プレゼント

ガン・老化・肥満などの抑制で大注目の「メチオニン制限食」

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央

ガンだけでなく糖尿病や老化、肥満、血管障害、ウイルス感染症に有効な「メチオニン分解酵素」

[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催して活動中。一般社団法人日本先進医療臨床研究会代表理事(臨床研究事業)、一般社団法人ガン難病ゼロ協会代表理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

今回は、ガンだけでなく糖尿病や老化、肥満、血管障害、心臓病、ウイルス感染症など、さまざまな病気の()()・改善・予防の効果で世界的に大きな注目を集めている「メチオニン制限食」と、その延長線上で開発された「メチオニン分解酵素」による最新治療法をご紹介します。

人は自分の遺伝子の指令によって体内でさまざまなたんぱく質を作りますが、たんぱく質の材料となるのは食事から摂取されたアミノ酸という栄養素です。体内でたんぱく質を作るアミノ酸は20種類ほど必要ですが、自分の体内で合成できるアミノ酸と合成できないアミノ酸があります。体内で合成できないアミノ酸を「必須アミノ酸」といい、食事などで体外から補給しなければなりません。

メチオニンは必須アミノ酸の一つです。必須アミノ酸の中でも、メチオニンはさらに特別な存在です。というのも、体内でたんぱく質を作る際に最初に必要とされるのがメチオニンなのです。そのため、メチオニンが足りないとすべてのたんぱく質の合成がうまくいかず、細胞合成や成長に支障が出ます。特に体が育つ成長期にはメチオニンの必要量は大幅に増えますので、成長期にメチオニンの摂取量が足りないと十分に成長することができません。

メチオニンは卵や乳製品(牛乳やチーズなど)、肉、魚などの動物性たんぱく質に特に豊富に含まれています。一般的に日本人と欧米人で体型や身長に大きな差があるのは、成長期に肉や牛乳、小麦などのメチオニンを多量に含有する食品を驚くほど大量にとる欧米人との食習慣の違いが理由かもしれません。

さて、非常に重要なメチオニンですが、成長期を過ぎた段階では逆にその摂取量が健康に悪影響を及ぼすことが明らかになってきました。ここ20年ほどの間に次々に発見された新事実によると、メチオニンの摂取量を食事で制限することでガンの増殖抑制やインスリン抵抗性・糖尿病の改善、肥満抑制、新生血管促進による心血管疾患の改善、老化抑制、ウイルス感染抑制など、さまざまな効果があることが分かってきたのです。

以前から、食事の摂取カロリーを30%程度制限すると、肥満や老化を抑制する効果があることは分かっていました。しかし、これを人に応用するのは非常に困難なため、カロリー制限以外の方法で同様の効果が出るものはないかと研究が続けられていました。そしてその後、カロリー制限なしでもメチオニンを制限することで肥満や老化に対して同様の抑制効果があることが判明したのです。

米国ペンシルバニア州立大学のジョン・リッチー教授らの報告では、メチオニン制限食はカロリー制限を伴わずに人の細胞や酵母、動物(ショウジョウバエやげっ歯類など)の加齢を遅らせて寿命を延ばす効果があるといわれています。さらに、動物実験では、体重・脂肪の減少や酸化ストレスの低下、(あく)(せい)(しゅ)(よう)の減少、インスリン感受性の向上、効率的なカロリー燃焼など、さまざまな健康効果が報告されています。

最新の分析では、動物が十分に成長した後でメチオニンの摂取制限をしても、多くの健康利益が得られることが明らかになっています。また、メチオニンを制限しても、成長期の成長抑制以外に特に深刻な副作用はないと報告されています。

実は、人の細胞にはオートファジー機構による「メチオニンのサルベージ回路」というものが存在します。〝サルベージ〟とは〝救済〟という意味で、本来食事の摂取によって血液中から供給されるはずのメチオニンがメチオニン制限によって足りなくなっても、細胞中のサルベージ回路によって古いたんぱく質をリサイクルすることでメチオニンが再合成されるため、細胞の代謝や恒常性の維持には特に問題がないのです。

ところが、ガン細胞は常に細胞増殖するため、サルベージ回路が使えない状態となっています。すると、血液中からメチオニンが供給されず、ガン細胞がアポトーシス(自殺)してしまうことが研究から分かってきたのです。

同様に、ウイルスも増殖する際に外から供給されるメチオニンが絶対に必要なため、メチオニン制限によってメチオニン供給を阻害されると増殖できずに感染症を発症できないのです。メチオニン制限は新型コロナウイルス感染症に対しても有効だと考えられています。

ガンやウイルスの増殖以外にも、いくつもの研究でメチオニンの多量摂取は肥満やメタボリック症候群、心血管系疾患などのリスクを高めることが示唆されており、メチオニン制限によってこれら疾患の予防を期待することができそうです。ただし、メチオニンは卵や乳製品、肉、魚などの多くの動物性食品に広く含まれているため、これらの食品を毎日の食事から排除することは厳格な菜食主義者(ヴィーガン)でもない限り簡単なことではありません。

ロバート・ホフマン教授(米国カリフォルニア大学サンディエゴ校)らが開発した「メチオニン分解酵素」

そこで、普通に卵や乳製品、肉、魚を食べても、厳格な菜食主義者と同じように食事中のメチオニンの吸収を8割ほど阻害してくれる「メチオニン分解酵素」というものが開発されました。開発したのは、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校のロバート・ホフマン教授らのチームです。

メチオニン分解酵素は「メチオニナーゼ」というメチオニン代謝酵素を経口摂取できるようにしたもので、1日2回の食事の直後に飲むことで消化管内のメチオニンを代謝分解して体外に排出してしまう、というものです。米国ではすでに症例研究で使用され、(ぜん)(りつ)(せん)ガンや乳ガン患者の腫瘍マーカーが劇的に下がったと報告されています。また、同じ代謝経路に影響を与える「5FU」という抗悪性腫瘍薬や放射線との併用治療でも高い効果が期待できるといわれています。

日本でも、人を対象としたメチオニン分解酵素の臨床研究が開始される予定です。メチオニン分解酵素は特許製法によって製造され、現在準備中ですが、米国からの個人輸入によって近い将来入手することが可能になりそうです。