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腎臓病食は栄養素の欠乏に要注意

糖尿病・腎臓内科

臨床栄養実践協会理事代表 足立 香代子

慢性腎臓病の食事制限と栄養補充の両立は困難でフレイルや認知症になる危険大

[あだち・かよこ]——1968年、中京短期大学家政科食物栄養専攻卒業。管理栄養士。医療法人八木病院、医療法人北青山病院、せんぽ東京高輪病院(現・JCHO東京高輪病院)などでの勤務を経て、2014年より現職。1984年、1988年に社会保険学会賞受賞。1999年、都知事賞受賞、2001年、栄養改善学会賞受賞。2003年、厚生労働大臣賞受賞。著書に『太らない間食』(文響社)、『40歳からの食べてもやせるコツ』(学研プラス)など多数。

慢性腎臓病(まんせいじんぞうびょう)(CKD)の患者さんは、管理栄養士や栄養士と呼ばれる方々から食事制限に関して指導を受けたことがあると思います。私も管理栄養士の1人として40年以上にわたって病院に勤務し、多くの患者さんの栄養管理のお手伝いをしてきました。数値に基づいた栄養管理をしながら質のいい食事について考えつづけた結果、ありがたいことにこれまでにいくつかの賞もいただきました。長きにわたって患者さんの栄養管理に携わってきた私でも、慢性腎臓病の食事制限は難題といわざるをえません。

まず、食事の栄養管理を行ううえで基準となるのが、厚生労働省が発表している日本人の食事摂取基準です。健康の維持・増進を考えるうえで最低限のエネルギー・栄養素の基準量を定めたもので、5年ごとに改定が行われています。

食事摂取基準を基本としながら、保存期の慢性腎臓病の患者さんは食事に制限をかけていきます。腎臓の代表的な働きとして、血液をろ過して老廃物や尿毒素といった有害物質を除去する働きがあります。腎機能が低下すると老廃物や尿毒素が血液中に蓄積され、腎臓にさらに負担がかかるという悪循環が生まれます。慢性腎臓病の患者さんは、有害物質を生じさせないように食事に制限をかけ、腎臓の負担を減らす必要があるのです。

ところが、健康を維持するための栄養補充と、慢性腎臓病の食事制限を同時に行うことは不可能といっていいほど困難です。私は、ただ提示されている数値を守るだけでは、食事制限は成功しないと考えています。問題点を指摘する前に、まず慢性腎臓病の食事制限の内容を振り返ってみましょう。

慢性腎臓病の患者さんであっても、健康な人と同程度のエネルギーが必要です。目標摂取エネルギーとして、これまでは1日に[25~35㌔㌍×標準体重(㌔)]が推奨されていました。なお、標準体重は[身長(㍍)×身長(㍍)×22]で算出することができます。

エネルギーと関係が深いのがたんぱく質です。腎臓に負担をかける有害物質の代表である尿素窒素やクレアチニンなどの窒素化合物は、たんぱく質を構成するアミノ酸が代謝されることで生じます。そのため、慢性腎臓病の患者さんはたんぱく質の制限が不可欠です。

たんぱく質制限の目安としては、ステージG3aの患者さんは1日に[0.8~1.0㌘×標準体重(㌔)]、ステージ3b以降では1日に[0.6~0.8㌘×標準体重(㌔)]が推奨されています。制限はしても、必須アミノ酸を中心に質のいいたんぱく質を過不足なく摂取しなければなりません。

慢性腎臓病が進行すると、カリウムの制限も重要です。腎臓のろ過機能が低下すると、カリウムを体外に排出することが困難になります。カリウムが体内に蓄積すると高カリウム血症を引き起こし、最悪の場合は心停止に陥る危険があります。カリウムの制限は血清カリウム値を見て行われますが、おおむねステージ3bから始まって1日2000㍉㌘以内に抑えるように指導されます。

慢性腎臓病がステージG3aの段階から、リンも制限されます。慢性腎臓病の患者さんはカリウムと同様にリンも体外に排出しにくい状態にあり、過剰になると高リン血症を引き起こします。高リン血症は、心血管疾患の原因になるだけでなく、腎機能の低下にもつながって悪循環を形成してしまいます。

慢性腎臓病の患者さんは、初期の段階から塩分の制限に取り組むことになります。高血圧は慢性腎臓病の主要な原因の1つで、塩分制限は食事制限の基本です。塩分摂取量は1日3~6㌘に抑える必要があります。

