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変形性股関節症は脊柱管狭窄症も併発する危険大

整形外科

黒河内病院院長 森谷 光俊

変形性股関節症では脚のつけ根だけでなく腰やお尻、ひざにも痛みが出ることもある

[もりや・みつとし]——1978年、埼玉県生まれ。医学博士。2003年、藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)医学部卒業。2003年、藤田保健衛生大学医学部卒業後、北里大学医学部整形外科入局。2008年、新潟県中条中央病院整形外科勤務、 2010年、北里大学医学部整形外科学助教などを経て、2019年より現職。相模原市病院協会理事、公益財団法人日本テニス協会医事委員を兼任。

原因不明の腰・ひざなどの違和感や痛みに悩んでいませんか。違和感や痛みの出る部分がはっきりと特定できず、整形外科で検査を受けても腰・ひざなどに異常が見られない場合、(へん)(けい)(せい)()(かん)(せつ)(しょう)の疑いがあります。

変形性股関節症は、股関節の関節軟骨がすり減ることによって起こる病気です。患者数は120万~510万人に上り、女性が男性の8倍も多いといわれています。

股関節は、両脚のつけ根にある、人体で最も大きな関節です。上半身と下半身をつなぎ、体の(かなめ)ともいえる中心部分です。体を曲げたり反らしたりするほか、立ったり座ったり、歩いたりする際の起点になって、全身のバランスを保つ重要な役割を果たしています。

股関節は骨盤の左右にあり、骨盤にあるおわん状の「(かん)(こつ)(きゅう)」と呼ばれる受け皿に、太ももの骨の先端にある球状の「(だい)(たい)(こつ)(とう)」がはまり込んでいる構造になっています。寛骨臼は大腿骨頭に丸い屋根のようにかぶさり、正常な股関節では大腿骨頭の直径の約80%を覆っています。

寛骨臼と大腿骨頭の表面は、「関節軟骨」という厚さ2~4㍉の弾力のある柔らかい組織で覆われ、関節液で満たされた「(かん)(せつ)(ほう)」に包まれています。股関節の滑らかな動きは、関節軟骨というクッションと、関節液という潤滑油のおかげで可能となるのです。

股関節の軟骨がすり減って変形性股関節症を発症すると、痛みや炎症が生じます。歩くと脚のつけ根が痛むだけでなく、慢性的な腰痛や原因不明のお(しり)・ひざの痛み、部位が特定しにくい脚の違和感などがあるという方も少なくありません。

股関節症が進行して軟骨の破壊が進むと痛みを招いて可動域も制限されQOLが低下

変形性股関節症の原因は大きく二つに分けられます。股関節の形態異常がなく、特別な病気を伴わないものを「一次性」と呼びます。老化や肥満などで発症し、欧米ではほとんどが一時性といわれています。

一方、股関節の形態異常やなんらかの病気を伴って二次的に発症するものを「二次性」と呼びます。乳児期に股関節が外れた状態(発育性股関節(だっ)(きゅう))だったり、部分的に外れた状態(亜脱臼)だったり、外れやすい状態(寛骨臼形成不全)だったりするなど、骨・関節の異常や外傷が原因で発症します。日本では圧倒的に二次性が多く、中高年以降の女性が発症しやすいと考えられています。

変形性股関節症の病期は四つに分けられ、「①前股関節症→②初期→③進行期→④末期」と徐々に症状が悪化していきます。注目していただきたいのが、変形性股関節症の病期には前股関節症と呼ばれる段階があることです。つまり、変形性股関節症が悪化しやすい股関節の構造がすでに認知されているのです。「将来的に変形性股関節症に苦しむ可能性が高い」と明確に予測することができることは、病気の発症を未然に防いだり、進行を抑制したりするうえで大きな利点といえるでしょう。

関節軟骨の破壊が進むと骨と骨が直接ぶつかるようになり、股関節が変形していきます。治療をせずに放置すると症状が不可逆的に進行し、慢性的な痛みのために歩行が困難になったり、股関節の可動域(動かすことができる範囲)が制限されたりして、生活の質(QOL)が著しく低下してしまうおそれもあります。

変形性股関節症は背骨の変形を生じさせ腰椎すべり症や側弯症を引き起こす

変形性股関節症が進行すると、股関節の働きを補おうとして骨盤や背骨に負担がかかるようになり、関連痛が起こるようになってしまいます。『変形性股関節症診療ガイドライン』(日本整形外科学会診療ガイドライン委員会/変形性股関節症ガイドライン策定委員会編集)では、変形性股関節症の患者さんのうち44%が背骨の異常((せき)(つい)病変)の治療を受けていると述べられています。

