増原クリニック院長 増原 建作
リハビリテーション科主任・理学療法士 生友 尚志
変形性股関節症の95%は股関節に痛みがないことが大規模調査で判明
私が理学療法士として勤務する増原クリニックは、大阪府大阪市にある全国でも数少ない“股関節の専門クリニック”です。増原建作院長を中心に、手術療法や保存療法などで股関節疾患の患者さんの治療にあたっており、全国から患者さんが来られています。
この記事では、私たちが変形性股関節症の痛みに対する有効性を世界で初めて実証した「フォームローリング」についてご紹介したいと思います。
変形性股関節症は、股関節の軟骨が減り、骨が変形してしまう病気です。変形性股関節症を発症すると、起立時や歩行時に脚の付け根が痛むことで長時間の外出が困難になり、生活に支障が出るようになります。
変形性股関節症の治療は大きく分けて、保存療法と外科的治療の2つがあります。変形性股関節症の進行具合や痛みの程度、生活や仕事の困難さなどにより、患者さんとご相談して治療方法を選択します。残念ながら現代の医療では、一度変形してしまった股関節を元のきれいな状態に戻す方法はありません。
軟骨がなくなり、股関節の変形が著しい患者さんには、人工関節の手術を受けられることをおすすめしています。人工関節は、変形した骨を取り除いた部分に金属製の人工関節を置き換える治療法です。人工関節の進歩は著しく、手術を受けた多くの患者さんは痛みのない快適な生活を送ることができるようになっています。
2008年に開院した増原クリニックでは、現在まで2000人以上の患者さんに人工股関節の手術を行ってまいりました。その一方で、私のような理学療法士が中心となり、股関節の痛みの改善や運動機能の維持を目的とした保存療法にも力を入れています。
股関節専門の医療機関である私たちのクリニックに来られる患者さんの悩みの多くが「股関節の痛み」です。しかし、その股関節の痛みの原因は、「股関節」にあるのか、「股関節の周り」にあるのか、よくよく注意して確かめるべきです。
日本で実施された大規模な調査では、平均70歳の約3000人の中で股関節の軟骨が減り、変形が見られたのは、男性が18%、女性が14%と報告されています。その中で、股関節に痛みを感じていた人の割合は、男性がわずか2%、女性は7%にすぎなかったと報告されています。股関節が変形し、股関節に痛みも感じている人は、男女合わせると5%程度ということです。これは驚きの事実かもしれません。
股関節に限らず、私たちの体にあるすべての軟骨には痛みを感じる神経が通っていません。つまり、軟骨が減り、股関節が変形していても、それだけでは痛みは起こらないのです。実際に、軟骨がほとんどなくなってしまっても、股関節に痛みがないという人もおられます。
股関節の痛みの原因は「炎症」で、慢性化すると軟骨が減り股関節の変形も招く
変形性股関節症は、股関節に関する代表的な疾患といえます。診断の基準は、軟骨の減少や骨の変形など、股関節の骨の変化が中心となっています。そのため、炎症よりも主に変形の有無に着目されがちです。さらに、診断名も変形性股関節症とされていることに痛みの原因が勘違いされやすい理由があると思われます。例えば五十肩は、診断名を肩関節周囲炎といいます。変形性股関節症は、五十肩と似たように関節の周辺に炎症が生じ、痛みを伴いますが、「股関節炎」と呼ばれることはほとんどありません。
では、股関節はなぜ変形して痛むのでしょうか? そのメカニズムを正確に把握されている方は少ないかもしれません。股関節の変形と痛みの原因は「炎症」です。股関節やその周辺で炎症が起こると、私たちは股関節に痛みを感じるようになります。また、その関節の炎症が持続することで軟骨や骨の変形も招いてしまうのです。
炎症はさまざまな原因によって起こります。股関節の骨と骨が衝突して起こる股関節唇損傷や軟骨損傷、股関節への負担が集中することで周囲の軟部組織の損傷など、レントゲン画像には写らない現象の場合が多いと感じています。
炎症は、体の修復過程の一部であり、修復作業中に負担を増やさないように痛みを発して人に知らせます。関節内で炎症が起こると、修復作業の中で軟骨を破壊してしまうたんぱく質分解酵素が出現します。炎症が続くほど、痛みを感じるとともに関節の軟骨も破壊され、減少してしまうわけです。近年、股関節が変形する原因は、この関節の炎症の持続による影響といわれています。つまり、変形性股関節症は痛みの原因ではなく、痛みを伴う関節の炎症の結果として股関節の変形が引き起こされると考えられるのです。
痛みの原因が股関節か、股関節の周りの筋肉にあるのかを正しく見極めることが大切
これまでは、股関節の変形が痛みの原因と考えられることが多かったのですが、その考え方は要注意です。実際に、股関節の軟骨が減り、骨が変形していても、股関節に痛みを感じない人は大勢おられます。
そこで、私たちが注目したのが「筋肉」です。変形性股関節症の患者さんは、股関節だけでなく、股関節の周りの筋肉にも問題を抱え、筋肉の痛みを訴える人が多いからです。私たちのクリニックで行った調査の結果、股関節に痛みを訴える患者さんのうち7割の人は、股関節以外の部位にも痛みがあることが分かっています。
