子宮内膜症は9割の患者さんに強烈な月経痛をもたらす疾患で20~40代に発症
現在、医療の質は著しく向上しています。かつては治癒が困難だった病気の中には、完治が望めるようになったものも少なくありません。一方で、治癒が困難な病気が存在することも事実です。こうした病気に対して、私が特に大切にしているのは、「病気ではなく患者さんを診ること」、そして「患者さんを取り巻く背景を知ること」です。
大学病院や総合病院など、1日に多くの患者さんを診ることが多い病院では、医師が1人の患者さんと接する時間はどうしても短くなりがちです。しかしながら、病気の種類によっては、患者さんの話をていねいに聞かないと、適切な治療法が見つけにくいものも少なくありません。
中でも女性特有の疾患は、患者さんと密にコミュニケーションを取ることが大切だと感じています。あゆみクリニックは思春期から更年期までの女性の心と体の悩みの相談に応じている医療機関で、患者さんのお話をじっくり聞くことを重視しています。患者さんが安心して診療を受けられるよう、私を含むスタッフ全員が女性です。患者さんにとって最良の医療機関であるためのサポート体制を整えようと、日々努力しています。
女性特有の疾患の中でも、患者さんとの意思疎通がより重要なのが、子宮内膜症です。子宮内膜症の患者さんの多くが抱える悩みは、強い月経(生理)痛で、9割近くの人が月経時に痛みを経験します。また、月経時以外でも、およそ7割の人が痛みを感じているのが、この疾患の特徴です。
子宮内膜症の痛みの強さには個人差があり、中には救急車を呼ぶほどの激痛に苦しみ、仕事に支障をきたす人もいます。子宮内膜症は、初経を迎える10代から閉経までの間に発症する疾患で、20~40代の女性に多く見られますが、最近では10代後半の患者さんも増えてきています。
子宮内膜症の増加は、女性のライフスタイルの変化と密接に関わっています。女性ホルモンの影響で発症する子宮内膜症は、妊娠して月経が止まると症状が緩和されます。ところが、晩婚化や少産化が進んでいる現代では、1人の女性が一生の間で経験する月経の回数が増えているため、子宮内膜症に罹患しやすくなっているのです。
子宮内膜症は、月経がある女性の10人に1人が罹患しているといわれています。日本産婦人科学会が行った2014年の調査では、子宮内膜症と診断されて治療を受けている人の数は約22万人。治療を受けていない人を含めると、200万人以上の患者さんがいると推計されています。
子宮内膜症は臓器を癒着させることがあり卵巣や卵管に発症すると不妊のリスクを伴う
女性の卵巣からは、毎月1回、卵子が排出されます(排卵)。そのさい、受精卵が着床しやすくなるように子宮内膜は厚みを増します。精子が卵子に到達して受精卵になり、子宮に着床すると妊娠が成立します。妊娠しなかった場合には、厚くなった子宮内膜は剥がれて体の外に排出されます。これが月経です。
子宮内膜症は、子宮内膜が子宮以外の場所や別の器官・臓器へ転移し、増殖してしまう疾患です。卵巣や卵管、子宮と直腸の間(ダグラス窩)、腹膜、直腸などに比較的転移しやすいことが知られています。まれに肺やへそ、リンパ節などにも転移することがあり、肺に転移すると喀血(気管支や肺などからの出血)などを引き起こします。
子宮内膜組織が子宮を形成する筋肉層の中に入り込んで増殖する疾患は、「子宮腺筋症」と呼ばれています。子宮筋層の中で子宮内膜組織が増殖・出血を繰り返すため、子宮が腫大(腫れて体積が増すこと)します。
子宮腺筋症はかつては子宮内膜症の1つといわれていましたが、現在では別の病気と考えられています。しかし、子宮内膜の組織が本来あるべき場所でないところに転移する点は共通しているので、子宮内膜症の1つと考えても差し支えないと思います。実際、子宮内膜症と子宮腺筋症は、症状も治療法もほぼ同じです。
子宮内膜症の問題点は、子宮以外の場所にできた子宮内膜組織を体の外に排出できないことです。通常、子宮内膜は月経時に排出されますが、出口のない場所で子宮内膜組織が増殖して炎症が起こると激痛を招きます。さらに、病変部が定期的な増殖を繰り返すことで組織が変質し、周辺の組織とくっついてしまうこと(癒着)もあるのです。
