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足をゆする「ジグリング」は変形性股関節症の有効な保存療法で激痛が改善して軟骨も再生

整形外科
川崎医科大学骨・関節整形外科教授 三谷 茂

変形性股関節症の治療は運動療法が重要で唯一エビデンスのあるジグリングを特に推奨

[みたに・しげる]——1963年、京都府生まれ。1987年、岡山大学医学部卒業。同大学医学部附属病院整形外科助手、同大学院医歯薬総合研究科機能再生再建学講師・准教授などを経て、2010年から現職。日本整形外科学会専門医、日本リハビリテーション医学会専門医。

変形性股関節症では、病期にかかわらず、運動療法を行う必要があります。運動療法は「筋力強化」と「可動域訓練」の2つに大別されます。病期によって運動療法の内容は異なり、前股関節症・初期では筋力強化が主になり、進行期・末期では可動域訓練が主になります。

残念ながら、これまで変形性股関節症の保存療法としてエビデンス(科学的な根拠)が確立された運動療法は存在しませんでした。しかし、いま私が何よりも有効だと考え、患者さんに推奨しているのが「ジグリング(足ゆすり運動)」です。ジグリングは、変形性股関節症の保存療法の中で唯一エビデンスのある運動療法だからです。

関節軟骨には、血管やリンパ管、神経がなく、栄養補給は関節液によって行われます。ジグリングは、関節に負荷をかけない「小刻みな潤滑運動」です。そのため、関節液が絶えず循環して関節軟骨に栄養が行き渡るようになります。その結果、股関節の軟骨の再生が促され、痛みなどの症状が改善すると考えられます。

さらに、ジグリングには、股関節周辺の筋肉の柔軟性を高める効果も期待できます。変形性股関節症の患者さんは股関節が拘縮(関節が硬くなり、動きが悪くなる状態)を起こし、可動域の制限や痛みの原因になっていることがあります。股関節周辺の筋肉が柔らかくなると関節の動きもよくなり、痛みなどの症状の改善につながるのです。

これまで変形性股関節症の患者さんにジグリングを指導してきた経験則上、3人に2人は痛みの軽減などなんらかの効果が期待できるようです。レントゲンの画像所見で軟骨の再生が確認できるのは3人に1人程度です。ただし、エビデンスのあるジグリングといえども、決して万能ではありません。残念ながら、3人に1人にはジグリングが無効なケースもあります。次のような場合は、荷重を支える股関節の接触面積が不十分なため、ジグリングの効果が期待できないこともあります。

● 骨粗鬆症の症状が重い
● 大腿骨頭が球形である
● 股関節の形状異常が重度である
● 脊柱が後弯(いわゆるネコ背)、骨盤が後傾している(骨盤後傾の特徴の図参照)

骨盤が後ろに傾くと、太ももの骨の先端がおわん状の骨盤の骨にすっぽりと収まらず、前方のかぶりが浅くなってしまう。すると、少ない股関節の接触面積で荷重を支えるようになり、変形性股関節症を引き起こしてしまう。また、上半身のバランスを取ろうと頭部が前方に突き出てネコ背になりやすい

十分な保存療法を行っても重度の疼痛が持続する場合やレントゲンで骨棘(軟骨が骨化したトゲ状の骨)ができにくいタイプ(萎縮型)の場合、変形性股関節症の進行が危惧される場合は、関節温存や人工関節の手術が検討されます。現在では、摩耗が非常に少ない「クロスリンクポリエチレン」と呼ばれる人工関節が開発され、摩耗が従来の半分以下になって、耐用年数は25年以上になっています。目安としては、50代以降であれば、人工関節の手術の適応と考えていいでしょう。

とはいえ、40~50代前後の患者さんの中には、人工関節の手術を受けるかどうか迷っている方も多いようです。人工関節の手術は1~2週間で退院できて、1ヵ月もすると元の生活に戻れます。一方で、関節温存手術は入院だけでも2ヵ月、退院後も半年程度はリハビリが必要になります。「人工関節のほうが社会復帰は早いけれど、できれば自分の股関節を残したい。ただ、仕事や子育てがあって長期間は休めない」――そんな葛藤を抱えている患者さんも少なくありません。

人工関節の手術を受けるかどうかは、医療従事者が決めるのではなく、社会復帰の目安や将来の見通しなど、両方の利点と欠点を十分に説明したうえで患者さん自身に選んでいただくしかありません。そのさい、保存療法にどこまで期待するのかを理解することが重要です。

例えば、10だった痛みのレベルを0にしたいと望めば、不本意な結果になるかもしれません。保存療法の目的は、痛みなどの症状を日常生活に支障のない範囲内にまで緩和して、患者さんの生活の質を上げることにあります。10だった痛みのレベルが2にまで改善すれば、日常生活で困らずに何でもできるようになります。生活の質を高めて楽しく人生を送りたいということを主眼に置けば、保存療法でもかなりの割合で対応が可能になります。

また、患者さんの中には糖尿病や悪性腫瘍などの疾患を抱えていたり、高齢だったりするために免疫力が低下して感染症を引き起こすおそれがあり、手術を受けられない方や、家庭の事情などで「どうしても人工関節を避けたい」という方もいらっしゃいます。そんな患者さんの有力な治療の選択肢の一つとして、ジグリングによる保存療法が脚光を浴びているのです。

