プレゼント

アロマセラピーの実力を〝見える化〟して科学的に検証しています

ニッポンを元気に!情熱人列伝

株式会社ラヴァーレ 代表取締役 菅野 千津子さん

日本では気分転換やリラックスの目的で用いることが多いエッセンシャルオイル(精油)ですが、欧州では「芳香療法」として、さまざまな治療に役立てられています。今月の情熱人は、気分で評価されがちなアロマセラピーの効果を科学的に検証しているアロマセラピストの菅野千津子さんです。

体の中に成分を入れられる精油に魅力を感じてキャリアを転向

[かんの・ちずこ]——エステティシャンとして15年以上活動した後、アロマスクール「ラヴァーレ」を開校。アロマセラピストを養成するかたわら、視覚障がいの人向けの点字テキストやデイジー(デジタル録音)図書の作成にも尽力。2015年、アロマセラピーの「見える化(科学的な検証による数値化)」を目指してメディカルアロマアンチエイジング研究所を設立。医療機関との共同研究で学会発表を続けながら、全国3拠点のアロマスクールから4500人を超える受講生を輩出するなど、アロマセラピー業界をけん引している。

エッセンシャルオイル(精油)の印象として、「癒やし」「リラックス」を目的とした使い方を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。日本では「気分」に働きかけると思われがちなアロマセラピーの効果を科学的に検証し、学会などで発表を続けているのが、アロマセラピスト養成スクール・株式会社ラヴァーレの菅野千津子さんです。

「私は大手エステサロンに就職してから15年間、エステティシャンとして勤務してきました。バブル時代は、『もっときれいになりたい』と望む多くの女性がエステサロンを利用していました。その後、世の中に元気がなくなってくると、『眠れない』『食欲が出ない』といったうつ傾向の女性が増えはじめ、サロンに来られるお客様たちから不調に関する相談を受けるようになったんです」

心身の不調に悩む女性たちに寄り添いながらトリートメントを施したという菅野さん。それでも多くの女性の不調を改善させることは難しく、無力感を覚える日も少なくなかったと振り返ります。そんな思いを抱いていた時に知ったのがエッセンシャルオイルでした。

「欧州ではエッセンシャルオイルが古くから医療に活用されて、さまざまな不調や病気の治癒に効果を上げていることを知ったのです。エッセンシャルオイルは分子構造が小さく、経皮吸収や呼吸によって、体の中に精油成分を入れて体質の改善を促します。精油成分の種類によっては、わずか20分後に血液中に精油成分を入れられるのです。反面、エステサロンで使う化粧品は、肌を美しく見せるために皮膚の表面にとどまっていなくてはいけません。どんなに高級な化粧品でも分子が大きく作られているので、成分を体の中に入れることはできません。化粧品とエッセンシャルオイルは、体内と体表からという真逆の働きで女性を美しくすることを知りました」

体の中から体質改善をかなえるエッセンシャルオイルへの関心を高めた菅野さんは、当時ほとんどなかった専門の学校でアロマセラピーの知識と技術の習得に努めます。その後、2007年に独立し、アロマセラピストを養成する株式会社ラヴァーレを設立するのです。

アロマセラピーとは、Aroma(香り)とTherapy(治療・療法)を合わせた言葉で、日本語では芳香療法と表現されます。

菅野さんは多くの生徒さんを指導しながら、みずからもアロマセラピストとして最前線で活躍している

「英語でアロマセラピー、フランス語ではアロマテラピーと呼ばれる芳香療法は、歴史的な経緯から欧州では医療の一環としてとらえられています。本場のフランスでは病気の治療や治療効果を高める薬理作用に重点が置かれ、医師免許を持たない人がエッセンシャルオイルを処方することは法律で禁じられています。イギリスでは主にリラクゼーションを目的に使われていますが、近年では、病気にならないために生活の中にエッセンシャルオイルを取り入れる予防医学の視点で使われる機会が増えています」

菅野さんによると、日本国内におけるアロマセラピーの歴史は浅く、40年ほどとのこと。医療現場で活用される機会は少なく、精油自体も雑貨として扱われているのが現状です。

「日本では気分転換の領域に留まっているアロマセラピーの力を欧州のように医療面で発揮するにはどうしたらいいのか——その結論が、精油の実力を科学的に検証して、医療の現場で認めてもらうことでした。そこで私は、精油の効果を数字として明確に示す〝見える化〟に取り組むことにしたのです」

記憶力を維持する脳の「海馬」に精油が働きかけることを実証

以後、アロマセラピーの科学的な検証を掲げて独自の活動を展開する菅野さん。アンチエイジング(抗老化)分野の第一人者として知られる久保明医師(銀座医院抗加齢センター長)や医療法人財団百葉の会・銀座医院との共同研究で「アロマセラピーの見える化」を実現していきます。中でも、2019年に日本抗加齢医学会で発表した『アロマオイルの塗布による各種ホルモンへの影響について』と題した研究結果には大きな注目が集まりました。

