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心筋梗塞・狭心症を防ぐ[井上式入浴法]

循環器科

井上医院院長 井上 幸一

心筋梗塞の発症後は心臓リハビリが大切で日常生活の中でかかる心臓への負荷に要注意

[いのうえ・こういち]——東京都生まれ。医学博士。1980年、日本医科大学医学部卒業後、昭和大学医学部循環器内科学教室入局。1989年、関東労災病院内科副部長。1995年より現職。日本内科学会認定総合内科専門医、日本循環器学会、日本痛風学会、日本リハビリテーション医学会、日本温泉気候物理医学会などに所属。

私は循環器の専門医として昭和大学医学部や総合病院に勤務し、現在は茨城県水戸市にある井上(いのうえ)医院で院長を務めています。

寒い冬は心筋梗塞(しんきんこうそく)を発症する高齢者が増える季節です。血管性の心筋梗塞が起こると、心臓の筋肉である心筋の一部が壊死(えし)して心臓の機能が低下、もしくは喪失してしまいます。

心臓の壊死が広範囲に及ぶと、血液を全身に送るポンプとしての働きが弱くなり、心不全(しんふぜん)の状態となります。心筋梗塞の発作が起こって軽度ですんだとしても、壊死した心筋の機能を回復させることはできません。治療後は、残された機能を守りながら、心臓に負担をかけないように生活することが大切です。

心筋梗塞や、その予備群といえる(きょう)(しん)(しょう)の治療を受けた後、再発を防ぐために欠かせないのが心臓リハビリテーション(以下、心臓リハビリと略す)です。心臓リハビリの領域は、運動療法をはじめ、食事や服薬の指導など広範囲にわたります。患者さんの残された心臓の機能を最大限に生かし、生活の質を保ちながら日常生活を送るために行われます。

通常の心臓リハビリは手術の直後(急性期)から始まります。2週間~3ヵ月間にわたることが多い入院期間中も心臓リハビリは行われ、退院後(回復期)も患者さんが自分自身のために続けていきます。退院からしばらくたった後(維持期)も、通院しながら心臓リハビリを続けることで、狭心症や心筋梗塞の再発頻度を減らせるなど、経過が安定するようになります。

心臓リハビリを始める前には、患者さんの心臓にどれだけ負荷をかけられるかを確認します。私たち専門医がよく行うのが、50㍍歩行です。患者さんには、必要に応じて心電図を付けた状態で50㍍を歩いてもらいます。50㍍歩く過程で心電図に異常が現れたり、動悸(どうき)や息切れなどが起こったりすると、日常生活に大きな支障が生じます。患者さんの心臓の状態を確認した後は、様子を見ながら歩行距離を100㍍、200㍍と延ばしていきます。ほかにも、患者さんに20段程度の階段の昇り降りをしていただき、心臓の機能を確かめることがあります。

心筋梗塞の発症後は、心臓リハビリを受けたからといって、これまでどおりの生活を送るのは困難です。仕事や趣味を含め、できることとできないことを見極めていく必要があります。歩行はもちろん、食事や排泄(はいせつ)といった日常生活の何気ない行動も心臓に負担をかけるからです。日常生活の中でも特に大きな負荷となるのが「入浴」です。

入浴が心臓に負担をかける理由としては、体にかかる水圧や体温の上昇が挙げられます。冬は脱衣所と浴室の寒暖差の問題もあります。また、頭から足の先まで洗う動作はいわば全身運動のため、心臓の機能が著しく低下している患者さんにとっては体を洗うことが過度な負担になる場合もあるのです。

私が昭和大学医学部で心筋梗塞の患者さんの治療に当たっていた当時、血管性の心筋梗塞で入院した患者さんは、退院時まで入浴が禁止されていました。とはいえ、当時の指導は「心臓に負担がかかる」という前提のもとに決められた通例でしかなく、心臓機能の状態と入浴の可否の関係はきちんと検証されていませんでした。そこで私は、心臓に対する入浴時の影響を、患者さんの心電図を取って調べることにしたのです。私はこの研究を論文としてまとめ、日本リハビリテーション医学会で発表しています。

浴槽につかるときは心臓に負荷がかかり入浴時はぬるめの湯で慣らすことが大切

研究にご協力いただいたのは、急性心筋梗塞を発症し、昭和大学医学部の関連施設で心臓リハビリを受けていた計54人の男性患者さん(年齢は38~77歳)です。54人の中には再発・重症の患者さんも含まれます。

浴室の温度は25℃とし、浴槽の湯温は40℃と42℃の二種類を用意して調査しました。入浴方法は、まず5分間浴槽につかり、浴槽から出て3分間で体を洗い、再び5分間浴槽につかります。浴室から出た後は座った姿勢で十分間安静にしてもらいました。

心筋梗塞の患者さん計54人を対象に心電図で調べた結果、浴槽に入るときと体を洗うときに心臓への負荷が高まることが分かった。湯温は40℃より42℃のほうが心電図に変動が現れた

試験の結果を、グラフにまとめました。心電図の変化から分かることは、浴槽に入ったときに心臓には大きな負荷がかかっているという事実です。そのため、浴槽に入る前にはぬるめのお湯でかけ湯を行い、体を慣らしてから入りましょう。心電図のグラフからは、体を洗っているときも心臓に負担がかかっていることが分かります。体を洗う際はゆっくりと動き、心臓への負担を減らすよう心がけましょう。

また、重症な患者さんほど、入浴の際に心電図に異常が起こりやすいことも分かっています。私は入浴時に細心の注意が必要な患者さんの指標として、「入院期間が2ヵ月以上」「短距離でも歩行時に動悸や息切れが起こる人」の2点を挙げたいと思います。

強調したいのは、この試験時に一過性の動悸やめまいなどの自覚症状が現れたのは、わずか3人だったことです。つまり、入浴時は自分が気づかないまま心臓に大きな負担を強いているのです。また、心電図の変化は、湯温が40℃より42℃のほうが現れやすい傾向となりました。心臓の機能が低下している方は、心臓の機能を守るために40℃以下のぬるめの湯温での入浴が望ましいといえるでしょう。

心臓の機能を維持するには、入浴のように毎日行っている生活動作を見直すことが大切です。心臓に負荷をかけていないかどうか、一つひとつの行動を慎重に見極めて対処しましょう。