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亡き母の言葉から生まれた「川原ウォーキング」を日本中に広めていきます!

ニッポンを元気に!情熱人列伝

一般社団法人健康寿命世界一 川原 剛正さん

川原剛正さんが開発した「川原ウォーキング」は、二本のポールを使って歩く新しい運動法。高齢者を中心に実践した人から、「背すじがシュッと伸びた!」「ひざの痛みがらくになった」といった、多くの喜びの声が届いているそうです。大学の研究や医師の視点でも評価されている川原ウォーキングが生まれたきっかけには、亡くなったお母様の言葉がありました。

亡き母の言葉が川原ウォーキングを考案したきっかけです

[かわはら・たけまさ]——1965年、大阪府生まれ。小学生のときに首の骨を折り、5年間の闘病生活を送る。18歳からリハビリテーションの仕事に従事。40代のときに亡くした母親の言葉をきっかけに「川原ウォーキング」を開発し、全国で普及活動を展開。

WHO(世界保健機関)が発表した2021年の調査によると、日本人の平均寿命は84.3歳で、男女合わせた数字としては世界第1位となっています。一方、健康上のトラブルによって日常生活が制限されずに暮らせる期間の「健康寿命」は、74.8歳。平均寿命と比べて約10年の差があるのです。

高齢者が要介護の状態とならず、地域でいきいきと暮らすための活動を続けているのが、一般社団法人健康寿命世界一の川原(かわはら)剛正(たけまさ)さんです。川原さんが「健康寿命ウォーキング(川原ウォーキング)」と名づけた運動法を考案したきっかけは、亡くなったお母様の言葉だったそうです。

「私は小学校5年生のときに首の骨を折り、寝たきりの状態になりました。車イスでの生活を含めた闘病生活を5年間過ごすことになり、歩けないつらさや苦しさを経験しました。主治医の先生が両親に向かって『生きられても20歳まででしょう』と話す言葉を耳にしたこともあります。子どもの頃から『生きた証を残したい』という気持ちを強く持っていたと思います」

成人になった川原さんは、就職する際にお父様が携わっていたリハビリテーション(以下、リハビリと略す)に関わる仕事を選びました。生きた証を残すために仕事に邁進(まいしん)した川原さんは、高齢者だけでなく、日本代表に選ばれるような一流の体操選手のリハビリにも携わるようになったそうです。

川原さんが40代半ばのある日、「ひざが痛い」とお母様が訴えてきたそうです。しかし当時の川原さんは金銭を送り「病院の診察を受けるように」とすすめただけでした。お母様が食道がんで倒れたのは、その直後だったそうです。

「いま思えば、ひざが痛いという訴えはリハビリの専門家である私に会うための方便だったのでしょう。3度ほど母を見舞いましたが、その後は多忙のためにほとんど会いに行けませんでした。2010年、母が逝去しました。母を失ったとき、私は大きな後悔にさいなまれました。なぜ、母ともっと会って、話をしなかったのか……。後悔からノイローゼのようになっていた私が思い出したのは、母が私にいい聞かせていた次の言葉でした。『おまえはいままで好き勝手に生きてきた。でも、これからは人のためになることをしなさい』」

お母様からの言葉を思い出し、人のために何ができるかを真剣に考えたという川原さん。ふと周りを見ると、多くの高齢者がシルバーカーや(つえ)、歩行器を使いながら、腰を曲げてひざを引きずって歩いていることに気づいたそうです。お母様がいっていた「人のためになること」とは「高齢者がいつでも自分の足で歩けるような世の中にすること」だと思った川原さん。高齢者の負担が少なくなるよう、両手に長めの杖をついて歩くことで姿勢を矯正する「川原ウォーキング」を考案しました。川原さんが何よりも重視したのは、自分だけでなく、多くの人が指導者になれる運動法であること。川原ウォーキングを広く普及させるために、川原さん一人よりも多くの人が普及活動に参加できる運動にしたいと考えたのです。

手首にかかる負担を分散させるために独自の杖を開発

川原ウォーキングは週に数回開かれている定例会が基本の活動

川原ウォーキングの有効性を示す科学的根拠は、2015年以降に行われている近畿(きんき)大学や東京都立大学との共同研究で確認されています。川原ウォーキングの有効性を語るには、力学の基礎的な法則を理解する必要があると川原さんはいいます。

