〝ボイス筆談機〟の誕生には難聴に苦しむ母の存在がありました

ニッポンを元気に!情熱人列伝

ソースネクスト株式会社 代表取締役会長・CEO 松田 憲幸さん

中高年の中には、加齢によって起こる「難聴」に悩まされている人が少なくありません。耳の聞こえが悪くなると会話そのものが困難になり、行動範囲が狭まってしまうこともあります。難聴によってコミュニケーションができない問題を解消する機器として話題を集めているのが、「AIボイス筆談機」。開発企業の会長職を務める松田憲幸さんがこの画期的な機器を開発するに至った背景には、重度の難聴に苦しんでいたお母様の存在がありました。

20年前から重度の難聴に苦しむ母を助けたいと思いました

[まつだ・のりゆき]——1965年、兵庫県生まれ。日本アイ・ビー・エム株式会社のシステムコンサルタントを経て、1996年に株式会社ソース(現・ソースネクスト株式会社)を創業。2017年、自動翻訳機のポケトークを発売。2020年にAIボイス筆談機「mimiシリーズ」を開発。新経済連盟理事も務める。

「私の会社はIT機器を専門に扱っていますが、製品開発をするときに考えるのは、『大阪に住む80歳を過ぎた両親が簡単使えるかどうか』ということです。若者や働き盛り世代にとってはあたりまえなパソコン操作も、両親世代にとっては難しいものですが、逆にそこに商品開発のヒントが詰まっています」

そう話すのは、ソースネクスト株式会社で代表取締役会長とCEOを兼務する松田憲幸さんです。2017年に発売した自動翻訳機「ポケトーク」が話題となった同社は昨年、「AIボイス筆談機」と呼ばれる新製品を開発。「mimi(ミミ)」シリーズと題して大きな話題を集めています。松田さんによると、AIボイス筆談機が誕生した背景には、難聴に苦しむお母様の存在があったそうです。

「母は幼少時に(ちゅう)()(えん)を患い、そのとき正しい治療を受けられなかったことから難聴に苦しんでいました。日常生活に大きな問題はなかったのですが、20年ほど前のある日突然、急激に聴力が低下したんです」

難聴が進んで日常生活に支障が現れるようになったお母様のために、難聴の治療に関する情報を探し求めたという松田さん。ご両親が暮らす大阪のみならず、東京や名古屋で難聴治療の名医を求め、実際に訪れたこともあったといいます。名医と呼ばれる医師の治療を受けても、お母様の難聴は改善しなかったそうです。結局、お母様は補聴器を使いつづけることになりました。

「重度の難聴用の補聴器は、雑音をどうしても多く拾ってしまいます。外出先では室内よりも雑音が多くなり、大きな声で話さないと伝わらないので周囲の視線が気になってしまいます。母と食事をしたときは、レストランの店員さんから、もう少し静かに話してほしいと注意を受けることもありました。また、補聴器を長くつけていた母は、頭痛に悩まされることが多くなりました」

AIボイス筆談機は、高齢者施設でも活用されている

お母様の難聴はますます悪化し、補聴器を使っても聴力が補えないほどになってしまったそうです。松田さんがお母様とのコミュニケーションでいちばん困ったのは、お母様が電話の声が聞こえなくなったことでした。あたりまえのように使っていた電話で話せないと分かったとき、松田さんはお母様の難聴の深刻さを痛感したと振り返ります。

「電話で話せなくなってから、私は母と文字を使ってやり取りをするようになりました。筆談用にホワイトボードを置いてコミュニケーションをしていたのですが、字を書くのは時間がかかりますし、ていねいに書かないと読めないので、筆談は限られたときだけに使うようになりました。以後、私が母とコミュニケーションを取るときには、母に私の隣に座ってもらって、ノートパソコンにキーボードで文字を打ち込み、画面を母に見せて伝えました」

難聴を抱えながら対面でコミュニケーションを取る際のストレスは深刻で、松田さんのお母様が外出する機会は激減。会話の相手も近しい間柄の人だけになり、初対面の人と会話をすることがほとんどなくなってしまったそうです。

自動翻訳機の意外な使い方をヒントにボイス筆談機を考案

「母と接して気づいたのは、難聴の人にとっての会話は〝気遣いの連続〟ということです。例えば、相手の話が聞き取れなかったときに何度も聞き返すのは気が引けますし、本人にとってもつらいものです。筆談をお願いするのも気を遣います。母いわく、『相手が話している内容が分からなくても愛想笑いですませることもある』とのことで、聞き取れないゆえの気遣いがとにかく多いんです」

