プレゼント

歯周病を改善する医療機器と患者行動変容アプリ(前編)

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会理事長 小林 平大央

日本発で世界初!歯周病菌を99.99%殺菌する治療器とは?

皆さんは「メタボリックドミノ」という言葉を聞いたことがありますか。高血圧や糖尿病などに代表されるメタボリックシンドロームはドミノ倒しのように、小さいものから大きいものにつながっていくことを示した重要な概念です。具体的には、歯周病や肥満といった軽度な症状から、高血圧や糖尿病などの中程度の症状を経て、心臓病や脳卒中、認知症、腎不全じんふぜんなどの重度な病気に連鎖的に発展していくのです。

この革新的な概念は、慶應義塾けいおうぎじゅく大学の伊藤裕いとうひろし教授によって2003年に世界で初めて提唱されました。メタボリックドミノの概念が非常に重要なのは、生活習慣病や非感染性疾患の進行がドミノ倒しのように連鎖的な反応として起こるため、軽度の症状のうちに予防や治療を行うことで重度な疾患の発症を予防することが可能であると示唆した点です。

伊藤教授の研究は、歯周病と全身の健康との密接な関係を明らかにした点でも重要です。メタボリックドミノの概念では、歯周病がドミノの最上流に位置しており、歯周病が生活習慣病の連鎖的進行の出発点となると考えられています。そして、その後の研究で、歯周病は糖尿病や動脈硬化、心筋梗塞しんきんこうそく、脳梗塞などの全身疾患と関連があることが明らかになっています。

また、歯周病の原因菌である歯周病菌が血流に乗って全身の臓器に悪影響を与え、さまざまな疾患のリスクを高めることも分かってきています。さらに、歯周病が進行することで歯を欠損した場合、食べ物を咀嚼力そしゃくりょくの低下や不適切な食生活につながり、ひいては生活習慣病の発症リスクを高めることも判明しています。

「万病の元」ともいえる歯周病ですが、日本では歯周病の有病率が諸外国に比べて高く、成人の歯周病患者または歯周病予備群は8割にも上るといわれています。この数字は2011年の厚生労働省の歯科疾患実態調査が由来となっています。そして、この数字は歯科先進国スウェーデンの4倍にあたります。

小林平大央
[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主宰。一般社団法人日本先進医療臨床研究会理事長(臨床研究事業)、エポックメイキング医療研究会発起人代表(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

歯周病は歯を失う原因の第1位ですが、重症になるまで自覚症状がないため、気づいた時にはかなり進行しているというケースが多く、歯を失うリスクが高いのです。そして、年齢が上がるに従って、症状が進行している人の割合も上昇しています。

さて、歯周病の治療法ですが、現在、歯周病菌を殺菌する治療法として日本で保険適用となっているのは「SC(スケーリング)」「SRP(スケーリング・ルートプレーニング)」(歯周病治療の際に歯石を除去する処置)や、抗菌薬ゲルを入れる方法です。SCやSRPで歯石を除去することは、そこに取り付いている歯周病菌を除去することになります。しかし、これらの治療法では、歯周病菌が密集してバリア状態を作る「バイオフィルム」を通過することができません。

実は、歯周病治療で最も肝心なのは、このバイオフィルム内部の歯周病菌を殺菌できるかどうかということなのです。そして、日本で口腔内に使用できる薬剤の中で、過酸化水素はバイオフィルム内部に浸透できることが分かっています。

ところが、3%の過酸化水素では、バイオフィルム内部の歯周病菌を退治するには効果が低いのです。海外ではこの点を考慮して5~10%と濃度を高めた過酸化水素が歯周病治療で使用されていますが、日本では3%を超えた濃度の過酸化水素は安全確保の観点から使用許可が下りません。

今回ご紹介する歯周病治療機器を私が知ったのは、東北大学大学院歯学研究科教授(歯科医師・歯学博士)の菅野太郎かんのたろう博士の講演に参加した時です。効果が低い3%の過酸化水素を一時的に強力な殺菌薬にするアイデアが実現されていたのです。そのアイデアとは、バイオフィルム内部の歯周病菌のすぐ近くに浸透した過酸化水素に405㌨㍍という波長の青い光を照射することで強力な殺菌力を持つ「ヒドロキシルラジカル」という物質に変化させて、歯周病菌の殺菌効率を高めようというものです。

ただし、「言うは易く行うは難し」で、このアイデアを実現するまでには途方もない苦労が必要だったようです。しかし、幾多の苦労の末にたどりついたブルーラジカル殺菌は、バイオフィルム内部の歯周病菌の99.99%を殺菌することに成功したのです。

こうして、原理的には非常に優れた歯周病治療機器の原型を試作することに成功した菅野博士でしたが、歯科医療の現場で実際に使用できる医療機器として完成するまでには、ここからさらに長い年月が必要だったそうです。

次に菅野博士に立ちはだかったのは、資金調達という壁でした。一般的に歯科医師が使用する歯石除去の「スケーラー」という器具は、超音波を発生させて歯石を除去する「超音波スケーラー」が主流です。この超音波スケーラーと同等のサイズで、3%の過酸化水素と405㌨㍍の青色光を照射できるような治療機を開発するのは至難のわざだったそうです。こうした技術を持った加工業者を探すのも大変ですが、製品化に至るまでの道のりを乗り越えるための潤沢な資金を得ることにも苦労したといいます。

そうした資金や技術の協力者を探すという難題を1つひとつクリアし、長い年月をかけて地道な研究開発と格闘した結果、ついに405㌨㍍の青色光と3%の過酸化水素を放出する超音波スケーラーを完成させ、これを日本中の歯科医師に届けることができる時が来たのです。歯周病治療機器の開発を始めてから実に17年の歳月を経て、日本初・世界初の歯周病治療器「ブルーラジカルP-01」が日本の厚生労働省によって承認され、歯科医療という臨床の現場に登場することとなったのです(後編へ続く)。