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保存期・末期でも有効と国立大学名誉教授が断言![上月式・腎臓ウォーキング]で透析回避!

糖尿病・腎臓内科

山形県立保健医療大学理事長・学長、東北大学名誉教授 上月 正博

腎臓リハビリは腎臓病治療において「コペルニクス的転回」と評価され世界中が注目

[こうづき・まさひろ]——1956年、山形県生まれ。医学博士。1981年、東北大学医学部卒業。同大学医学部第2内科、オーストラリア・メルボルン大学医学部内科招聘研究員、東北大学医学部附属病院助手・講師を経て、2000年に教授。2022年より現職。国際腎臓リハビリテーション学会理事長、日本腎臓リハビリテーション学会前理事長。著書に『腎機能自力で強化!腎臓の名医が教える最新1分体操大全』、『腎機能がみるみる強まる食べ方大全』(ともに文響社)など多数。

私は長年、東北とうほく大学病院に籍を置き、慢性腎臓病まんせいじんぞうびょう(CKD)に対する運動療法の研究に取り組んできました。そこで開発したのが、慢性腎臓病対策の総称である「腎臓リハビリテーション(以下、腎臓リハビリと略す)」です。

腎臓リハビリの普及に努める私たち研究チームの成果は、国内はもちろん、世界的にも認められるようになりました。日本では、私たちの理論に基づいたリハビリに健康保険の適用が認められるほどです。

私たちが取り組んだ研究の成果をひと言で表現すると、「安静第一から運動推奨への転換」です。それまで慢性腎臓病の患者さんに運動は禁忌きんきとされ、安静第一とされていましたが、運動療法こそ腎機能の維持・改善に役立つことを証明したのです。この事実は、腎臓病の治療において「コペルニクス的転回」といわれ、「革命が起こった」と評価してくださる医師や研究者、医療従事者が世界中にたくさんいらっしゃいます。高名な先生方からの声をいただくたびに感無量の気持ちになりますが、なによりもうれしいのは、不安や心配で押しつぶされそうになっていた多くの患者さんが、腎臓リハビリによって生き生きとした毎日を手に入れられるようになったことです。

では、腎臓リハビリについて詳しく解説していきましょう。腎機能に対して腎臓リハビリの運動療法が効果的な理由として、以下の3つのポイントが挙げられます。

①NO(一酸化窒素)産生の効果
②タコ足細胞を守る効果
③高血圧・糖尿病・リン過剰の三大要因の改善

第一のポイントとして挙げたNOは、血管の中膜を形成している平滑筋へいかつきんの緊張を緩めて血管を広げる物質です。血管の中でNOが増えると血管が広がって血圧が低下するため、腎臓にかかる負荷を軽減できます。

NOは、血管壁が刺激される際に血管の内皮細胞から産生されます。ウォーキングなどの有酸素運動を行うと血流が促されるため、血管の内皮細胞からNOが産生されやすくなるのです。

腎臓で老廃物のろ過を行っている糸球体しきゅうたいは、毛細血管のかたまりです。毛細血管の中でも、腎機能の維持には糸球体の入口(輸入細動脈)と出口(輸出細動脈)にある血管が特に重要です。有酸素運動で血流がよくなり、産生されたNOによって特に出口の血管である輸出細動脈が大きく広がります。そのため、糸球体にかかる圧力が下がり、腎臓の負担を減らせるのです。

第二のポイントは、腎臓の糸球体を構成する毛細血管に貼りつくように存在する「タコ足細胞(腎糸球体上皮細胞)」の保護です。タコ足細胞はその名のとおり、足を伸ばしたタコのような形の細胞で、血液をろ過するフィルターの役割を果たしています。 高血圧や高血糖が続いて糸球体の入口にある輸入細動脈から毛細血管に過剰な圧がかかると、タコ足細胞がはがれ落ちてしまいます。すると、本来ならろ過されるべきたんぱく質などが尿に漏れ出てしまうのです。

腎臓リハビリによってNOが産生されると、糸球体の毛細血管にかかる圧が低下します。その結果、タコ足細胞が守られてろ過機能も保たれやすくなるのです。

第三のポイントは、腎機能を悪化させる三大要因として挙げられる「高血圧」「糖尿病」「リン過剰」です。運動療法は、これらの三つの要因に対して有効に働くことが分かっています。

高血圧や糖尿病、リン過剰の改善というと、どうしても食事面に意識が向きがちになります。 しかし、適度な運動習慣を身につけることこそ、腎機能の維持に重要といえます。慢性腎臓病の方には、腎臓リハビリの運動療法を根気よく続けていくことを強くおすすめしたいと考えています。

運動処方の基準は「FITT-VP」で科学的に治療効果を向上させる考え方

運動療法は、慢性腎臓病のみならずさまざまな疾患に対して新たな変化が起こり、「運動処方」という考え方が広まりつつあります。運動処方とは、運動を治療薬のように処方することです。私たち医師は患者さんの病気や症状の程度に応じて適用する治療薬を選び、投与量を調整して処方します。これまで治療薬に限られていた処方の考え方が、運動療法にも適応されるようになってきたのです。

