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[和温入浴]は心臓病の血管内皮機能を高め腎臓病・糖尿病にも有効

循環器科

獨協医科大学特任教授 鄭 忠和

新型コロナ感染症は呼吸器不全だけでなく循環器不全も関与し全身で血栓症が発症

[てい・ちゅうわ]——1973年、鹿児島大学医学部卒業。医学博士。東京大学医学部研究生、UCLA/ロサンゼルスVAメディカルセンター助教、鹿児島大学医学部講師、米国メイヨー・クリニック客員研究員、鹿児島大学医学部第一内科教授、鹿児島大学大学院循環器・呼吸器・代謝内科教授を経て、2012年より現職。日本心臓病学会理事長、日本性差医学医療学会理事長、アジア太平洋心エコードプラ会議理事長を歴任。現在、日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心不全学会、日本心臓病リハビリテーション学会、日本温泉気候物理医学会、日本心エコー図学会、米国心エコー図学会の名誉会員。

2020年4月のある日、イタリアの著名な病理学者の談話が日本語に訳され、私のもとに届きました。それは「重症の新型コロナ肺炎による死亡の原因が新型コロナウイルス感染症に誘発された()(しゅ)(せい)(けっ)(かん)(ない)(ぎょう)()(しょう)(こう)(ぐん)(DIC)によるものである」という内容でした。DICは、感染症や(あく)(せい)(しゅ)(よう)など、さまざまな基礎疾患によって著しい凝固活性化が生じ、全身の血管内に微小な(けっ)(せん)(血液の(かたまり))を多発させる病態です。実際、新型コロナウイルスに感染した重症患者の約30%に血栓症の症状が見られるという報告もあります。

私はその内容に驚くとともに納得できる点を数多く見いだしました。その頃、新型コロナウイルスに感染して路上や自宅で発見された変死体に関する11件の報道に対して、死因は肺炎以外の原因による突然死を疑っていたため、重症新型コロナ肺炎の死亡がDICによるという情報に合点がいったのです。

もちろん、肺炎自体が重症化して亡くなる方もいるとは思います。しかし、11件の変死体の死因は、おそらくDICによって生じた(しん)()(じょう)(みゃく)血栓(けっせん)による(はい)(そく)(せん)の可能性が大きいと思われます。塞栓は、血栓が剥がれて血管の中を流れ、体のほかの部位で血管を(ふさ)いでしまうことです。

新型コロナウイルスは人間の体内に取り込まれると、血管内皮のACE2(エースツー)受容体(アンジオテンシン変換酵素2受容体。()(くう)(いん)(とう)(こう)(とう)からなる上気道や心臓、肺、小腸、(じん)(ぞう)、精巣などの細胞に発現する受容体)と結合し、血管内皮を損傷します。すると、血管内皮の損傷部位に多くの血小板が接着して血小板どうしが凝集し、傷口を塞いで血栓を形成します。これが新型コロナウイルスによって引き起こされる血栓症のメカニズムです。

また、新型コロナウイルス感染症は、肺炎だけではなく、心筋炎の発生にも関与しているのではないかと考えています。DICの発生例で心筋炎を合併すると、心筋の璧運動(心臓の働き)の低下も重なって心臓内で血栓が形成されやすくなります。その結果、全身の各臓器に血栓や塞栓を引き起こし、多臓器不全が生じることも推測できます。新型コロナウイルス感染症例で()()を切断した症例も報道されていましたが、これは心臓で形成された血栓が血流に乗って下肢に運ばれて起こった()()(どう)(みゃく)(そく)(せん)として説明できます。

新型コロナウイルスに感染した場合、高齢者や喫煙者、心臓病、糖尿病、高血圧などの基礎疾患がある人は重症化のリスクが高いといわれています。私は、その謎を解くカギは血管の老化(動脈硬化)だと考えています。というのも、重症化しやすい人に共通しているのは動脈硬化だからです。動脈硬化で血管が硬化して柔軟性がなくなっていると、新型コロナウイルスの感染によって引き起こされた血栓症も進行しやすく、症状を悪化させる危険因子になると考えられるのです。

また、新型コロナウイルス感染症で見られる息苦しさは肺の血管が血栓で詰まることで起こると説明できます。加えて、味覚障害や(きゅう)(かく)障害も、味覚や嗅覚をつかさどる神経系につながる血管が血栓で詰まることで起こると考えられるのです。