「試験の対象者は計20人の女性(年齢は26~45歳。平均年齢は39歳)です。20人の対象者には、独自にブレンドした5種類のエッセンシャルオイル(ラベンダーアングスティフォリア、レモン、ローズオットー、ペパーミント、サイプレス)を自分で塗布できる範囲(頭皮・顔・背中以外)へ毎日の入浴後に10㍉㍑を1ヵ月間塗布していただきました。1ヵ月後に採血したところ、BDNFの数値が有意に上昇(1.28倍)していたのです」

BDNFは「脳由来神経栄養分子」と訳され、記憶に関わる脳の海馬に高濃度で存在するホルモンです。海馬の萎縮を伴うアルツハイマー型認知症の患者さんは、健常者と比べてBDNFの量が減少していることが分かっています。

「BDNFの量が増加したというデータは、エッセンシャルオイルの塗布によって海馬の栄養素が増えたことを示しています。アロマセラピーによって認知機能の維持にも働きかけられるのではないかと考えています」

現在、世界中で認知症治療薬の研究開発が進められる中、ビッグファーマと呼ばれる大企業においても実用性を伴う新薬の開発には高い壁があるのが実情です。アロマセラピーによってBDNFの量が増えたという事実は、エッセンシャルオイルが認知症対策の一つになりうることを示唆しています。

「このデータを解析していただいた久保先生からは、『P値が0.0004という事実は、統計学的に見てかなり強力であることを示しています。量が増えないという仮説の有意水準(0.05)と大きな差があるすごいデータです。エッセンシャルオイルの可能性を強く示すデータなので、遠慮せずにもっと広めるべきです』と、はっぱをかけられています(笑)」

アロマセラピーは欧州のように、医療・健康面で実用化されてこそ意味があると考える菅野さん。研究結果を実用的に生かすために開発したのが、試験で使用したエッセンシャルオイルを配合したオリジナルのシャンプーです。

「エッセンシャルオイルはたまに使うのではなく、毎日使ってこそ体質の改善が図れます。とはいえ、多くの人にとって生活習慣を変えるのは容易ではありません。そこで、毎日の入浴時に洗髪しながら同時にアロマセラピーをすれば、誰でもその恩恵にあずかれるのではないかと思ったのです。アロマオイルは皮膚の中でも頭皮からの経皮吸収力が強いので、吸収面からも効率的といえます」

菅野さんが開発したオリジナルのシャンプーは、認知機能の低下を防ぎたいという中高年をはじめ、集中力の向上を目指すビジネスマン、受験期の児童や青少年の間で使われ、評判は上々とのことです。

菅野さんは久保明医師との共同研究でアロマセラピーの「見える化(数値化)」を展開している

無料で学べる動画配信や日本人になじみやすい「和のアロマ」を提案

もう一つ、菅野さんが積極的に取り組んでいるのがSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)を使ったアロマセラピーの情報提供です。特に、難病といわれる疾患に対して働きかけるエッセンシャルオイルの作用に注目してほしいと話します。

「最近では、帯状疱疹や線維筋痛症といった難治性の疾患に効果が期待できるエッセンシャルオイルの使い方を動画に収録し、ユーチューブやインスタグラムで配信しています。インターネット上の交流は、患者さんにとっても心身の負担が少なくすむので好評です。そのほか、老人性のイボをテーマにした動画には予想以上の反響がありました。動画の配信はアロマセラピーを活用すべき領域のリサーチにもなっています」

アロマセラピー指導の第一人者といわれる菅野さんが動画で配信するエッセンシャルオイルの講座は無料で見ることができます。秘伝ともいえる情報を惜しみなく公開するその理由は、医療的な側面におけるアロマセラピーの普及にあると話します。

欧州の薬草が主体のアロマオイルですが、最近では日本国内の木や草から抽出した「和のアロマ」が誕生し、菅野さんも注目しています。

「私たちが和のアロマと呼んでいる日本産の精油には大きな可能性があります。日本は国土の七割近くを森林が占める森の国です。私たちの先人は、地域それぞれに根づき、育ってきた草花や果実、樹木を生活の中で上手に活用してきました。全国各地にある郷土料理も、食材はもちろん、調理の過程でその土地の植物が活用されています。香りについても、ユズ湯やショウブ湯、ヒノキ風呂などの香りを健康増進に役立ててきましたし、『風邪を引いた時はネギを焼いて首に巻く』といった民間療法も植物療法の一つといえます。日本人にとって植物は生活に欠かせないものであるがゆえに、日本産の精油は心身になじみやすいと考えています。日常的にアロマセラピーとご縁がないご高齢の方々の健康増進に役立てるために、科学的な実証を伴った和のアロマの提案もしていきたいと思っています」