癒着が進行すると、激しい痛みだけでなく、器官や臓器の働きも低下していきます。卵巣や卵管に子宮内膜組織が転移して癒着が起こると、不妊の原因となります。子宮内膜症の患者さんの約半数に不妊の傾向があるといわれ、不妊治療を受けたことで子宮内膜症が発見されるケースも珍しくありません。
卵巣が子宮内膜組織に侵されると、出血によって大きく腫れて嚢胞が発生します。古くなった血液の色がチョコレートの色に見えることから「チョコレート嚢胞」と呼ばれています。子宮内膜症の患者さんがチョコレート嚢胞を併発すると、卵巣がんを発症するリスクも高まるので注意が必要です。
子宮内膜症は自覚している患者さんが少なく周囲の理解も得られないことが多い
子宮内膜症がなぜ起こるのか、決定的な原因は分かっていませんが、月経血の逆流によって発症するという説が有力視されています。子宮内膜組織を含む月経血が逆流し、子宮以外の臓器や腹膜などの表面に着床することで子宮内膜症が発症するという説です。
子宮内膜症の最大の問題点は、自分が子宮内膜症だと気づきにくいことです。月経痛は、程度の差こそあれ、ほとんどの女性が経験します。日本では多くの女性が「月経痛は我慢するもの」と思い込んでいるため、痛みがあってもその原因が子宮内膜症だとは気づかずに受診しないことが多いのです。ただの月経痛だと思って放置しているうちに、子宮内膜症が進行してしまうこともあります。
また、子宮内膜症が周囲に理解されにくい病気であることも、多くの患者さんの悩みとなっています。職場などで理解のない人たちから、「たかが月経痛で休むなんて」と心ない言葉をかけられて傷ついてしまう患者さんも多いのです。
子宮内膜症の症状は月経痛だけではありません。不妊・下腹部痛・腰痛・不正出血・性交痛・排便痛・過多月経などがあります。これらの症状に複数思い当たる場合には、子宮内膜症を疑いましょう。子宮内膜症は進行性の疾患です。月経を重ねるたびに痛みが強くなるようなら、すぐに専門医の診察を受けてください。
子宮内膜症は診断が難しく、確定診断をするには、腹腔鏡検査などで直接腹腔内を見る必要があります。実際には、内診や超音波(エコー)検査などの臨床診断で見当をつけて治療に入ることが多い疾患です。さまざまな治療法がありますが、患者さんのライフスタイルやライフプランによって選択する治療法は異なります。
出産を望んでいる人は、早期に妊娠することが理想的です。妊娠すると月経が止まり、子宮内膜が増殖しなくなるので症状の進行を抑えることができるからです。
出産を希望しない人や、毎月の月経が煩わしい人は、低用量ピルの服用や、ホルモン療法によって疑似的な閉経状態へ導く治療を受けると症状が緩和されます。
子宮内膜症によって卵巣が腫れたり、卵巣や卵管に癒着が起こったりすると、妊娠しにくくなってしまいます。妊娠を希望されている子宮内膜症の患者さんには、卵巣の腫大した部分を切除し、癒着を剥離する手術を行って妊娠を目指してもらうこともあります。
しかし、手術後に症状が緩和したからといって、そのまま放置していると、数ヵ月後には再発してしまうこともあります。そのため、医師は患者さんの人生設計を踏まえて、手術をすべきか否かを検討する必要があります。手術をする場合には患者さんと十分に意思疎通を図って、手術のタイミングを決めることが大切です。
子宮内膜症の治療は、患者さんのライフスタイルやライフプランと切り離して提案することはできません。私は治療を行うさい、患者さんとのコミュニケーションを何よりも大切にしています。患者さんのライフプランや置かれている環境、人間関係について十分に聞き出し、最適な治療法を探し出すようにしています。
患者さんも、できるだけ担当の医師とコミュニケーションを取るようにしましょう。医師にお任せの受け身の姿勢ではなく、子どもが欲しいかどうかなど、自分のライフプランをきちんと伝えることが大切です。子宮内膜症は患者さんと医師のコミュニケーションをもとにした「オーダーメイド治療」が不可欠なのです。
