プレゼント

ひざ関節症の痛みが和らぐ[ぶらぶら体操]

整形外科

お茶の水セルクリニック院長 寺尾 友宏

骨の間に隙間を作る[ぶらぶら運動]は関節に負荷をかけずに自宅でできる再生医療

[てらお・ともひろ]——1971年、東京都生まれ。1997年、東京医科大学医学部卒業後、同大整形外科講座入局。東京警察病院整形外科、洛陽病院勤務、東京ミッドタウンクリニック整形外科長、プライマリ整形外科麻布十番クリニック院長を歴任。2003年に当時ES細胞(幹細胞)の研究で世界トップだった京都大学に国内留学。2019年より現職。日本整形外科学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本整形外科学会認定スポーツ医、日本再生医療学会再生医療認定医。著書に『「正しいクセ」を身につければ腰痛は治る!』(洋泉社)がある。

私が院長を務めるお(ちゃ)(みず)セルクリニックでは、変形性ひざ・股関節(こかんせつ)症の患者さんに再生医療を行っています。再生医療は、関節軟骨の再生が期待できる画期的な治療法です。

関節は、骨の表面にある関節軟骨がクッションのような役割をすることで、滑らかに動かすことができます。関節軟骨がすり減ると関節の動きが悪くなり、炎症や痛みを伴うようになります。関節軟骨がすり減って関節の働きが低下した結果、炎症や痛みなどのさまざまな症状を引き起こしている状態が変形性関節症です。

ひざの関節軟骨は、大腿骨(だいたいこつ)脛骨(けいこつ)の先端部分の表面や、膝蓋骨(しつがいこつ)の裏側の表面を覆って保護しています。ひざ関節は関節包(かんせつほう)という袋に包まれ、関節包の内側には滑膜(かつまく)という組織があります。滑膜を構成している滑膜細胞は、関節液の分泌(ぶんぴつ)と吸収を行っています。関節液には、関節の動きをスムーズにする(じゅん)滑油(かつゆ)としての役割があります。

かつては「損傷した関節軟骨は再生しない」という考えが一般的でしたが、現在はその考えは否定されています。関節軟骨が損傷すると、滑膜が関節液を多量に分泌します。関節液は潤滑油の働きだけではなく、関節軟骨に水分や酸素、栄養を運ぶ役割も担っています。損傷が軽微であれば、関節液の栄養で関節軟骨は少しずつ回復していくと考えられています。

ところが、関節液に含まれている栄養は少量であるため、関節軟骨の損傷が激しい場合は修復が追いつきません。つまり、関節軟骨は再生しないのではなく、極度に再生しにくい組織なのです。変形性ひざ関節症でひざに水がたまっている状態は、滑膜が関節軟骨を修復しようとがんばっている証拠ともいえます。

私たちが行っている再生医療は、幹細胞を関節に注射する「幹細胞治療」です。幹細胞は、体内の損傷がある部位を探し当ててくっつき、炎症を抑えるとともに傷を修復する働きがあるといわれています。患者さんご自身の体の別の部位から取り出した幹細胞を培養し、増やしてから体に戻す治療が幹細胞治療です。幹細胞治療を受けることで大腿骨と脛骨の間に隙間(すきま)ができ、痛みの劇的な改善が見られた人は数多くいらっしゃいます。

幹細胞治療に限らず、ひざの治療に欠かせないのは大腿骨と脛骨の隙間だと私は考えています。関節軟骨を再生させるスペースがなければ、関節液に含まれる栄養は届かず、治療の効果も低下してしまうからです。

私が変形性ひざ関節症の患者さんにおすすめしているのが[ぶらぶら運動]です。私は、ぶらぶら運動を行うことで大腿骨と脛骨の間に隙間が生まれる可能性があると考えています。幹細胞治療の前後に行うことで治療効果を高めることはもちろん、別の治療を受けている方にもおすすめです。私は、ぶらぶら運動を「自宅でできる再生医療」と呼んでいます。

ぶらぶら運動のやり方は、イラストをご参照ください。大腿骨と脛骨の隙間が埋まってしまう最大の要因が重力です。ぶらぶら運動を行うことで重力の負荷が少なくなり、脛骨が遠心力と重力で引っ張られることでひざ関節の大腿骨と脛骨の間に隙間ができやすくなります。

ひざの軟骨に負荷をかけすぎずに行えるぶらぶら運動。足をぶらぶらすることでひざ関節の隙間を広げることが期待できる。回数に目安はなく、1日何回行ってもOK

ぶらぶら運動で重力の負荷がなくなると、関節部分の圧力が減って痛みを軽減できます。さらに、広がった関節の隙間に関節液が入り込むため、ひざ関節の動きが滑らかになって栄養が届きやすくなり、自然治癒(しぜんちゆ)(りょく)も向上すると考えられるのです。

実際に、再生医療前にぶらぶら運動に取り組むことで、治療を受けなくても痛みがなくなってしまう例は少なくありません。

ぶらぶら運動の長所として、体力的な負担が少ないことが挙げられます。運動は変形性ひざ関節症の治療に欠かせないものではありますが、慣れていない人にとって運動のきつさは大きなハードルになります。ぶらぶら運動は体力的な負担を感じることが少ないため、取り組みやすいのが特長です。

さらに、関節そのものにかかる負荷が少ないことも、ぶらぶら運動の魅力の一つです。ウォーキングなどの運動は関節を支える筋肉の強化のためにぜひ取り組んでいただきたいのですが、痛みを訴えている患者さんには重力が大きな障害になります。狭くなった関節に圧力を加えながら動かすことになるため、運動をやりすぎると痛みの増悪(ぞうあく)につながってしまうのです。その点、ぶらぶら運動は重力の負荷が関節にほとんどかからず、痛みの増悪や関節軟骨の損傷を引き起こしにくいと考えられます。関節にかかる負荷が少ないため、ぶらぶら運動の回数には制限はありません。一日何回でも取り組んでいただいてけっこうです。

ひざをリラックスした状態にしたほうがぶらぶら運動の効果は高まります。「ぶらぶら運動をするんだ!」と意気込んでしまい、ひざを緊張させてしまうと逆効果です。そのため、私は「テレビを見ながら」「新聞を読みながら」といった〝ながら動作〟として行うことをおすすめしています。

ぶらぶら運動では、ひざはできるだけ大きく動かすのがポイントです。関節液が関節内に広く行き渡るようになり、効果がさらに高まると考えられます。

変形性ひざ関節症の患者さんに絶対に避けていただきたいのは、ひざが痛いからといって体を動かさなくなってしまうことです。負荷の少ないぶらぶら運動に取り組めば、体を動かすことへの抵抗感を取り除くことができます。多くの変形性ひざ関節症の患者さんにとって、ぶらぶら運動が健全な日常生活を取り戻すきっかけになればと祈っています。