太田接骨院院長、柔道整復師 太田 慶造
直立二足歩行のデメリットを最小限にとどめる伝統的な教訓が「正しい姿勢」といえる
腰部脊柱管狭窄症(以下、脊柱管狭窄症と略す)は加齢による背骨の変形が主な原因といわれています。通常、高齢になればなるほど、個人の体力や運動能力の差は大きくなっていきます。その一つの要因に「姿勢の癖」があると実感しています。
人類が地球の引力(重力)に対抗して、二足でも歩行できる骨格の進化を成し遂げたことから、人類は逆に骨格のゆがみに悩まされることになったといえます。現在では、命がけで食べ物を獲得する必要がなく、特別な筋力や身体能力も生活に必須の条件ではなくなっています。むしろ、デスクワークやテレビ、スマートフォンなど、長時間に及ぶ静的な姿勢のストレスが骨格のゆがみの原因となり、過食による体重増加や運動不足による筋力低下が骨格のゆがみをさらに悪化させ、骨格自体を変形させてしまうのです。
直立二足歩行へと進化を遂げた人類は上肢が自由になり、道具を作って使うなど、手の器用さが脳の発達を促してきたといわれています。しかし、その反面、直立二足歩行の代償も少なくありません。例えば、貧血や心臓病、内臓下垂、肩凝り、腰痛、坐骨神経痛、下肢静脈瘤、へんぺい足、痔、難産、誤嚥など、重力や特殊な骨格構造の影響で少なからずのデメリットを抱えているのです。そのデメリットを最小限にとどめるための伝統的な教訓が「正しい姿勢」という言葉に集約されていると、私は理解しています。
多くの患者さんは、姿勢の悪さを自覚しているものの、らくだからという理由で姿勢をくずしてしまいがちです。らくな姿勢とは、体がリラックスしたいときの姿勢であり、体が脱力を求めているだけで決して悪い姿勢とはいいきれません。ただ、中途半端な静的な姿勢はかえってストレスを与えてしまうのです。
本来、正しい姿勢を求める意義は、日頃の各種のストレスなどで乱れた骨格の縦軸と横軸のねじれを元に戻し、緊張した筋肉を緩めることにあります。特に、首や腰に与える負担を軽減するための準備・整理運動の一環として正しい姿勢を日々実践していただきたいと思います。
「重力を素直に感じる」ことでおのずと力みのない自然な立ち姿を整えることができる
それでは、脊柱管狭窄症や頑固な腰痛、肩凝りの方におすすめする立ち姿をご紹介します。
まず「正しい立ち方」というと、どのような姿勢を連想されるでしょうか。おそらく、立ち姿を横から見て、「耳・肩・骨盤・ひざ・外くるぶし」のラインが一直線にそろう立ち方や、壁を背にして体が後方に湾曲する部位が壁につく立ち方などではないでしょうか。
客観的に見ると他人の姿勢は分かりやすいものですが、自分の姿勢となると意外と分かりにくいものです。そこで、誰にでも分かる姿勢を正す〝まっすぐの基準〟について考えたところ、「重力を素直に感じる」ことが姿勢の改善の説明にたいへん有効であることが分かりました。
まず、脊柱管狭窄症だけでなく、なで肩やネコ背、側弯(背骨が左右に湾曲した状態)、ひざや股関節に痛みのある方など、さまざまな患者さんに自分が正しいと思う姿勢で立ってもらいました。その後、「重力を感じてその重力にどのような姿勢で立てばらくですか?」と聞いてあらためて立ってもらうと、不思議と力みが消えた、それなりの自然体の姿に変わっていたのです。
どういうわけか、正しい姿勢というと、皆さんかなり硬い姿勢を取りがちですが、重力を自然に感じることで、骨格本来の構造を感じながらバランスを取ることに集中できるようです。中には自分の体がどのようにゆがんでいるのかを自己診断し、痛みが減少する姿勢を体感しながらバランスの改善に積極的に取り組まれるようになった患者さんも少なくありません。