高血圧以上に慢性腎臓病の原因として危険視されているのが、糖尿病です。慢性腎臓病は糖尿病の合併症としても挙げられ、糖尿病性腎症と呼ばれています。糖尿病の患者さんは、ヘモグロビンA1c(過去1~2ヵ月間の血糖値の状態を示す指標。基準値は4.6~6.2で6.5以上は糖尿病)を7.0未満に抑える必要があります。

列挙するだけでも難しいと感じられるほどの食事制限ですが、私は疑問を抱いています。実際に、近年になってエネルギーとたんぱく質の数値が見直されつつあります。

2019年9月に改定された『糖尿病診療ガイドライン』では、総エネルギー摂取量に関する目標値が変更されました。特に、慢性腎臓病の罹患(りかん)率が高い65歳以上の人には、目標体重が標準体重より高めに設定され、エネルギーを多くとるよう推奨されています。近年注目されるようになった「フレイル(加齢によって心身が老い衰え、要介護になる可能性が高い状態)」を予防するためです。

50~69歳男性の食事摂取基準に対する割合を100%とした数値。糖尿病・腎臓病食は食事制限がかかり、ビタミン類の摂取が不足しやすくなる

さらに、私が慢性腎臓病の食事制限で問題視しているのが、たんぱく質の摂取量です。腎機能に負担をかける尿素窒素を減らすためには、たんぱく質の制限が有効であることが確認されています。ところが、たんぱく質を制限して長生きできるという論拠はなく、中には腎機能の数値に影響を与えなかったという報告すらあるのです。制限は必要ですが、過剰な制限をする必要はないといえるでしょう。

私は慢性腎臓病の食事制限を徹底するだけでは、健康な体を維持することは不可能だと考えています。何よりも大きな障害となっているのが、先ほども述べたたんぱく質の制限です。たんぱく質の摂取はエネルギーの補充にもつながるため、制限がかかるとほかの栄養素で補う必要があります。エネルギー補充においてたんぱく質の代わりになりえる栄養素に糖質が挙げられます。ところが、慢性腎臓病の患者さんには糖尿病を併発している方が多く、糖質の摂取は血糖値の上昇につながるため手放しでは推奨できません。

そこで、慢性腎臓病の患者さんにすすめられているのが低たんぱく米の摂取です。しかし、高齢者には食が細い方が多く、量を食べることができません。糖質だけでエネルギーを十分に補充することは難しく、エネルギーが不足すればフレイルになる危険性が高まります。

慢性腎臓病で取り組む食事制限でとりきれない栄養素はサプリメントを使って補充するといい

さらに、糖質の代謝にはビタミンB1が必要になります。ところが、ビタミンB1を豊富に含む食材こそたんぱく質なのです。たんぱく質を制限すると、ビタミンB1が不足してしまいます。糖質をたくさんとったとしても十分に代謝されず、エネルギーが足りない状態になってしまうのです。ビタミンB1が不足すると、倦怠感(けんたいかん)や疲労感、手足のしびれ・むくみが生じます。

ビタミンB1に限らず、ビタミンB群と呼ばれる栄養素はたんぱく質が多い食材に含まれています。ビタミンB群に含まれる栄養素は、ビタミンB1・B2・B6・B12、ナイアシン、パントテン酸、葉酸、ビオチンです。ビタミンB2とビタミンB6は、それぞれ脂質、たんぱく質からエネルギーを産生する際に必要になります。

また、たんぱく質を制限すると、亜鉛や鉄といったミネラルも不足します。どちらもアミノ酸の合成には不可欠で、不足すると貧血が起こりやすくなるほか、免疫力の低下も起こります。もともと慢性腎臓病の患者さんは貧血や免疫力の低下が起こりやすい状態にあり、さらに悪化する危険があるのです。

加えて、葉酸・ビタミンB12の不足も問題です。葉酸とビタミンB12は、アルツハイマー型認知症の予防・改善に有効だという報告があります。葉酸はカリウムの多いノリや菜の花に多く含まれており、ビタミンB12はたんぱく質が豊富な魚介類に豊富に含まれています。腎臓病の食事制限で葉酸やビタミンB12が不足すると、認知症になる危険性が高まります。

カリウムの制限も、栄養素の面で大きな問題があります。カリウムの制限では、緑黄色野菜の摂取量を抑えることになります。緑黄色野菜の摂取量が減ると、ビタミンCやカルシウムが不足してしまいます。

