当院では「新しい可能性に挑戦する」をモットーに異なる分野の医療を融合し、そこに新しい可能性を見いだすために日々挑戦しています。一例を挙げれば、整形外科に生活習慣病予防を取り入れたメディカルダイエット、医療にアロマセラピーを取り入れたメディカルアロマセラピーなどです。「ジグリング(貧乏ゆすり様運動)」による保存療法には、整形外科医師の内川知也先生やリハビリテーション科の理学療法士たちと取り組んでいます。
実は、私は大学病院勤務時代に股関節治療の名医として名をはせていた井上明生先生(久留米大学名誉教授)のもとで股関節疾患について学んでいました。井上先生には、整形外科医になってからも手術の術式や適応などをご指導いただきましたが、井上先生の提唱されたジグリングは、私にとって遠い存在でした。しかしその後、患者さんから「ジグリングが股関節にいいらしい」といわれることが多くなり、ジグリングに関する過去の記憶がここ数年で急速に明確化し、身近に感じられる存在となっていったのです。
そんな中で、2018年6月に福岡市で開催された第55回日本リハビリテーション医学会学術集会に参加したさい、ジグリングをサポートしてくれる「足ゆらマシン」という医療機器が展示されているブースに偶然立ち寄り、実際に体験させていただく機会に恵まれました。足ゆらマシンを使ってみたときの印象は「ご高齢の方でも手軽かつ安全に使うことができ、患者さんにすすめることができる」というものでした。
そこで当院では、2018年8月から足ゆらマシンを導入することにしました。もともと変形性股関節症の保存療法としてエビデンス(科学的根拠)があったことから、変形性股関節症の患者さんにはほぼ全員に足ゆらマシンを使用してもらうようにしています。すると、患者さんやそのご家族から「股関節の痛みや動かせる範囲が改善した」という喜びの声が寄せられるようになったのです。その中には、入退院を繰り返すほどの股関節の激痛がらくになり、股関節の引っかかるような感覚も改善して動きやすくなった患者さん(80代後半・女性)をはじめ、ご高齢の方や病期が末期の方も含まれていました。
その後、さまざまな疾患にジグリングが有効であることが分かり、他の疾患の患者さんも対象とするようになりました。ジグリングには、関節の連動性を高めて正常な働きを回復させるモビライゼーション効果ばかりではなく、関節の拘縮(可動域の制限)を改善するリラクゼーション効果も期待できると考えています。痛みのせいで緊張が高まっている部位をあえて揺することで、リラクゼーション効果による緊張緩和に加えて疼痛緩和も期待できるのです。
当院では、外来の患者さんに低周波療法をはじめとする物理療法の一環として、足ゆらマシンを約10分間使ってもらっていますが、リラクゼーション効果は十分にあるようです。足ゆらマシンの速度は中くらいを上限として、痛みが出ない程度に抑えるようにしてもらっています。
足ゆらマシンは股関節以外の部位にも有効でひざ関節・五十肩などの改善例も続出している
ジグリングによるリラクゼーション効果の観点から、現在では変形性ひざ関節症や肩関節周囲炎(五十肩、野球肩など)といった幅広い疾患が足ゆらマシンによる保存療法の対象となっています。導入当初は62症例だった症例数が、2018年10月の時点で115症例に達するようになりました。その他にも、患部に炎症が起こっていないなどの一定の条件を満たしていれば、ジグリングの対象になりうる疾患があるのではないかと考えています。
当院では、毎日1~2時間足ゆらマシンを使用して変形性股関節症の改善までに1~2年かかることを、事前に患者さんに説明するようにしています。長期間にわたって毎日ジグリングを継続することは決して容易なことではありませんが、足ゆらマシンの効果を体感して購入を希望される患者さんは少なくありません。
足ゆらマシンの魅力の一つは「テレビを見ながら」「本を読みながら」といった具合に、なにかをしながら気軽に使用できる点にあります。また、副作用の心配がなく、リスクを伴う人工関節などの手術を回避できる可能性がある点も見逃せません。
私は、股関節の手術を導入する前の、変形性股関節症の治療の有力な選択肢としてジグリングに期待しています。今後、長期的な視野に立って治療を行っていく中で、ジグリングによる保存療法の効果を最大限に引き出す方法を見極めていきたいと考えています。