地球は重力という形で「まっすぐのものさし」を万人に与えてくれているといえます。目を閉じてリラックスしながら、重力に引っ張られるイメージで立ってみてください。重力によるまっすぐのものさしを使えば、おのずと納得できる力みのない自然な立ち姿を取ることができるはずです。
誰かから教えられる〝立ち方”ではなく自分で容姿を整える自然な〝立ち姿”が重要
骨格の特徴をアドバイスするだけで、よりよい立ち方を模索する基準が明確になり、形よい容姿につながることから、[太田式セルフ整復]では「誰かに教えられる〝立ち方〟」ではなく「自分で容姿を整える〝立ち姿〟」と表現することにしています。
太田式セルフ整復の立ち姿は、誰かから習うことではありません。重力や床反力(重力に抗して足と床の接触面に発生する力)という自分以外の力(外力)を感じることで自然に姿勢を整えて骨格のゆがみを元に戻し、筋肉の拘縮を和らげて血流を促進させることで、脊柱管狭窄症を予防・改善させる目的があります。いくら力が強くても、無重力では直立することはできないのです。
図①のように骨格を側面から見ると、重力は分かりやすい一直線で説明できます。しかし、骨格はそれぞれの部位において、重力に耐える巧みな構造を獲得しています。実際に二本足で立つということを主観的に理解するには、もう少し骨格の特徴を感じ取る必要があります。
上半身の重量は、図②のように背骨が柱の役割を担って、骨盤から両脚に委ねられています。そして、主たる重力は下肢の内側の骨格に支えられています。
また、図③のように顔の幅と両股関節(両大腿骨頭)の幅がほぼ同じで、ちょうどその延長線上に足のかかとがあるとイメージできます。自然な立ち姿では両内くるぶしを顔幅に開くことで、体の中心部を安定させることができます。
さらに、爪先を肩幅(腕の付け根)に開くことで、外側の体幹(緑色の線上)を安定させることができます。図③の二つのラインが地上で長時間直立姿勢を保ちながら行動できる、骨格の基軸と考えられます。
実際に、重力や床反力に重要な働きをしているのは、図④のように左右の脚です。脚は足の裏が床に接触して重力と等しい床反力を得ています。重力と床反力は立位では股関節に集中することになり、股関節が人体の行動に大きな役割を担うことになります。そのため、股関節周辺の筋力の維持と強化が腰椎への負担を軽減し、脊柱管狭窄症の予防・改善にもつながるのです。ちなみに、変形性股関節症の痛みが深刻化しやすいのは、直立した姿勢で股関節の負担を軽減できる関節がないためといえます。
歩行時の安定感を支えるバランスと筋力の向上が脊柱管狭窄症の症状を改善してくれる保存療法の基本です。今回は太田式セルフ整復の中から[立ち姿]と[片足立ち]をご紹介します(やり方は上の図参照)。[片足立ち]は脊柱管狭窄症以外の方にもたいへん有効な筋力強化運動です。自然な立ち姿をマスターしてから片足立ちに取り組むようにしましょう。
[太田式片足立ち]はコロナ禍の運動不足が招く脊柱管狭窄症の悪化を防ぐ最適な運動
左右の筋力差や症状によっては、片足で立ちやすい脚と立ちにくい脚がありますが、ひざや股関節などに痛みがなければ、少しずつ時間を延ばすように続けてください。「継続は力なり」 —— 歩行時の体の安定感の変化に驚かれると思います。
コロナ禍での運動不足は、脊柱管狭窄症の悪化を招く危険があります。最近では、若年層の方でも「おこもり足」という足裏の痛みが話題になっていると聞きましたが、原因はコロナ禍で外出が減って歩行不足によるふくらはぎや足底筋の筋力低下とのことです。太田式片足立ちはこれらの問題解決にも適した最高のエクササイズです。