株式会社GSIクレオス 繊維事業戦略室
高齢者の健康寿命を考えるうえで、大きな課題となっているのが「下半身の衰え」です。年齢を重ねるにつれて、足の筋力低下や骨密度の低下など、下半身の衰えを実感している人は多いことでしょう。
下半身の衰えに伴って起こる不意の事故として注意したいのが「転倒による骨折」です。若年層の場合、多くの骨折は治療によって治癒が望めますが、回復力が低下している高齢者の場合は入院しても治癒が見られず、そのまま寝たきりになってしまうことも少なくありません。寝たきり状態が続いて社会との接点が失われたり、刺激のない生活を送っていたりすると、認知機能の低下も招きやすくなってしまいます。
転倒による骨折の怖さは、調査結果からも確認されています。厚生労働省が発表した『令和4年国民生活基礎調査』によると、高齢者の介護が必要となった主な原因は、認知症、脳血管疾患(脳卒中)に続いて「骨折・転倒」が14%を占め、高齢による衰弱より割合が多くなっています。そのほか、『令和4年人口動態統計』では、高齢者の転倒・転落・墜落による死亡者数は、交通事故による死亡者数の5倍以上と発表されるなど、「転倒予防が健康寿命を延ばす大切な要素」といえるのです。
高齢者が転倒する場所で最も多いのが自宅で、全体の6割にも上るとされています。自宅内の主な転倒場所は、居間を中心に玄関・階段・廊下・浴室・寝室などが挙げられます。高齢者の場合、「畳のへり」といったわずかな段差でも足を取られてしまうため、住み慣れた自宅であっても危険と隣り合わせといえるのです。
大学との共同研究で、「もっと歩きたくなる靴下」の開発に成功!
高齢者の健康問題を考えるうえで具体的な対策が求められる中、話題を集めているのが、株式会社GSIクレオスが開発した新しい靴下です。繊維と工業製品の専門商社として知られる同社はヘルスケアの領域でも注目され、日本の最先端とされる人工透析器を南米に輸出しながら、ブラジルでは人工透析クリニックの経営にも参画しています。
高齢者の転倒問題に関する取り組みについて、同社繊維事業戦略室・マテリアル部の後藤さんはこのように話します。
「高齢者の転倒問題は、弊社としても解決すべき社会問題の1つと考えていました。歩行を安定させることで転倒防止効果が期待できる靴下については、切実な依頼があったことをきっかけに、神戸大学大学院保健学研究科のご協力のもとで開発を進めました」
これまで多くの企業が取り組んできた「転倒防止」をテーマにした新しい靴下の開発。どのような開発過程を経たのでしょうか。
「開発にあたっては、神戸大学のほか、北海道医療大学と晴陵リハビリテーション学院にも協力を依頼しました。具体的には、今回開発した靴下と一般的な靴下、他社様の転倒防止靴下を履き、3Dを使った動作解析と床反力を比較して検証を重ねました」(後藤さん)
解析機器を用いて検証を重ねることは、最大限の転倒防止効果が期待できる靴下の構造作りには欠かせない過程だったとのこと。検証によって得られたデータをもとに、新しい靴下の製造に挑んだといいます。

「検証を重ねて完成させた新しい靴下は、親指とその他の指が二股に別れる足袋のような構造をしています。最大の特長は、靴下を履くと自然と爪先、特に親指が上を向いてつまずきにくくなることです。また、足袋状の構造にすることで足の指に力が入り、しっかりと地面をつかんで立位や歩行時の姿勢が安定するようになります。そのほか、甲部分の独自設計や底部分の滑りにくい仕様によって、歩行時に優れた安定性が期待できると考えています。70歳以上の高齢者100人を対象にしたモニター調査では、この新しい靴下に7割近くの方が高評価をしていただきました。屋外の使用については、靴下の上から普段履いているシューズを履いても爪先が自然と上がって疲れにくくなったという声が6割に上りました」(後藤さん)
同社では、開発した新しい靴下を、『歩き屋ソックス』と命名。「もっと歩きたくなる靴下」と表現しながら、転倒予防が期待できる新しい靴下として普及に努めています。
『歩き屋ソックス』という命名の背景には、共同開発をした神戸大学大学院保健学研究科・石川朗教授の発想がもとになったとか。「誰でも歩きの専門家になれる」ことを「歩き屋」と表現するなど、さまざまな想いを込めて命名に至ったそうです。
健康増進を目的にウォーキングをする中高年世代の中には、シューズ選びは入念でも、靴下選びはおろそかになりがちな人が多いはず。『歩き屋ソックス』を履いて「もっと歩きたくなる」健康生活を送りながら、健康寿命を延ばしましょう。