残念ながら、すべての医師が患者さんにとって最適な治療法を考えてくれるとは限りませんし、患者さんのプライベートな領域に深く踏み込まない医師もいます。また、一生懸命に考えてくれた治療法が、患者さん自身が望む治療法と一致しないこともあります。
もし子宮内膜症の治療で悩み、現在の治療法に不満を感じているのであれば、まずは担当の医師と腹を割って話してみてください。それでも納得のいく治療を受けられない場合には、他のクリニックでセカンドオピニオンを求めてもいいでしょう。
月経痛を和らげるには温めることが効果的でぬるめのお湯で20分ほどの入浴がおすすめ
では、子宮内膜症の具体的な治療法をいくつかご紹介しましょう。子宮内膜症の治療には、大きく分けて薬物療法と手術療法の2つがあります。
薬物療法のうち、鎮痛剤は子宮内膜症に限らず、月経痛の軽減に有効です。ところが、多くの方が鎮痛剤を服用するタイミングを間違えています。鎮痛剤は、痛みだしたら早めに服用するのが正しい使用法です。痛みがピークに達してから鎮痛剤を服用しても、本来の力は発揮されません。少し早めに服用することを意識しましょう。
鎮痛剤は、痛みの緩和が期待できるものの、あくまで対症療法であって子宮内膜組織に作用する薬ではありません。子宮内膜症の進行そのものを抑えて症状を改善するには、主にホルモン療法が行われます。子宮内膜は、卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)の作用によって厚みが増すので、ホルモン剤を上手に使うと子宮内膜症の進行を抑えることができるのです。
現在、子宮内膜症の治療薬として最も普及しているホルモン剤は、低用量ピルです。低用量ピルを使うと、女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンのバランスを妊娠時と類似した状態に導くことができます。妊娠時には排卵が起こらず、子宮内膜が増殖しないために症状の進行が抑えられるのです。
低用量ピルには月経痛を緩和させる作用もあります。他のホルモン療法と比較すると副作用も軽微なため、よく選択される治療法です。ただし、ピルには血栓(血の塊)ができやすくなるなどの副作用があるので、低用量ピルの服用は必ず医師の指導のもとで行ってください。服用前には必ず医師の検査を受け、服用後も定期的にチェックを受けるようにしましょう。
子宮内膜症の手術療法には、開腹手術と腹腔鏡手術があります。腹腔鏡手術は、下腹部に1㌢程度の穴を3~4ヵ所開けて器具やカメラを挿入し、モニターを見ながら行います。体の負担が少なく、病巣の摘出や臓器の癒着の剥離が行えます。一方、開腹手術は体の負担が大きいものの、子宮の周囲を広く見ることができるので、腹腔鏡では見つけにくい場所や取り除きにくい場所にある病巣にも対応できる長所があります。
閉経が近い女性には、子宮と卵巣のすべてを摘出する手術が提案されることもあります。卵巣を全摘出すると女性ホルモンが分泌されなくなり、子宮内膜組織の増殖が起こらなくなるため、子宮内膜症の完治が期待できます。
しかしながら、女性ホルモンが急激に減少することから、更年期障害などの副作用が現れやすくなります。手術をするメリットとデメリットをてんびんにかけて選択する必要がありますので、医師と十分に相談してください。閉経までまだ時間のある若い女性にはおすすめできない治療法です。
最後に、子宮内膜症の痛み対策として、治療とともにご家庭で取り組むことができる方法をご紹介しましょう。子宮内膜症に限らず、痛みを和らげる最善の方法は患部を温めることです。体が冷えると血行が滞るため、子宮筋が硬直します。さらに、骨盤内にうっ血が起こるため、月経痛がひどくなることがあります。
体を温める最適な方法は、入浴です。38℃程度のお湯に20分ほどゆっくりつかれば、体の芯まで温まります。入浴後や就寝時は、腹巻きや靴下を着用し、腰から下を温めた状態で休みましょう。昼間も使い捨てカイロなどを下着の上から下腹部に当てれば、血行がよくなって冷えの予防になりますし、月経時には痛みの緩和にもなりますので一石二鳥です。