育児のために人工関節の手術を断念したが、ジグリングで股関節の痛みが3年で消失した

私が勤務する川崎医科大学附属病院(岡山県倉敷市)の整形外科では、足をペダルに乗せるだけで自動的にジグリングができる、自動ジグリング器を導入しています。次に、ジグリングによって症状が改善した変形性股関節症の患者さんをご紹介しましょう。

Aさん(41歳・女性)は、10年前に歩きだすさいに左右の脚のつけ根に痛みを覚えるようになり、他の病院で両股関節が変形性股関節症と診断されました。股関節を動かすことができる範囲に制限があり、靴下を履いたり、立ったり座ったりする動作が困難だったといいます。

その後、Aさんの左右の股関節の痛みは徐々に悪化。私の診察を受けたときには、左股関節が末期、右股関節が進行期の状態でした。安静時にも激痛が走るようになり、夜も眠れないと訴えていました。そこで、私はAさんに自動ジグリング器の使用をすすめました。

Aさんは、左足で1日計1時間ほど自動ジグリング器を使用したそうです。ふだんは杖を使って股関節にかかる負担を軽減していましたが、残念ながら半年後、末期の左股関節を人工関節に置き換える手術をしました。

Aさんの場合、ジグリングを行ったおかげで左股関節の痛みは大幅に改善していたそうです。ただし、お住まいがエレベーターのないマンションの高層階で移動能力(階段昇降)に問題があったため、人工関節の手術を選択されました。Aさんは「人工関節の手術を受けるまでの期間だけでも、左股関節の激痛から解放されてほんとうによかった」と喜んでいました。

その後も右足で1日計1時間ほど自動ジグリング器を使用したところ、3週間ほどで痛みが軽減したというAさん。レントゲン写真で変化は認められませんでしたが、夜間痛や安静時痛が治まったと喜ばれていました。Aさんの右股関節の症状改善は、左側の股関節を人工関節に置き換えたことで右脚にかかる負担が減ったことと、ジグリングによる保存療法の相乗効果の賜物といえるでしょう。

Bさん(50代・女性)は、30代後半で高齢出産を経験したのをきっかけに左股関節が痛むようになり、変形性股関節症と診断されました。女性の場合、妊娠・出産後と更年期以降の二回、股関節が悪くなりやすい時期があります。

シングルマザーだったBさんは、左股関節の痛みに耐えながら、子育てをしていました。何ヵ所もの整形外科を受診したものの、どの医師からも異口同音に人工関節の手術をすすめられるだけだったといいます。

Bさんは、43歳のときに私のもとを訪れました。そのときには末期にまで病期が進んでおり、すぐに人工関節の手術をしてもおかしくない状態でした。しかし、小さなお子さんを抱えていたため、手術を断念。お子さんが高校生になるまでは保存療法で様子を見ることになりました。そこで、私はBさんにジグリングを指導しました。

Bさんは1日1時間を目安にジグリングを行いました。すると、3ヵ月後の再診時には痛みが軽減していることを実感。その後も熱心にジグリングに取り組んだところ、安静時にも起こっていた左股関節の激痛が3年後には消失したのです。

その後、自動ジグリング器を購入し、1日1時間を目安にお風呂上がりなどに使用したBさん。変形のあるほうの脚が2㌢ほど短いため、跛行(不自由な足取りで歩くこと)が見られたものの、痛みが気にならなくなったおかげで、お子さんに寄り添いながら成長を見届けることができたそうです。Bさんは「ジグリングのおかげでかけがえのない年月を過ごすことができた」と非常に感謝されていました。現在、Bさんのお子さんは無事に高校入学を果たしましたが、Bさんは人工関節の手術を受けずに元気に過ごしています。

ジグリングを行うと痛みが悪化する場合があるが、諦めずに3週間は継続することが重要

股関節にかかる力

ジグリングによって人工関節を回避できる可能性は、老若男女を問わず、病期が末期であっても十分にあります。人工関節の手術を受ける前であれば、すべての患者さんがジグリングによる保存療法の対象となります。

関節軟骨の再生を目指すのであれば、杖や車イスを利用して股関節にかかる負荷を極力減らしながら、1日2時間以上ジグリングを行うのが望ましいと考えられます。しかし、痛みの軽減や症状の進行予防であれば、股関節に体重の3倍以上の負荷がかかる動作(股関節にかかる力の表参照)を避けながら、1日1時間程度ジグリングを行うことで十分によい結果が期待できるでしょう。

ジグリングは、リラックスして継続的に行うことがなによりも重要です。ジグリングの効果が出るまでに約3週間かかります。初めのうちは痛みが悪化することもありますが、決して諦めずに約3週間は継続してください。もし3ヵ月間ジグリングを行っても効果が出ない場合は、人工関節など、他の治療法を検討するタイミングと考えていいでしょう。

「ジグリング」(足ゆすり運動)のポイント

ジグリングは、従来の治療法にプラスαで追加できる、画期的な保存療法です。副作用の心配がなく、股関節の隙間を広げ、長期的に変形性股関節症の症状を改善する期待が持てます。

私は、ジグリングが多くの変形性股関節症患者さんの症状の改善に有効ではないかと考えています。不可逆的に進行すると考えられていた変形性股関節症の改善が期待できるジグリング。ぜひ、少しでも多くの患者さんに取り組んでいただきたいと、心から願っています。