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子宮内膜症を乗り越えて出産できたのは、信頼できる先生と出会えたからです

有名人が告白
タレント 安田 美沙子さん

「イタッ!」と声が出るほどの鋭い痛みがきっかけでした

[やすだ・みさこ]

1982年、京都府出身。『ミスマガジンコンテスト2002』をきっかけにグラビアアイドルとして注目され、情報バラエティー『アッコにおまかせ!』(TBS系列)などの人気番組に出演。女優として、連続テレビ小説『カーネーション』(NHK)などの他、映画『余命1ヶ月の花嫁』『いのちのコール~ミセスインガを知っていますか~』などにも出演。2014年に結婚し、2017年に第1子を出産

私は、19歳で芸能界にデビューしてから、グラビアを中心に活動してきました。23歳頃からはテレビのバラエティー番組にも出させていただくようになり、寝る時間もないほど忙しくなりました。

体調に異変が生じたのは、ちょうどその頃です。グラビアの撮影中、下腹部を何かに刺されるような痛みに襲われました。思わず「イタッ!」と口に出してしまいそうなほどの鋭い痛みでした。その日以降、生理中でもないのに下腹部にたびたびズキッとした痛みが走るようになったんです。

初めの頃は「なんの痛みだろう?」「疲れているせいかな?」と楽観的に考えていました。でも、何回も痛みが起こるので気になって、女性の先生に診てもらえる婦人科を探して受診しました。

内診やエコー(超音波)検査などを受けた結果、子宮内膜症と診断されました。母は子宮筋腫を患ったことがあるので、もしかすると婦人科系が弱い家系なのかもしれません。

当時はまだ婦人科系の病気に対する知識がなかったので、子宮内膜症という病名は、そのときに初めて聞いた気がします。しかも、診てくれたのが怖い雰囲気の先生だったので、子宮内膜症について質問することもできませんでした。結局、子宮内膜症がどんな病気なのかよく分からないまま、処方された薬を飲んでいたんです。

当時診てもらっていた婦人科の先生とは、性格が合いませんでした。25歳のときに出場したホノルルマラソンをきっかけにマラソンを始めた私は、大会の出場日と生理が重なりそうだったので先生に相談しました。生理を遅らせる薬を出してもらえないかと相談すると、先生は「カメラが撮影しているなら生理のまま走って倒れたほうがおもしろい」といったんです。

先生の言葉に私は大きなショックを受けました。当時の私は、男性でなく女性の先生に診てもらいたい一心でその病院を選んだのですが、先生の言葉を聞いて通院をやめてしまいました。

その後、乳がんをテーマにした映画に出演したさいに、共演者の方からある病院を紹介してもらいました。どんな病院なのか、どんな先生がいるのかを知りたくて、まずは乳がん検診を受けに行ったんです。そのときの担当医は男性でしたがとても親切な先生で、幸いなことに子宮内膜症の研究もなさっていました。

その先生は、子宮内膜症という病気についてはもちろん、私の状態も分かりやすくていねいに説明をしてくださいました。信頼できる先生だと感じたので、「主治医になっていただきたい」とお願いしました。先生と治療方針を相談した私は、低用量ピルを飲んで生理周期を整えながら子宮内膜症とつきあっていくことになりました。

新しく主治医になってくださった先生は婦人科以外の診療もされるので、カゼを引いて体調をくずしたときなども診てもらっています。結婚してからは、毎年夫婦で人間ドックを受けて診てもらっています。いまでは我が家のホームドクターといえる大切な先生です。

妊活を始めたときに卵管の癒着が分かり手術を受けました

子宮内膜症による卵管の癒着を乗り越えて念願の妊娠をかなえた

私の場合、信頼できる主治医と出会えたことで、ようやく子宮内膜症という病気と向き合えるようになりました。当時を振り返ると、子宮内膜症が悪化したいちばんの原因は、仕事の忙しさからくるストレスだったと思います。

私が子宮内膜症の痛みを自覚した頃は、とにかく仕事が忙しかったんです。ハワイやグアム、サイパンなどの海外でグラビアの撮影をしながら、合間にテレビ出演をするような毎日で、休日は月に1日あればいいほうでした。