これからの運動は、「なんとなく体によいもの」ではなく、病気や症状に合わせて治療薬と同じように医師から処方される存在になりつつあります。運動処方の基準は、以下の用語の頭文字を取って「FITTフィット-VP」と呼ばれ、内容が定められています。

Frequency:運動頻度・回数

運動頻度・回数は、「週に3~5回」のように表現されます。目安は週単位で提示されることが多くなります。

Intensity:運動強度

運動強度には、さまざまな尺度があります。脈拍数や心拍数、運動の強さを自分の主観的な感覚で測る「ボルグスケール」などの尺度が使われます。

運動の「強さ」を決める目安の1つにボルグスケールがあります。スウェーデンの心理学者として知られるグンナー・ボルグ氏によって考案された指標で、運動の「きつさ」を本人の主観的な判断で測定します。

ボルグスケールは、6~20の数値で表されます。腎臓リハビリは、12の「らくにできるとややきついの間」~13の「ややきつい」の間で行うことが推奨されます。

Time:運動時間

運動にかける時間です。1日の運動時間を1週間で総計した「1週間単位の運動時間」が目安の1つとして用いられます。

Type:運動の種目

ウォーキングやジョギング、ランニング、サイクリング、エアロビクス、水泳などの有酸素運動です。

Volume:運動の総量 

「運動頻度×運動強度×運動時間」によって算出します。

Progression・Revision:運動処方の漸増ぜんぞう・改訂

運動処方は、まず安全性を確保するためにVolumeを小さく開始し、安全な範囲でVolumeを大きくするように運動の頻度や強度、時間を漸増します。Volumeの大きさを高めても効果が上がらない場合は、合併症の存在や食事摂取の問題も考えられます。その時には、食事や薬物も含めて再検討(改訂)します。

以上のように、運動療法に関する基準を設けて運動の内容を検討し、科学的な視点から治療効果の向上につなげるのが、FITT-VPの考え方といえます。運動処方は、科学的かつ適切に処方されることが重要です。実践にあたっては運動の選択に始まり、強度・頻度・時間などを主治医と相談し、適切な処方を受けましょう。

治療薬の投与・服用量によって薬効が変わるように、運動も量によって大きく効果が異なります。運動療法は「V(運動の総量)」が薬の投与・服用量に相当し、運動量が増えるほど期待できる効果も増えると考えられています。

適切な運動は薬以上の治療効果を発揮する万能薬で運動時間が増えると寿命も延びる

横軸が1日の運動時間、縦軸が全死亡率の低下。1日の運動時間が長くなるほど、寿命が延びていく。

1例として、運動量が増えるほど健康効果が高くなることを実証した研究結果をご紹介しましょう。台湾タイワンで行われたこの研究は、2011年にイギリスの医学誌『ランセット』で発表されました。1996年から2008年にかけて、41万6175人(男性19万9265人、女性21万6910人)を対象に12年間にわたって追跡調査を行い、運動と病気や寿命がどう関連するかを調べました。発表されたグラフを見ると、運動と寿命に関して重要なデータが示されています。

特に注目したいのが、1日当たりの運動時間との関連です。1日当たりの運動時間(90分辺りに至るまで)が15分延びるごとに、死亡率が4%ずつ下がっています。少しずつでも運動時間を延ばすと寿命の延伸につながることが分かったのです。

医療機関で処方される治療薬は、原則として1種類の薬に対して1つの薬効しか望めませんが、運動には多種多様な効果が期待できます。例えば、ウォーキングに代表される有酸素運動を1つ続けるだけで、血圧をはじめ、コレステロール値や血糖値の改善といった複数の効果が期待できます。運動療法の研究に長く取り組んでいる私から見れば、「運動は薬よりも優れている」といっても過言ではありません。

実際に、腎臓リハビリで推奨しているウォーキングは、腎機能の低下原因となる高血圧や糖尿病という2つの生活習慣病に対して効果を発揮します。ただし、薬を服用しすぎると副作用が心配されるように、過剰に強度の高い運動をしたり、長時間続けたりすると、体に過度な負担がかかるので注意しましょう。特に、慢性腎臓病の患者さんにとって「高強度・長時間」の運動は腎臓の負担となることが危惧きぐされます。腎臓リハビリを実践する際は必ず主治医と相談し、無理のない範囲で運動強度や運動時間などを決めて始めましょう。

ウォーキングは頻度・強度・時間が重要でなによりも毎日の継続が肝心

私が推奨している腎臓リハビリのウォーキングのポイントは、こちらをご覧ください。有酸素運動には、ウォーキングやジョギング、ランニング、サイクリング、エアロビクス、水泳など、さまざまなものがあります。このうち、最も手軽にできるのがウォーキングです。