現段階では「新型コロナウイルス感染症には、呼吸器不全に加えて、循環器不全が関与している」という考えはあくまでも私の仮説にすぎません。今後、この仮説を科学的に証明するために果敢に挑戦してくれる医療従事者が現れることを切に願っています。

科学的根拠に基づく和温療法を応用した家庭でできる[和温入浴]が血管の強化に有効

①②のeNOSとp-eNOSはNO(一酸化窒素)の分泌を促進する働きがあり、和温療法によって有意に増加していることが分かる。一方、③PAI-1は血液を固まらせて動脈硬化を引き起こす血栓を作る働きがあり、和温療法によって有意に減少していることが分かる
※「Ikeda Y, Tei C et al, Circ J2005; 69: 72-729.」をもとに作成

私は、新型コロナウイルス感染症の循環器不全の改善には[()(おん)療法]が有効ではないかと考えています。和温療法は1989年に、慢性心不全に対する治療法(温熱性血管拡張療法)として私が開発しました。和温療法は「(なご)む・(ぬく)もり」で、全身を気持ちよく温める治療法です。血管内皮機能の改善作用と血管新生の促進作用があることが認められ、2020年4月に重症心不全による和温療法(遠赤外線温熱療法)に保険が適用されるようになりました。和温療法には、次のような効果があることが数多くの研究で明らかになっています。

①心臓・血管機能の改善
②自律神経活性の正常化
③抗酸化作用
④ホルモン(神経体液性因子)の正常化
⑤ヒートショックプロテイン(生体防御因子)の発現による免疫力の強化
⑥心身のリラクゼーション

昔から「人は血管とともに老いる」といわれています。換言すれば、動脈硬化の進行を抑制して血管機能の低下を阻止できれば、血流が改善してエネルギー代謝に必要な酸素と栄養が数十兆個あるといわれる細胞の1つひとつに行き渡り、老化も予防できるのです。

動脈硬化の予防・改善が期待できるのが和温療法です。和温療法によって抗動脈硬化作用(アンチエイジング作用)を発揮する最も強力な物質であるNO(エヌ)(オー)(いっ)(さん)()(ちっ)())の(ぶん)(ぴつ)が促進されることが発見されました。NOは血管内皮細胞(血管の内壁を覆う細胞)から一酸化窒素合成酵素によってアルギニンと酸素から合成され、血管内皮機能を強化して血管を拡張し、血流を改善します。和温療法は、慢性心不全ばかりでなく、これまでに確立された治療を駆使しても回復できない(へい)(そく)(せい)(どう)(みゃく)(こう)()(しょう)をはじめ、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や慢性疲労症候群、(せん)()(きん)(つう)(しょう)、シェーグレン症候群などの数々の難治性疾患を()()させてきました。

生活習慣病は「血管の病気」であり、動脈硬化を進行させて(しん)(きん)(こう)(そく)や狭心症、脳梗塞、足の()()、腎不全、突然死などを引き起こします。抗動脈硬化作用のある和温療法は、血管が傷害されて発症・進行する糖尿病の合併症や慢性腎臓病(CKD)の予防・改善も期待できるのです。

和温療法は安全で効果的な治療法ですが、あくまでも医療行為です。そこで、科学的根拠に基づいた和温療法を応用した、家庭でできる[和温入浴]という入浴法を考案しました。次に、和温入浴の具体的なポイントをご紹介しましょう。

①体重を測定する
まず、和温入浴中にかいた汗の量を算出するため、入浴前に衣服を脱いだ裸の状態で体重を測定します。

②リラックスして入浴することが基本
昔から先人たちが病気や疲労回復のために(とう)()を活用してきた理由の1つは、湯治のリラックス効果です。気持ちよく体を温める「和む・温もる和温入浴」を日常生活に取り入れれば、リラックス効果がもたらされます。

③快適な温度に設定する
次に、リラックスできる入浴環境を整えることが重要です。寒い冬に脱衣場で服を脱いだときに鳥肌が立つようでは交感神経が緊張してしまいます。冬場は脱衣場に暖房器具などを置いて、裸になったときでも寒くないように室内の温度を調整しましょう。また、湯ぶねのお湯をお()()()の床(タイル)にかけ流して温めます。

④お風呂のお湯の温度を「いい湯だなぁ」と感じる温度41℃前後に設定する
湯ぶねのお湯を体にかけながら湯加減を確認します。一度、温度計を用意してお湯の温度を測定し、最も気持ちがいいと感じる温度を確かめておくといいでしょう。10人中7~8人は41℃をいい湯加減と感じます。

