太田接骨院院長、柔道整復師 太田 慶造
脊柱管狭窄症の改善には「行動体力」と「防衛体力」の両輪を向上させる必要がある
加齢など、さまざまな原因で骨や軟骨、椎間板、靱帯が変形すると、背骨の腰の部分にあたる腰椎部の脊柱管が狭くなります。すると、脊柱管の内部にある神経や血管が圧迫されて血流も悪化し、神経に浮腫(水ぶくれ)や炎症が起こって足の痛みやしびれなどが現れるようになります。こうして起こるのが、腰部脊柱管狭窄症(以下、脊柱管狭窄症と略す)です。
足の痛みやしびれが慢性化している患者さんは、坐骨神経痛を起こしていることが少なくありません。その原因の多くが脊柱管狭窄症です。坐骨神経は、人間の体の中で最も太く長い末梢神経です。腰からお尻、太ももの後ろを通って足先まで伸び、腰椎の下の部分から出ている複数の神経とつながっています。腰椎の部分の脊柱管が狭くなって複数の神経のどれか一本でも圧迫されれば、坐骨神経痛が起こるのです。
中高年者に好発する脊柱管狭窄症の原因は「腰部への作業ストレス」「肥満」「筋力低下」「腰椎椎間板ヘルニア」「黄色靭帯の肥厚」「骨粗鬆症」「側弯症」など、さまざまです。脊柱管狭窄症を保存的に改善するには、原因に応じた運動療法やストレッチなどを継続的に行い、血行と筋力を向上させる必要があります。しかし、脊柱管狭窄症では運動が困難で、いつの間にか体全体の体力低下を招いていることも少なくありません。
高齢者にとって運動不足が長期間続くと、「行動体力(実際に体を動かして行動する身体的能力)」と「防衛体力(病気やストレス、環境に適応するための免疫力や抵抗力などの能力)」の低下が顕著になってしまいます。その結果、生活習慣病の悪化を招くことにもなりかねません。
「行動体力」と「防衛体力」は「体力」を構成する車の両輪であり、健康的な生活を支える要です。脊柱管狭窄症を保存的に改善させるには、行動体力と防衛体力の両輪を有効に向上させることが正しい療法です。これまでにもいくつかの運動法をご紹介しましたが、今回は、脊柱管狭窄症の方の体力向上を目的にした「歩行法」についてお話しさせていただきます。
一定の距離を歩く間に下半身・体幹の筋力を強化する歩行法で脊柱管狭窄症を改善
歩行は最も手軽な移動手段であり、体調を整える最も効果的な運動ですが、誰もが正しいフォームで十分な距離を歩けるとは限らない難しい動作の連続でもあります。特に、脊柱管狭窄症に伴う特徴的な症状である「間欠性跛行」のために持続歩行が困難になると、筋力低下や血行不良を招いてしまうことも危惧されます。間欠性跛行とは、しばらく歩くと腰から足にかけて痛みやしびれが起こったり、ふくらはぎに張りが生じたりして歩きづらくなり、前かがみになったり腰かけたりして少し休むと回復して再び歩けるようになるという症状のことです。
脊柱管狭窄症がひどくなると、続けて歩くことができる距離が徐々に短くなります。ほんの数十㍍歩いただけで痛みやしびれが悪化し、一度座って休まないと再び歩けないという状態になる患者さんも少なくありません。
ただ、一定の距離しか歩けないということは、一定の距離を歩く間に下半身・体幹の筋力を強化する歩行法を取り入れることで脊柱管狭窄症の症状の改善を図ることが可能であるとも考えられます。つまり、「歩数よりも歩き上手になること」が、なによりも大切なのです。
歩き上手になる秘訣は、歩幅の改善にあります。歩幅は中高年者の体力や筋力、柔軟性などを判断する目安の一つとなっていますが、「年だから狭くなるのはしかたがない」と諦めている方が多いのではないでしょうか。歩幅が狭くなる場合、足関節の働きが不十分であることがほとんどで、連動するひざ関節・股関節・骨盤の働きに悪影響を与えています。特に、巻き爪や、足指が地面に接していない浮き指がある場合などは、かかとの接地から爪先の離床を繰り返す足関節の使い方に問題があります。
狭窄症の改善に有効!「足関節」「内転筋」「殿筋」の三つを生かす[太田式三段階歩行法]
狭い歩幅やひざの曲がり、前かがみの姿勢などを改善して歩き上手になる方法として、私は[太田式三段階歩行法]をおすすめしています。「足関節」「内転筋(太ももの内側の筋肉)」「殿筋(お尻の筋肉)」を意識的に働かせることで、しだいに歩行本来の自然なリズムを体感できるようになります。
【其の一】「かかとが初めの一歩」
太田式三段階歩行法で最も大切なのが「初めの一歩」の踏み出し方です。ほとんどの人が爪先を前に振り出すことに意識を向けがちですが、太田式三段階歩行法では体重を支える側の後ろ足のかかとの働きに意識を強く持ってもらいます。