ウォーキングをFITTに当てはめて考えてみましょう。

F(頻度):週に3~5回
I(強度):自分の主観(ボルグスケール)で、12(らくにできるとややきついの間)~13(ややきつい)の間
T(時間):1日20~60分
T(種目):ウォーキング

ウォーキングの「頻度」と「時間」について解説しましょう。

頻度についてなによりも肝心なのは継続することです。「休日だけ長時間の運動を行う」という発想は、あまり効果が期待できません。私は慢性腎臓病の患者さんに「週に3~5回」の頻度で行うことをすすめています。週に5回できる人は、週3回の場合より1日の運動時間を短くして構いません。

運動時間は通常、1週間単位の総計を1つの目安とします。例えば、1日50分×週3回なら、1週間の運動時間は150分で、1日30分×週5回の運動時間と同じと解釈します。 運動習慣が乏しい人にとって、いきなり30分間のウォーキングは難しいことでしょう。そのような場合は、1日の運動時間を小分けにして考えましょう。1回に5~10分程度のウォーキングを1日何回かに行い、しだいに合計が20~60分になれば適切と判断します。

慢性腎臓病の患者さんに運動療法は効果的といえますが、あくまでも過度な負担にならないことを念頭に置いて実践してください。主治医に相談し、事前に適切な運動量を決めておくと、より安全に行うことができるでしょう。

上月式 腎臓ウォーキングの歩き方

【注意点】
「猫背になっている」「歩幅が狭い」「下を向いている」「腕の振りが小さい」といった歩き方はよくありません

【ポイント】
背すじを伸ばし、腕をよく振って、視線は遠くに置きながら、大股で速足で歩きましょう。特に大事なのは、大股で歩くことです。 大きく歩幅を取って足を踏み出せば、自然に背すじが伸びて視線は遠くに置かれ、腕もしだいに振れるようになってきます。猫背になるようなことはありません。大股で歩こうと意識して実践すれば、悪い姿勢が自然に修正されていくでしょう

適切な運動強度はボルグスケールや心拍数で分かり、ややきつい運動が最適

ウォーキングを実践する際は、「歩く速さ」も重要です。隣の人と会話もできないような速さは、体に負荷がかかりすぎて健康的ではない歩き方です。逆に、遅すぎる速さで歩くことも運動療法としては望ましくありません。適切な速さは「息が少しだけ弾み、軽く汗ばむくらい」です。心拍数でいえば、安静時より20~30回増えるまでが目安です。

適切な運動強度を知るための手がかりとなる方法の1つが心拍数です。心拍数は強い運動を行えば上昇し、弱い運動ならばそれほど変わらないため、自分に合った運動強度を知るために用いることができます。1分間の脈拍を確認し、それを運動強度の目安としましょう。

①人差し指、中指、薬指の3本の指を、手首の親指側に当てて(橈骨動脈が走る部分)、10秒間の脈拍数を数える
②10秒間の脈拍数を6倍 (10秒間の脈拍数×6)にする

心拍数の正しい測り方を解説します。ウォーキング中の心拍数を測るには、少なくとも3分間ほどウォーキングをした後に立ち止まり、すぐに測るようにしましょう。 歩きはじめはウォーキングの運動負荷が体に反映されていません。そのため、その運動を行っている時の心拍数が正しく測れないおそれがあるからです。

3分間ほど同じ負荷の運動を続けると、運動によって上昇した血圧や脈拍が落ち着いてくるので、そのタイミングで測るといいでしょう。測った心拍数は、推定最大心拍数(220から年齢を引いたもの)の60%程度が理想的です。70歳の人なら、(220-70)×0.6=90拍/分となります。

最近ではアップルウォッチをはじめ、心拍数を測る機能が搭載された多機能時計が増えています。ご自身のライフスタイルに合わせて、使いやすい計測機能付きのアイテムを利用してもいいでしょう。

体が慣れてきたら、ウォーキングの1回の時間や1日の回数を徐々に増やしていきましょう。ただし、慣れてきても、歩く速度を急に上げたり、険しい坂道をウォーキングのコースに取り入れたりすることは避けてください。運動強度が上がり、腎臓に過度な負担をかけるおそれがあります。ウォーキングに物足りなさを感じて、「もう少し負荷を上げたい」と思ったら、運動時間や運動の頻度を増やしていきましょう。また、登山などの「ややきつい」運動をする際には、念のために主治医に相談するようにしてください。

私のもとには、腎臓リハビリを実践した慢性腎臓病の患者さんから多くの喜びの声が届いています。「腎機能値が35年間も維持できている」「慢性腎臓病のステージがG3aからG2に回復した」「人工透析じんこうとうせきを始めても足腰が衰えずに腎機能を保っている」など、明るく前向きな声を聞くたびに腎臓リハビリの効果を感じます。

運動は腎機能の維持・回復を図るうえで有力な手段です。無理をせず、根気強く腎臓リハビリを続けることで、生活の質は向上します。腎機能の維持を実感しながら、今まで以上に毎日を楽しく過ごしてください。