お母様は、相手の口の動きから話した単語を予想していました。松田さんは、難聴の人は気遣いだけでなく、多くの手間をかけて会話をしていることが分かったといいます。

「母は試行錯誤をしたそうですが、気遣いや口の動きを見ることなどは、普通の行動となっていました。私たち家族も、母との会話はその形が当然になり、変えることを諦めていました。そんな私たち家族に変化が起こったきっかけはポケトークです。ポケトークは、話しかけるとさまざまな言語に自動で翻訳して文字にしてくれるIT機器で、発売当初から大ヒットした製品です。あるとき、お客様にご協力いただいた製品のアンケートを確認してみると、回答者様の1.5%にあたる方が、翻訳とは異なる意外な使い方をされていることが分かりました」

松田さんが驚かされたポケトークの使い方とは、「日本語から日本語に翻訳する」という利用法でした。松田さんたちがさらにアンケートを実施したところ、利用目的が興味深いものであると分かりました。自分が話した言葉をポケトークで文字化して、難聴の人に読んでもらっていたのです。

「『話した言葉をその場で文字にする』というポケトークの機能に着目した利用方法でした。私はこの話を知って『母の役に立つ新製品が作れるかもしれない』という直感を得たんです。試作機が完成すると、私はすぐに母のもとに向かいました」

実家から空港までお母様といっしょにタクシーで移動した松田さん。移動中にお母様と試作機を試しながら、大きな手ごたえを感じたと振り返ります。

「試作機を使ってみると、私は大きな声を出すことなく、母も文字を見るだけでコミュニケーションが取れました。私が文字をホワイトボードに書いたり、パソコンに文字を入力したりするよりもはるかに簡単にコミュニケーションが取れたんです」

使用者本人が操作しないですむ点も、松田さんの強いこだわり

「AIボイス筆談機」は、めんどうなボタン操作も不要な設計にしたという松田さん。デジタル機器が苦手な高齢者でも簡単に扱えるように、周りの方が機器に向かってただ話すだけで文字が自動的に表示されるようにしたそうです。

「手ごたえを得た私は、本格的にAIボイス筆談機の開発に取り組んで、試作品を作っては母とともに改良を重ねました。タブレット型のAIボイス筆談機の完成には、試作品から製品化まで1年以上かかりました」

松田さんがAIボイス筆談機を製品化するにあたって特に改良を重ねたのは、「集音力の調整」「文字の大きさ」の二つ。集音力が低いと言葉を十分に拾えず、逆に高すぎるとテレビから出る声など不要な声まで拾ってしまうからです。ちょうどいい程度になるまで、お母様と何度も試したと松田さんは振り返ります。

「表示される文字の大きさと書体には、最も時間をかけて取り組みました。難聴に悩まされているのは、60歳以上の方が中心です。多くの方は難聴だけでなく老眼も進んでいるので、文字を読むときは老眼鏡が手放せない世代です。眼鏡をかけるというひと手間が、会話をめんどうに感じる原因にならないように、老眼鏡をかけなくても見やすい文字の大きさや書体を選びました」

試行錯誤を重ねて、AIボイス筆談機がついに完成。IT機器に苦手意識を持つご両親が毎日使っていたことから、松田さんは「高齢の難聴の方に受け入れていただける」という確信を得たそうです。

母はデパートへ行って買い物が一人でできるようになりました

「AIボイス筆談機は、手のひらサイズとタブレット大の二種類があります。母は、外出時にタブレットサイズのタイプを持ち歩いています。コミュニケーションがらくにできるようになった母は、デパートでの買い物も一人でできるようになり、病院の先生や、洋裁教室の先生とも一人でコミュニケーションができるようになったそうです」

AIボイス筆談機を使って会話がスムーズになったことで、お母様の行動力が格段に増したと喜ぶ松田さん。AIボイス筆談機が、お母様を前向きにさせてくれたことはもちろん、世界中の難聴の方にとって新しいコミュニケーション手段となりうることを非常にうれしく感じているそうです。

「発売前に、高齢者施設や聴覚障害のある方が働く施設でAIボイス筆談機を試してもらったところ、皆さんから『使いやすい』という声をいただいたんです。施設の職員さんからは、『会話の速度を速くしてもゆっくりにしても、機器が文字を正確に表示してくれる』と褒めていただきました」

2020年9月に発売されてから、松田さんのもとにはAIボイス筆談機を使った難聴の方からたくさんの喜びの声が届いています。手書きの文字で書かれた感謝の手紙を読むたびに、松田さんはうれしさがこみあげてくるそうです。

「多くの難聴の方は相手の口の動きから、発せられた言葉を理解しようと試みています。しかし、コロナ()でマスクを着けるようになってからは、コミュニケーションがより困難になっているようです。コロナ禍のいまこそ、AIボイス筆談機を多くの方に役立てていただきたいです。AIボイス筆談機は、難聴の母の存在がなければ誕生しなかったと思います。母も、新しいコミュニケーションツールを世に送り出した開発チームの一員といえるかもしれません」