農福連携センターを通じて府内の福祉事務所へ寄付している

農福連携が進む中、きょうと農福連携センターでは、6次産業化まで見据えた営利栽培を指導できる技術者を探していました。その方向性がタキイ種苗の社会貢献活動の理念と一致し、京都府と農福連携の協定を結ぶことになったのです。

現在、京都府内に約390ヵ所ある福祉事業所のうち、約60ヵ所の事業所が農福連携に取り組んでいます。海老芋、田辺ナスといった京野菜をはじめ、高級茶、七味唐辛子の原料となる鷹の爪唐辛子の栽培に成功している事業所がある一方、事業展開に苦労している事業所も多く見受けられます。そこでタキイ種苗では、2018年から府から要請のあった福祉事業所に経験豊かな研究農場技術者OBを派遣し、実技指導を始めています。指導のみならず、6次産業化のための品種改良に関する提案も積極的に行っているそうです。

福祉事業所の中には、「京甘利七味とうがらし」の原料となる「鷹の爪」トウガラシを栽培しているところがありますが、タキイ種苗の指導によって品質の向上と収穫量の増加に成功しています。タキイ種苗でもその七味を通販で販売、収益の一部を、農福連携事業発展のために、京都府を通じて福祉事業所へ寄付しています。

GFRと農福連携事業。タキイ種苗が展開する社会貢献事業に注目が集まっています。

「グリーン・ファーム・リハビリテーション」は京都大原記念病院の登録商標です