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末期ガン患者の救世主「オートファジー」と「断食療法」とは?

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央

オートファジー理論は飢餓と成分再利用、疾病予防と治癒の関係を解明した理論

[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催して活動中。一般社団法人日本先進医療臨床研究会代表理事(臨床研究事業)、一般社団法人ガン難病ゼロ協会代表理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した(おお)(すみ)(よし)(のり)先生のオートファジー理論は、科学的な説明が難しかった(だん)(じき)療法の効果に対して科学的な説明と根拠を与えました。オートファジーは細胞が()()状態になったとき、不要なたんぱく質や脂質、核酸などを分解して再利用するしくみのことです。体内で栄養不足の状態が発生すると、細胞内部に脂質の膜でできた袋が出現します。この袋を「オートファゴソーム」といいます。そして、オートファゴソームが細胞内で使われなくなったたんぱく質や脂質、核酸、バクテリア、ウイルスなどの不要な物質を飲み込みます。次に、オートファゴソームと「リソソーム」という消化・分解の器官が結合し、袋の中身を分解します。分解された成分は再合成され、アミノ酸などの必要な成分が再利用されるのです。

オートファジーという現象自体はベルギーの生化学者であるクリスチャン・ド・デューブによって1950年代に発見されました。デューブは1974年にノーベル生理学・医学賞を受賞しましたが、この現象に関わる遺伝子や具体的なメカニズムは謎のままでした。

大隅先生は酵母を使った研究でオートファジーに必要な遺伝子群やメカニズムなどを世界で初めて解明しました。大隅先生の功績によってオートファジーが人間を含めた多くの生物でほぼ同様であることが判明し、オートファジーによる病気と治療の研究が一挙に広がったのです。

例えば、オートファジーがうまく働かないと、パーキンソン病や2型糖尿病、ガンなどの疾患につながることが分かってきました。逆にいえば、オートファジーが正常に働けば、パーキンソン病や糖尿病、ガンなどの病気を未然に防ぐことができるのです。さらに、オートファジーをより活性化することで、パーキンソン病や糖尿病、ガンなどの病気を治療することも可能かもしれません。

では、オートファジーを正常化し、より活性化するにはどうしたらいいでしょうか? その簡単な方法が古くから行われてきた「断食」です。大隅先生の研究で断食や食事制限を行うとオートファジーが加速することが確かめられています。

『ガン革命―末期ガン患者社会復帰一〇〇人の記録』加藤清(著)(地湧社)

例えば、野生動物がケガや病気などに陥った際には、何も食べずにじっとして体を回復させることがしばしば観察されます。これは、()()や回復を早めるために本能的にオートファジー機構を加速する方法として行っているのではないかと考えられています。人間でもちょっとしたカゼや腹痛などの体調不良の際には、食事をとらずに体を休めることで回復を早める事例が数多く報告されています。こうした治療効果は、いわばオートファジーが正常に機能することで治癒力が向上している証左であると考えられています。

断食を精神や身体の治療法として応用したものが「断食療法」または「絶食療法」と呼ばれる治療法です。古くは3世紀頃に編集されたインドのアーユルヴェーダの古典『スシュルタ・サンヒター』の中にも断食療法の効能が説かれています。

近代的な断食療法(絶食療法)はロシアやドイツ、アメリカなどでも研究されています。特に旧ソ連では、70年以上も前から最初は精神疾患に対する治療法として、次いで身体の治療法として研究されていました。ロシアのブリヤート共和国内のバイカル湖の近くにある温泉地・ゴリアチンスク診療所では、1995年から現在に至るまで、国の健康保険が適用された治療法として絶食療法が行われています。ゴリアチンスク診療所では、医師の監視下で完全に食を断ち、水だけで2~3週間過ごします。開始以来、約15年間で1万人が絶食療法を受け、糖尿病・ぜんそく・高血圧・関節リウマチ・アレルギーなどの患者の3分の2の症状が消えたと報告されています。

日本では、主に精神疾患などに対して絶食療法が行われており、日本絶食療法学会による論文も多数発表されています。しかし、残念ながら、公的機関によるガンに対する断食療法は行われていません。ガンに対する断食療法は主に民間療法やクリニックの医師によって指導・実施されています。

『奇跡が起こる半日断食』甲田光雄(著)(マキノ出版)

ガンに対する断食療法で有名なのは、()(とう)(きよし)先生の「粉ミルク断食」や(こう)()(みつ)()先生の「半断食」などです。簡単にその特徴を紹介すると、一般的な断食療法と違って半断食という点が大きく異なります。通常の断食は長期間完全に食を断って水だけを飲む方法です。こうした完全な断食や絶食は体力のある方にはよいのですが、進行したガン患者さんなど、体力のない方にとっては過酷なものです。そこで、実際のガン患者さん、特に末期と呼ばれるⅣ期のガン患者さんを治療する中で、朝食や昼食を抜く方法、水だけでなくほかの飲料も補給する方法といった実際的な治療法として「半断食」という治療法に行きついたのです。

加藤先生の粉ミルク断食では朝食・昼食を粉ミルクに置き換え、夕食は軽めに腹八分目だけ摂取するという食事制限法です。甲田先生の半断食もほぼ同じですが、朝食を抜いて前日の夕食から16~18時間固形物を摂取しないという食事制限法です。なお、最近の研究で約16時間食事をとらずに空腹が続くと、オートファジーが働きだすことが判明しています。

断食療法は長い間、市民権を得られず、「怪しい治療法」とのレッテルを貼られてきました。しかし、科学の発展によって断食療法の根拠と有効性がようやく証明されました。これまで多くの末期ガン患者さんを救ってきた半断食療法は、科学的な治療法として理にかなっていることが数十年の時を経て証明され、今後は志あるクリニックの医師らによって広がっていくことが期待されているのです。