人は重心を前方に移動させるだけでも自然と歩行することができますが、それだけでは十分な歩行効果は得られません。歩行によって筋力の強化や姿勢の改善を求めるには、振り出した足の着地をかかとからしっかり行う必要があるのです。
振り出した足のかかとがしっかりと着地すると同時に、後ろ足のかかとを高く引き上げます。爪先への力の伝達を最適に行うために「かかとの引き上げ」をしっかりと意識し、歩行時の足運びも「爪先」ではなく「かかと」を前方に運ぶようにすることで歩行動作をスムーズに連動させる原動力となるのです。
単純に足関節を「テコの原理」に置き換えて考えると、爪先により大きな力を伝達するには、爪先の運動に反する方向に動く「かかと」の力強さが重要であることが分かります。最初の一歩から重心を前に移動するとともに後ろ足のかかとをしっかりと引き上げることで、歩幅が広がって爪先にまでスムーズに力が伝わり、背すじも伸びたよい姿勢で歩行することができます。決して爪先で地面を強く蹴るのではなく、重心移動とともにかかとを高く引き上げるように意識してください。人によっては、後ろ足のかかとをなるべく後方に残して歩くようにイメージしたほうが分かりやすいかもしれません。
かかとの力強い動きを引き出すには、最初の一歩が決め手になります。1日に数千歩の差でも、積もり積もれば小さな差ではなくなるはずです。
【其の二】「内転筋を働かせる」
第一歩を振り出した後、第二歩目をスムーズに振り出す重要な働きを担うのは「内転筋」です。歩行時の内転筋群は、股関節と骨盤を安定させるとともに、股関節の屈曲(足を前方に振り出す)と伸展(足を後方へ伸ばす)の動作に関わり、足を体の中心部に戻すように働いてくれます。
普通はイラストの赤い矢印のように後ろ足を前方に振り出そうとするだけですが、太田式三段階歩行法では黄色の矢印のように前足を内転筋で後方に引き戻すようにします。つまり、赤い矢印と黄色い矢印の力を足し算して歩くことになるため、非常に力強い歩行が体感できるのです。ハサミの動きをイメージすると、内転筋を働かせやすくなるでしょう。
足関節の働きで歩幅が広くなると内転筋群の動きがダイナミックになり、内転筋の筋力アップにもつながります。足関節と内転筋群がうまく使えるようになると、歩行スピードが増すことを実感される方も少なくありません。
【其の三】「歩行姿勢は殿筋で決まる」
太田式三段階歩行法の仕上げは、殿筋の働きを意識することです。正しい歩行を行うには、殿筋をしっかりと収縮させることがとても重要になります。
歩行時にお尻に手を当てて歩いてみてください。お尻の筋肉がしっかりと収縮していると、殿筋の働きで後ろ足が美しく伸びてかかとがしっかりと上がり、背すじも伸びて美しい歩行姿勢になります。内転筋をハサミの動きのように働かせる黄色の矢印の動作と同時にお尻の筋肉を収縮させると効果的です。
高齢者の転倒方向に関する調査研究では、前方転倒が約6割、左右どちらかの側方転倒が約2割、後方転倒が約2割と報告されています。実際、私の患者さんに転倒の原因を聞いてみると、ほぼすべての方が「爪先やひざが上がらなくてつまずいた」「転倒の原因が思い当たらない」などの回答が返ってきます。加齢とともに足腰の衰えは自覚されているのですが、殿筋の衰えを自覚されている方はほとんどいません。
実は、転倒の危険を増大させ、老後の生活の「質」まで左右するおそれがあるのは、殿筋の衰えといえるのです。殿筋を強化するには、スクワットや特別な筋力トレーニングをしなければならないとも思われがちですが、歩行時の意識と工夫だけで十分に可能です。
そのほか、太田式三段階歩行法のポイントとしては「視線」と「腕の振り方」があります。視線については、目の高さが理想ですが、普段よりも視線を数メートル先に置く程度から始めるといいでしょう。また、腕の振り方については、前に大きく振りすぎないようにしてください。むしろ、後方に大きく振るように意識すると姿勢がよくなり、重心移動もスムーズに行えます。「前に三、後ろに七」の感覚で腕を振るようにしてください。
太田式三段階歩行法では「足関節」「内転筋」「殿筋」に意識を向けることを重視していますが、要領としては、踏み出す足よりも後ろ足を美しく伸ばすことがポイントです。踏み出した足をしっかりと引く意識が「足関節」「内転筋」「殿筋」のローテーションを正しく連動させ、力強い歩行に導いてくれるのです。
太田式三段階歩行法は、歩行姿勢の改善と筋力強化に加え、血液・リンパ液の循環促進などを目的とする歩行法です。脊柱管狭窄症やご高齢の方にぜひ実践していただきたいと思っています。