千葉中央メディカルセンター整形外科主任部長 玄 奉学
変形性股関節症や変形性ひざ関節症を放置すると生活の質が低下し寝たきりを招く
高齢化の進む日本では、近年、運動器症候群(ロコモティブシンドローム。以下、ロコモと略す)が深刻になっています。ロコモはケガや病気、加齢によって体の動きに関わる骨や関節、筋肉、靱帯などの運動器が衰え、立ったり歩いたりする機能が低下している状態をいいます。進行すると要支援・要介護になるリスクが高まり、寝たきりを招くおそれがあります。こうしたロコモを招く大きな原因となっているのが、変形性股関節症や変形性ひざ関節症などの関節の病気、転倒による骨折といった運動器の障害なのです。
変形性股関節症は、股関節の関節軟骨がすり減ることによって起こる病気です。主な原因は股関節の形態異常や老化現象で、股関節の軟骨がすり減って痛みや炎症が生じます。歩くと脚のつけ根が痛む方だけでなく、慢性的な腰痛や原因不明のお尻・ひざの痛み、脚の部位が特定しにくい違和感などがあるという方も、変形性股関節症の疑いがあります。
一方、変形性ひざ関節症は、ひざの関節軟骨がすり減り、関節炎や関節の変形が生じて痛みや違和感が起こる病気です。明確な原因はいまだに解明されていませんが、加齢や肥満、遺伝などの危険因子が報告されています。座っている状態から急に立ち上がったときなどに〝ズキッ〟という瞬間的な痛みがひざに走るという方は、変形性ひざ関節症の疑いがあります。ふだんはなんともないのに動きはじめに痛む「スターティングペイン」は、変形性ひざ関節症の特徴的な症状の1つです。
変形性股関節症や変形性ひざ関節症は女性に多く見られます。中高年以降に発症することが多く、男女ともに年齢が高くなるにつれて患者数も増加します。 いずれの場合も、治療をせずに放置していると症状が進行し、日常生活に支障をきたすようになってしまうのです。
初期は保存療法で様子を見ながら病期に応じて痛みを和らげる適切な治療を受けよう
変形性股関節症と変形性ひざ関節症の治療は、次の3つに大別されます。
①保存療法(薬物・運動・温熱・装具など)
②関節温存手術(自分の骨を切って変形した股関節やひざ関節の形態を整える手術)
③人工関節置換術(股関節やひざ関節を特殊な金属やプラスチック、セラミックなどでできた人工関節に置き換える手術)
変形性股関節症と変形性ひざ関節症は時間とともに確実に進行してしまいますが、しっかりと治療を受けることで進行のスピードを緩やかにすることは十分可能です。いずれの場合であっても初期の段階では、自然経過を見ていいケースもあります。痛みが出にくい動かし方を探りながら、徐々に慣らすよう心がけることが大切です。
一般的には、まず股関節やひざ関節に負荷をかけないよう、杖の使用や装具療法、筋力訓練などの保存療法が指導されます。それでも痛みが治まらないときは、消炎鎮痛剤を使用することも選択肢の1つです。同時に、肥満傾向の方は減量に取り組む必要があります。
保存療法を続けても症状が改善されない場合は、手術が検討されます。50歳以下では関節温存手術が考えられますが、関節の変形や痛みが激しい場合には人工関節置換術を視野に入れる必要があります。
実際、変形性股関節症や変形性ひざ関節症は、高齢者が人工関節を導入する主要な原因の1つとなっています。さらに、高齢者の場合、特に注意が必要なのが転倒による大腿骨(太ももの骨)の骨折です。畳の上で転んだだけでも、大腿骨近位部(骨盤につながる大腿骨のつけ根)が折れてしまい、人工関節置換術が必要となることがあります。
人工関節置換術は、痛みの劇的な改善が期待できます。ただし、人工関節の耐用年数には限りがあります。そのため、術後長い時間が経過すると再手術が必要になる場合があることを忘れないようにしてください。
残念ながら、いまのところ変形性股関節症や変形性ひざ関節症を予防するための具体的な対策は確立されていません。とはいえ、骨や関節を支える筋力を維持するための努力は、決して無駄にはなりません。病期や症状など、患者さん1人ひとりの状態によって異なりますが、関節の保護に努めながら痛みを伴わない程度の運動療法を続けることで、筋力や関節の動かせる範囲を維持していくことはとても重要なのです。
特に、浮力が働く水中で行うウォーキングは陸上の運動よりも抵抗が少なく、足腰への負担が軽くなるのでおすすめです。週に2~3回、30分程度の運動を目標に、初めのうちはできる範囲で取り組みましょう。無理をせず、自分に合ったペースで楽しみながら行ってください。
原因不明の腰やお尻・ひざの痛みは股関節の異常が疑われ40代以降の女性に多く発症