また、千葉大学が寛骨臼形成不全を背景とする二次性の変形性股関節症患者さん369名を対象に行った調査では、痛みを訴える部分は太ももの前面が33%、ひざが29%、腰が17%と報告されています。

では、変形性股関節症はどのようにして背骨や骨盤に悪影響を及ぼすのでしょうか。そのしくみについて、いくつかご紹介しましょう。

変形性股関節症が進行すると、股関節を伸ばしにくくなったり((くっ)(きょく)(こう)(しゅく))、開きにくくなったりします((ない)(てん)(こう)(しゅく))。特に、屈曲拘縮のある方は、過剰に負担がかかった腰の骨が前後にずれて(よう)(つい)すべり(しょう)になる場合があります。また、内転拘縮になると、悪いほうの脚が内側に傾いて(きゃく)(ちょう)()が生じるため、骨盤が左右に傾きます。すると、腰の骨が左右にゆがんだ(そく)(わん)(しょう)という状態になるおそれがあるのです。腰椎すべり症や側弯症といった背骨の変形は、(よう)()(せき)(ちゅう)(かん)(きょう)(さく)(しょう)(以下、脊柱管狭窄症と略す)につながり、()()のしびれや筋力の低下を引き起こすことがあります。

脊柱管狭窄症は、変形性脊椎症が進行し、椎骨の位置がずれたり、黄色靭帯が肥大したり、骨棘が形成されたりすることで脊柱管が狭くなる疾患。神経や血管が圧迫され、足腰に痛みやしびれが生じる

背骨は24個の(つい)(こつ)が首から腰にかけて積み重なって構成されています。椎骨の中央には穴が開いており、つなげるとトンネルのような管状になっています。このトンネルを「脊柱管」と呼び、中には脳からつながる神経の束((せき)(ずい)()()神経)、椎骨と椎骨をつなぐ(おう)(しょく)(じん)(たい)が通っています。脊柱管狭窄症は背骨の中を通る脊柱管が狭くなる病気です。

脊柱管狭窄症になると、内部を通る神経や神経周辺の血管が圧迫されるようになります。すると、神経周辺の血流障害による酸素不足が起こり、足腰に痛みやしびれなどの症状が引き起こされるのです。

脊柱管狭窄症に特徴的な症状として、「(かん)(けつ)(せい)()(こう)」という歩行障害があります。間欠性跛行は、しばらく歩くと腰や足にかけて痛みやしびれが起こったり、ふくらはぎに張りが生じたりして歩きづらくなる症状です。間欠性跛行が起こると連続した歩行が困難になり、日常の動作が制限されてしまいます。変形性股関節症によって起こる歩行障害が重なると、生活の質がますます低下してしまうおそれがあります。

股関節と腰椎は一方が悪くなるともう一方も悪くなる悪循環を形成する

変形性股関節症によって脚長差が生じると骨盤が左右に傾き、腰の骨が左右にゆがんだ側弯症という状態になる危険性が高い。側弯症などの背骨の変形は脊柱管狭窄症につながるおそれがある。一方、脊柱管狭窄症で前かがみの姿勢が慢性化すると、骨盤が後ろに傾いて大腿骨頭が寛骨臼に収まらず、かぶりが浅くなる。少ない股関節の接触面積で荷重を支えるようになり、変形性股関節症を引き起こしてしまう

一方で、脊柱管狭窄症などの背骨の変形は、変形性股関節症を引き起こす原因にもなります。一般的に脊柱管狭窄症では前かがみの姿勢になると痛みが軽くなります。しかし、前かがみの姿勢が慢性化すると、骨盤が後ろに傾いて太ももの大腿骨頭が寛骨臼にすっぽりと収まらず、前方のかぶりが浅くなってしまいます。すると、少ない股関節の面積で荷重を支えるようになり、過剰な負担がかかって二次性の変形性股関節症を引き起こしてしまうのです。

腰椎を支えるのが骨盤で、骨盤を支えるのが股関節です。そのため、股関節と腰椎は相互に作用し合っていて、一方が悪くなるとさらにもう一方も悪くなるという悪循環に陥ることがあります。これを専門的には「ヒップスパイン症候群」と呼びます。ヒップは股関節、スパインは脊椎の意味です。股関節が悪い患者さんは、腰も悪くなる〝二重苦〟に陥るおそれが高いと考えられます。

股関節の異常を取り除く治療を受けることで、腰や背骨への負担を減らして痛みを軽減できる可能性があります。腰に痛みのある方や脊柱管狭窄症と診断されている方は、診療時に股関節に異常がないかどうかを併せて確認してもらうようにしましょう。