41℃を熱いと感じる人は、40℃の温度にして入浴すればいいでしょう。40℃で入浴し、1~2分ほどして体が温まってからお湯の温度を41℃に上げても熱いとは感じないものです。また、41℃をぬるいと感じる人は、41.5~42℃までお湯の温度を上げても問題ありません。ただし、42℃以上の温度は交感神経を刺激してしまうので控えるようにしましょう。

⑤入浴時間は10分間
望ましい入浴時間は10分間です。タイマーを浴室において湯ぶねにつかるときに10分間にセットします。タイマーが10分間で切れる前に湯ぶねから出たいと思ったら、我慢せずに湯ぶねから出ても問題ありません。そのさいはタイマーを一時停止し、少し時間をおいてから再びタイマーで残った時間を湯ぶねにつかるようにしましょう。

10分間以上の入浴は控えてください。1日に2回入浴することが可能であれば、朝・晩の2回の入浴で和温効果がさらに発揮されることでしょう。

⑥湯ぶねに肩までしっかり10分間つかると、体の深部体温が約1℃上昇する
肩までしっかり湯ぶねにつかると、体の深部体温は10分間で0.8~1.2℃上がります。温熱効果はヒートショックプロテインを発現させ、免疫力を高めます。免疫力が強化されれば、感染に対する抵抗力ができて病気の予防になります。

⑦血管の若返り物質であるNOの分泌が促進し、副交感神経が活性化する
上昇した深部体温の熱を放出するために血管内皮細胞からNOが分泌され、血管が拡張して血流が促進します。また、加速した血流の刺激によって、さらにNOが分泌されるという好循環がもたらされます。

加えて、NOの分泌には自律神経の副交感神経も関係しています。リラックスした状態で副交感神経が活性化すると、血管が拡張します。すると、血管内皮細胞からNOが分泌され、血管内皮の機能を改善して全身の血流を促進させます。リラックス効果とNOの血管拡張作用によって全身の血流を促進するのです。

⑧入浴中は(きゅう)()よりも()()を長くしながらゆっくり呼吸する
入浴中は吸気(吸い込む息)よりも呼気(吐き出す息)を長くします。1回の呼吸を10~12秒で行えば、1分間の呼吸回数は5~6回です。

⑨お風呂から出たら少なくとも10~20分間は保温する
和温入浴を10分間続けると血管が拡張します。そのため、湯ぶねから急に立ち上がると血圧が一時的に下がるので、ふだんから血圧が低い人は立ちくらみを覚えるかもしれません。手すりを握ったり(よく)(そう)につかまったりしながら、ゆっくりと湯ぶねから出るようにしてください。

和温入浴の効果を最大限に発揮させるには、お風呂から出た後の管理がポイントになります。深部体温が上がった状態をしばらく維持するため、急に体を冷やさず、全身をバスタオルやガウンで包んで10~20分間安静にします(安静保温)。

その際、毛布などで体を包んで温めると、汗がさらに出てきます。和温入浴の効果は、汗がたくさん出るほど発揮されます。冬場は入浴後、布団(ふとん)やベッドで30分間ほど毛布などで体を温めながら安静保温をするようにしましょう。

⑩再び体重を測定。入浴前後の体重差から発汗量を算出し、発汗量に応じて水分補給をする
入浴後の安静保温が終わったら、汗をしっかり拭き取って裸の状態で体重を測定します。入浴前後の体重差から発汗量を算出し、発汗量に応じた水分を摂取するようにしましょう。

健康な人は200~300㍉㍑の汗をかきますが、和温入浴を継続していると汗の量がしだいに増えて300~500㍉㍑程度になります。発汗量は和温効果の目安になります。

既存の治療法は、薬物療法や放射線療法、手術療法、再生医療など、すべて人間の体に外部から薬や刺激、(しん)(しゅう)を与えるもので、痛みや我慢を強いるため、必ず副作用やストレスを伴います。それに対して、和温療法は人間に本来備わった能力を呼び覚まし、生命力を増強する全身療法です。これまで確立されたさまざまな治療法に和温療法を組み合わせることで著明な治療効果が発揮されることでしょう。

和温療法を応用した和温入浴は、(ろう)(にゃく)(なん)(にょ)、さまざまな病気や合併症の有無を問わず、誰でも安全かつ手軽に活用できる生活術の(いしずえ)といえます。病気や合併症などで運動のできない方には特におすすめです。和温入浴は動脈硬化の進行を遅らせて全身の血管を若返らせ、病気の予防や健康維持、健康長寿に貢献するものと信じています。ぜひ継続的に実践するようにしてください。