歩き出すときやイスから立ち上がるとき、長時間歩いた後などに脚のつけ根やお尻、太ももの前面からひざの辺りに違和感や痛みを覚えることはありませんか。痛みや違和感の出る部位がはっきりと特定できず、検査を受けてもひざや腰などに異常が見られない場合、変形性股関節症の疑いがあります。
変形性股関節症は、股関節の関節軟骨がすり減り、炎症が起こって股関節の周辺に痛みが出てくる病気です。股関節の形態異常や老化が原因で、股関節が徐々に変形していきます。
股関節は、両足のつけ根にある、人体で最も大きな関節です。上半身と下半身をつなぎ、体の要ともいえる中心部分です。体を曲げたり反らしたりするほか、立ったり座ったり、歩いたりする際の起点にもなって、全身のバランスを保つ重要な役割を果たしています。
股関節は骨盤の左右にあり、寛骨臼(おわん状の骨盤の骨)に大腿骨頭(太ももの先端にある球状の骨)がはまり込む構造になっています。寛骨臼は大腿骨頭に丸い屋根のようにかぶさり、正常な股関節では大腿骨頭の直径の約80%を覆っています。
寛骨臼と大腿骨頭の表面は、関節軟骨という厚さ2~4㍉の弾力のある柔らかい組織で覆われ、関節液で満たされた関節包に包まれています。関節軟骨というクッションと関節液という潤滑油のおかげで、股関節は衝撃を吸収したり、滑らかに動いたりすることができるのです。
変形性股関節症は4つの病期に分けられ、「①前股関節症→②初期→③進行期→④末期」と徐々に症状が悪化していきます。関節軟骨の破壊が進むと、骨と骨が直接ぶつかるようになり、股関節が変形していきます。治療をせずに放置すると症状が不可逆的に進行し、慢性的な痛みのために歩行が困難になったり、股関節の可動域が制限されたりして、生活の質が著しく低下してしまいます。
変形性股関節症の原因は、大きく2つに分けられます。股関節の形態に異常がなく、特別な病気を伴わないものを「一次性」と呼びます。老化や肥満などで発症し、欧米ではほとんどが一次性といわれています。
一方、股関節の形態異常やなんらかの病気に伴って二次的に発症するものを「二次性」と呼びます。生まれてまもない乳児期に股関節が外れた状態(発育性股関節脱臼)だったり、発育の過程で股関節が不完全な形態(寛骨臼形成不全)だったりするなど、骨・関節の異常や外傷が原因で発症します。
日本では圧倒的に二次性の変形性股関節症が多く、40~50代の女性が発症しやすいと考えられています。さらに、二次性の90%以上が寛骨臼形成不全に原因があるといわれています。
寛骨臼形成不全は、大腿骨頭が寛骨臼で十分に覆われていない状態のことを指します。乳児期に股関節の脱臼があった人もいますが、むしろ不自由なく成人した後、40歳くらいで痛みが生じる場合が少なくありません。
現在では、発育性股関節脱臼の治療がしっかりと行われるようになり、二次性の患者さんは減少傾向にあります。一方、高齢化が進んだことで、60代以降で発症する一次性の患者さんが増えています。変形性股関節症は発症につながる明らかな原因がなくても、年齢が上がるにつれて男女を問わず発症するリスクが高まるのです。
変形性股関節症は運動で筋力維持と体重管理に努めて股関節の負担を減らすのが重要
変形性股関節症は、股関節への負担をできるだけ減らし、いかに大事に長く使えるようにするかを意識して治療に臨むことがとても重要です。すべての病期を通じて、関節の可動域(動かすことができる範囲)の維持と体重の管理が重要なポイントになります。
運動療法による効果が確立されている肩やひざ関節とは異なり、股関節の場合は運動療法の選択肢が少ないという問題があります。それでも、病期に加えて痛みの部位や状況、程度などを考慮したうえで適切な運動に取り組むことによって、筋力を強化し、関節の可動域を広げる効果が期待できます。さらに、疼痛の緩和や柔軟性・平衡機能の向上、体重の減少にもつながるのです。
変形性股関節症は治療期間が長く、つらい疾患の1つです。だからこそ、痛みを軽減して生活の質を向上させることを目標に据え、保存療法に根気強く取り組む必要があります。股関節に負担のかからない姿勢を取るなどといった日常生活のちょっとした工夫をはじめ、散歩や筋トレ、スポーツに取り組んだり、消炎鎮痛剤を使ったりするという選択肢もあります。
一方、関節温存や人工関節などの手術療法も選択肢の一つです。数ある選択肢の中から治療法を上手に選び、自分に合ったものを組み合わせるようにしましょう。さらに、タイミングよく次の段階の治療を取り入れていけば、これからも笑顔で充実した毎日を過ごすことができるでしょう。