体をいたわってこなかったのもいけなかったと思います。グラビアアイドルとして体形を維持することは大事な仕事だと考えていたので、コンビニエンスストアの生野菜サラダしか食べないといった無理なダイエットをして、偏った食生活を送っていました。

冷えに関しても無頓着でした。水着や薄着で長時間にわたって撮影しているときに、子宮内膜症の痛みを感じることが多かったように思います。

「息子は何をしていてもかわいいんです」と話す安田さん

マラソンをしている私は、健康的に見られることが多いんです。でも、意外と昔から体は弱く、体調をくずすことも少なくありませんでした。以前は貧血の症状があって、特に朝がつらく感じていました。上京してからは、喘息の症状が出るようになりましたし、疲れると扁桃腺が腫れるので、年に1度か2度は母に看病に来てもらっていました。

2014年に結婚した後、2015年から妊娠を望むようになりました。妊娠に向けての活動は、主治医の先生とは別の専門クリニックに通院して行いました。そのクリニックで検査を受けたら、子宮内膜症が原因で卵管が癒着していることが分かりました。

全身麻酔を受けて腹腔鏡手術を受けたのですが、卵管の状態はあまり改善しませんでした。妊娠することの難しさを痛感しながら、もっと早くから子宮内膜症と向き合えばよかったと後悔しました。

私はせっかちな性格なので、先生から紹介された治療法を手当たりしだいに試しました。1年ほど、不妊治療のフルコースといっていいほど多くの治療を受けると、幸いにも赤ちゃんを授かり、2017年5月に息子を出産しました。

体を冷やさないようにショウガを積極的にとるようにしています

安田さんは、信頼できる医師のもとで受けた治療と生活習慣の見直しで子宮内膜症を克服した

妊活中に、それまでの生活習慣を大幅に見直しました。もともと冷え症だったこともあり、妊活中は体を冷やさないようにしていました。体温を上げる効果があるショウガを積極的にとったり、仕事先にブランケットや自分で淹れたショウガ紅茶を持ち歩いたりして、夏でも体を温めるようにしていました。すると、35度C台だった平熱が36度C台になり、貧血も起こらなくなりました。

以前からヘルシーな食事が好きでしたが、家族の健康のためにもよりいっそう力を入れるようになりました。最近では、塩麹やみそなどの調味料も手作りしています。手作りの食材は安心ですし、なによりおいしいんです。

息子はパンやパンケーキなど、粉物の食べ物が好きなんです。最近は野菜を食べるのを嫌がるので、ニンジンを細かく刻んでパンケーキやパンに入れるなどの工夫をしています。

息子は、いま1歳8ヵ月です。もう何をしていてもかわいい(笑)。言葉を覚えるのが早いようで、「でんしゃ」「ばす」など、乗り物の名前をよくしゃべっています。「しょうぼうしゃ」のような難しい単語も上手に話せるので「子どもの学習能力ってすごいんだなあ」と日々驚いています。

現在は息子中心の生活なので、以前のように夜中に20㌔ほどのランニングをすることはできなくなりました。自分のための運動は、朝と夜のストレッチくらいです。家の中を、動き回る息子を追いかけるのが運動代わりになっています。

主治医の先生から「子宮内膜症は治った」といわれています。最近は痛みをほとんど感じなくなったので、薬を飲まなくて済むようになりました。

自分の経験からいえるのは、体調に不安を感じたときは、なによりも病院で早めに診てもらうべきだということです。いまの自分の体がどういう状態で、どんな病気になるおそれがあり、どんなことに気をつければいいのかを知ることが大切だと思います。

子宮内膜症は、長くつきあわなければならないことが多い病気です。この先なにか気になる症状が現れても、相談できる主治医がいるのが心強い限りです。私は心から信頼できる先生のもとで治療を受けられて、とてもよかったと思っています。先生はもちろん、支えてくれた多くの人には、ほんとうに感謝しています。
 

この記事は「健康365」2019年4月号に掲載されています。