変形性股関節症の患者さんは、特に大殿筋や中殿筋といった「おしり」の筋肉に痛みが生じていることが多いです。また、股関節のある鼠径部に位置する大腿直筋という太ももの筋肉に痛みがある人も少なくありません。医学的・解剖学的な知識が乏しい一般の方には、痛みの部位が「股関節」か「股関節の周りの筋肉」なのかという判断は難しいと思います。筋肉はレントゲン画像に写らないため、実際に触って動かして確かめないと分かりません。私たちのクリニックでは、医師と理学療法士が連携して、股関節痛を訴える患者さんの痛みの原因がどこにあるのかを念入りに調べて判断しています。その結果、多くの患者さんが、股関節の周りのおしりや太ももの筋肉に痛みの原因があると実感しています。
新しい保存療法のフォームローリングで変形性股関節症の9割以上の痛みが改善
筋肉の痛みに対しては、「マッサージ」が、ほかの何よりも有効であることが示されています。しかし、現実的には頻繁に通院してマッサージを受けることは難しく、一緒に暮らすご家族に毎日マッサージをお願いすることもできません。そこで、患者さんご自身がマッサージできる方法がないかと考え、たどり着いたのが「フォームローリング」と呼ばれる方法です。
フォームローリングは、フォームローラーという円柱形の柔らかいポールを使って筋肉を自分でマッサージする方法です。変形性股関節症の痛みに対するフォームローリングの効果は劇的で、9割以上の患者さんに痛みの軽減が見られました。また、その成果をまとめた論文が英国の権威ある学術誌『Physiotherapy Theory and Practice』に掲載され、変形性股関節症の新しい保存療法として大きな注目を集めています。
その論文の内容の一部をご紹介します。私たちのクリニックで変形性股関節症と診断され、外来通院によるリハビリテーションを実施した患者さん115人のカルテ記録からデータを収集しました。私たちのクリニックでは、リハビリの開始時と3ヵ月経過後に股関節の痛みと運動機能について評価し、効果の判定を行なっています。115人のうち、私たちがフォームローリングを指導した人は67人、指導していなかった人は48人でした。その2つのグループの中で、年齢・性別・身長・体重・股関節症の進行度・股関節の痛みの程度が合うようなペアを探し出し、マッチングさせる特殊な解析方法を使って37人ずつの研究対象に絞りました。
両方のグループともに約3ヵ月間、自宅で自主トレーニングを実施していただきました。内容は、従来の筋力トレーニングやストレッチ、フォームローリングなどのメニューの中から、担当の理学療法士が患者さんの状態に合わせて選択・指導しました。外来通院の回数は、どの患者さんも3回程度でした。
調査の結果、フォームローリングを実践したグループは、股関節の痛みが改善した人の割合が92%にものぼりました。一方のフォームローリングを実践しなかったグループも、従来の筋力トレーニングやストレッチを行なうことで股関節の痛みが改善した人の割合は41%となりました。
通常の股関節症の治療では、リハビリの開始前と比べて、痛みの軽減が32%以上見られた場合に改善と判断されます。その点から考えると、股関節の痛みが改善した人が90%を超えるフォームローリングの効果は驚異的といえます。
これまで変形性股関節症の保存療法は徒手療法が有効であるとされていました。そのほかの方法に関しては、いまだにエビデンス(科学的根拠)が示されたものはありませんでした。つまり、フォームローリングは、自分で股関節の痛みを改善できる世界で初めての方法といえます。
特筆すべき点は、フォームローリングは変形性股関節症が進行してしまった患者さんでも実践できることです。実際に、中等度以上の変形性股関節症の患者さんがフォームローリングを試したところ、これも九割以上の割合で痛みの軽減を実感されています。変形性股関節症の病期に関係なく使用できるフォームローリングは、患者さんはもちろん、ご家族にとっても安心できる保存療法といえるでしょう。
フォームローリングは誰でも手軽に実践でき「気持ちよく」使えば痛みの軽減が期待できる
フォームローリングの実践法をご紹介しましょう。先に述べたように、フォームローリングを実践するには、フォームローラーというポールを使います。円柱形のフォームローラーは長さが30㌢ほどで、市販の製品なら2~5千円程度で購入することができます。
フォームローリングの実践法は難しいものではありません。フォームローラーの上に体を乗せ、自分の体重を使って主に筋肉をマッサージしていきます。スポーツ選手や日常的に運動をしている人は、硬めの素材のフォームローラーがおすすめです。変形性股関節症によって痛みを伴う患者さんは、柔らかめの素材のフォームローラーから試してみましょう。強い力でフォームローリングをすると、もみ返しのような痛みが出ることがあります。まずは「気持ちいい」と感じる程度に股関節の周辺を“コロコロ”とマッサージしてみましょう。
フォームローリングは、表面が硬い床や椅子の上で行います。腕が疲れないように、体を動かす範囲は10㌢程度に狭くするのがおすすめです。押さえて痛みや気持ちよさを感じる部位を中心にマッサージしてください。体の向きを変えながらフォームローラーをあてる部位を変え、1ヵ所につき1~2分程度のマッサージが目安です。フォームローリングはトレーニングではなく、あくまでもマッサージなので、力を抜いてリラックスしながら行ってください。
フォームローリングによってすべての痛みが治まるわけではありません。とはいうものの、股関節の周りの筋肉だけに痛みがあり、股関節に痛みのない人は、フォームローリングを実践することで痛みが消失することもあります。実際には股関節と周りの筋肉の両方に痛みを抱えている方が多く、フォームローリングだけでは痛みが治まらないこともあります。その際は、専門の医師や理学療法士にご相談されることを強くおすすめします。