「力を一方に向けたとき、同じ程度の反発する力が逆方向に生じる法則があります。反発する力は、重力に対しても起こります。歩くときは、足から地面にかかる力だけでなく、地面から反発する力も体にかかっているのです。川原ウォーキングは、この反発する力を利用した新しい運動法です」

川原ウォーキングをする際は、二本の杖を用います。杖を垂直に地面についたとき、地面に反発した力は腕を伝って体に届きます。その力はさらに足に向かい、反発の力を強めます。足から戻った力は、関節や骨にかかる重力を相殺(そうさい)するのです。

「2011年から身近な人たちに川原ウォーキングの指導を始めたところ、徐々に反響が広がって参加者が増えていきました。参加してくださった人たちの声で特に多かったのが、尿もれの改善です。尿もれは、骨盤底筋群の筋力低下によって起こることが少なくありません。川原ウォーキングを行うことで骨盤底筋群の筋肉が強化された結果、尿もれの軽減につながったのだと思います」

参加者から姿勢の改善や関節痛の軽減などが報告されるようになった2014年、川原ウォーキングは一つの転機を迎えました。きっかけは、スタッフから上がった「手首が痛い」という声でした。

「最初は、手首の痛みは疲れによるものだと思っていました。でも、まったく同じ部位に痛みを覚えるスタッフが何人かいたことから、『この痛みには何か原因があるはずだ』と考えるようになりました」

圧迫骨折を患った88歳の女性でも背すじがピンと伸びた

研究を重ねた結果、痛みの原因は、手に持った際の杖の角度にありました。杖を地面と垂直についた際、グリップの部分が垂直だったり前に傾いていたりすると、小指側の手首に大きな負荷がかかるのです。小指側の手首には「(しゃっ)(こつ)(けい)(じょう)突起(とっき)」というとても小さな骨があり、負荷がかかりつづけることで痛みが起こるほか、ひどい場合は骨折してしまうことが判明しました。

「尺骨茎状突起は微小な骨のため、手術での治療が困難です。尺骨茎状突起が骨折すると、手首をねじる動きが困難になり、ぞうきん絞りや服の着脱すら難しくなります。私は、この問題を解決するため、『川原ポール』を作りました」

川原ポールを使うと尺骨茎状突起への負担が手首全体に分散される

川原ポールは、地面に垂直に立てたとき、グリップがやや後方に傾くように設計されています。これにより、手首全体へ負担が分散するようになっているのです。

「川原ポールを使って指導すると、運動機能の劇的な改善が続々と報告されるようになりました。88歳のある女性は、圧迫骨折で腰が丸まっている状態でした。『もう一度、背すじを伸ばして歩きたい』と願っていた彼女を、私自身が直接指導しました。すると、30分足らずで背すじを伸ばして歩けるようになったのです。彼女の劇的な改善ぶりを見て、私は大いに驚きました。この方は重症例ということもあって私が担当しましたが、スタッフの指導でも半年で同じ成果が現れると思います」

背骨が曲がった88歳の女性の例(左)。川原さんが30分間指導すると、背すじを伸ばして歩けるようになった(右)

川原ウォーキングの改善例は、圧迫骨折だけではないという川原さん。ひざの痛みやパーキンソン病のふるえなど、多くの人から症状が改善したという声が届いているそうです。

現在、全国45ヵ所で行われている定例会を中心としながら、川原ウォーキングを普及させる活動を行っている川原さん。現時点で2万人の会員数を、将来的には100万人まで増やしたいと意気込んでいます。川原さんの夢は、川原ウォーキングを、歯磨きのように〝あたりまえ〟にすることだそうです。

「私たちの活動に賛同してくださる医師の先生方が増えてきました。東京都(しん)宿(じゅく)区にある丹羽(にわ)クリニックの院長、丹羽正幸(にわまさゆき)先生がその一人です。丹羽先生は川原ウォーキングの有効性に興味を抱き、いまではいっしょに活動に取り組んでくださっています。丹羽先生とは、今後も試験を重ねて川原ウォーキングの科学的根拠を確かなものにしていく予定です」

お母様のひとことから始まった川原ウォーキングは、地道な活動が実を結び、いまや2万人の健康作りに役立っています。より多くの人の健康寿命を延ばすために、川原さんはこれからも一歩一歩進んでいくと話してくれました。