ビタミンCは抗酸化物質として知られ、酸化作用の強い酸素である活性酸素の害を防ぐことが期待できます。体内で活性酸素が過剰になると、全身の血管に悪影響を及ぼして血管の老化ともいえる動脈硬化を進行させます。ビタミンCは皮膚や骨、血管に多く含まれているコラーゲン線維(せんい)を作るためにも必要な栄養素で、不足すると全身で老化が進行してしまうのです。

ほかにも、慢性腎臓病の患者さんが起こしやすいカルシウム不足は、リンの制限と関係しています。慢性腎臓病の患者さんがリンを制限する際は、まず何よりも練り物に代表される加工食品を制限するように指導されます。リンには有機リンと無機リンの2種類があり、同じ量でも無機リンは吸収率が高く体内に多く吸収されてしまうのです。

リンに関して、ほかに制限されるものが乳製品です。確かに乳製品はたんぱく質が多く、リンも豊富に含んでいます。しかし、リンの制限のために乳製品を制限すると、カルシウムまでとれなくなってしまいます。

現在、日本人はカルシウムが不足しているといわれ、厚生労働省の基準では、成人で1日600㍉㌘をとることを推奨しています。緑黄色野菜も乳製品も制限されている慢性腎臓病の患者さんにとっては難しい量です。

カルシウムが不足すると、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)になる危険性が高まります。骨折しやすくなって寝たきりにつながる骨粗鬆症は、慢性腎臓病の患者さんに発症しやすい疾患です。腎機能には、ビタミンDを活性型ビタミンDに変える働きがあり、活性型ビタミンDは小腸からのカルシウムの吸収を促進する働きがあります。腎機能が低下して活性型ビタミンDが作られなくなると、カルシウムの吸収が弱まって骨が弱くなってしまうのです。

慢性腎臓病の患者さんが骨粗鬆症を防ぐためには、健康な人よりも多くのビタミンDをとる必要があります。ビタミンDを豊富に含む食材としてキノコが挙げられるものの、量はごくわずかです。キノコのほかに魚が挙げられますが、たんぱく質の制限によって摂取量が不足してしまいます。

慢性腎臓病の患者さんは食事制限によって栄養素が不足しやすい。栄養不足は体調不良やほかの疾患の原因にもなるので注意が必要

慢性腎臓病の食事制限では、腎機能を維持するためにたんぱく質やカリウムなどの制限が推奨され、患者さんが優先的に取り組んでいるのが現状です。しかし、慢性腎臓病の食事制限ばかりにとらわれてしまうと、低栄養やフレイル、認知症、老化の促進、貧血、骨粗鬆症などを引き起こす危険性があることに留意する必要があるのです。食事制限は大切ですが、制限しすぎて栄養不足になってしまうことは避けなければなりません。

エネルギー補充をたんぱく質や糖質に頼れない慢性腎臓病の患者さんにおすすめしているのが、油を使った脂質の摂取です。近年、私がいちばん注目している油が、中鎖脂肪酸だけで構成された「中鎖脂肪酸油(MCT)」です。MCTはエネルギーとして分解されやすい特徴があり、さまざまな料理に活用することができます。

油を使った脂質の摂取がおすすめですが、脂質の代謝にはビタミンB2やナイアシンなどの栄養素が不可欠です。私は、慢性腎臓病の患者さんは食事制限でとりきれない栄養素をサプリメントで補充するしかないと思っています。特にたんぱく質制限によって不足しがちなビタミンB群や亜鉛・鉄、カリウムの制限によって不足しがちなビタミンCやビタミンD、カルシウムなどはサプリメントで補充することがおすすめです。

食事制限は、調理法を変えることでも実践できます。例えば、カリウムの場合、野菜を長時間水にさらしたり、ゆでこぼしをしたり、細かく刻んだりするだけで減らすことができます。しかし、カリウムだけでなく、ビタミンCも同様に減少してしまいます。カリウムの数値が目標値より大幅に少ない場合は無理をして減らす必要はなく、もし調理法で減らす場合はビタミンCのサプリメントをとるといいでしょう。

一方で、マルチビタミンをとればいいというわけではありません。製品ごとに含まれている栄養素は異なりますし、不足している栄養素も患者さんごとに違うからです。

慢性腎臓病の患者さんは、積極的に制限しているものにこそ、不足しがちな栄養素が含まれていると覚えておいてください。自分に不足している栄養素を考えながら最適なサプリメントをいくつか選ぶようにしましょう。