国立環境研究所気候変動適応センター客員研究員、筑波大学名誉教授 本田 靖
高齢者は暑さの感受性と発汗機能の低下から熱中症にかかりやすく臓器の機能にも影響
私は長年、筑波大学で環境疫学の研究に携わり、現在は国立環境研究所気候変動適応センターで気候変動と健康の関係について調査と研究を重ねています。そのほか、前身を含めると設立から94年の歴史を持つ日本健康学会の理事長を務めながら、学術機関をはじめ、一般の方への情報提供や啓発活動にも力を入れています。今回は、夏を控えたこの時期から意識しておきたい健康リスクについて、気候変動の側面から分かりやすく解説したいと思います。
ひと口に気候変動といっても、気温の上昇をはじめ、降水量の増加、地質・海洋の異変に伴う農業・漁業への影響、感染症の拡大など、もたらされる環境の変化は多岐にわたります。日本における気候変動には経済的な損失の側面があるものの、気象学の発展に伴って事前の対応が進むようになりました。そのような背景の中、対策が不十分といえるのが「熱関連」の気候変動によって起こる健康被害です。
昨今、日本の夏は「猛暑」「酷暑」と表現されるほど気温の上昇が見られます。夏の平均気温の推移を見ても酷暑ぶりは明らかです。気象庁の発表によると、日本の年平均気温は、長期的には百年あたり1.35℃の割合で上昇し、特に1990年代以後は高温の年が増えています。
温熱生理学の視点で解説すると、私たちの体は暑さによって熱を帯びると、血液を皮膚表面に近い血管に移動させて発汗を促します。発汗によって熱を放散させ、主要臓器の温度上昇を防ぐためです。
しかしながら、そのような反応が続くと脱水症状や筋硬直(こむら返り)などが起こります。さらに進んで暑さに伴う熱の曝露が放熱量を超えてしまうと、主要臓器の温度が上昇していきます。その結果、臓器の機能低下や機能不全が起こり、最終的には小さな血栓が全身に作られる「播種性血管内凝固」といった重篤な症状を引き起こします。この時点で死に至った場合は、熱中症による死亡と診断されます。
一方、もともと循環器や呼吸器に疾患がある人は、暑さによる熱の影響が軽微~中等症であっても血液の分布変化や発汗に伴う循環血液量の減少が起こり、循環器や呼吸器の状態を悪化させることがあります。この場合で死に至った場合は、もともとの疾患による死亡として診断されることも多いようです。いずれにしろ、高温多湿が特徴の日本の夏は、循環器や呼吸器の治療を受けている人はもちろんのこと、健康な人でも注意が必要な季節といえます。
気温の上昇に伴う健康被害を受けやすいのは、子どもと高齢者です。私たちの体は、皮膚にある「汗腺」から汗を出します。子どもは汗腺が未発達のため、発汗機能が大人と比べて弱く、熱がこもりやすいといえます。特に太陽熱に直接さらされる屋外においては、体温の調節が難しくなるため、体調の変化に注意が必要です。
通常、子どもが活動する際は、親や学校教職員の管理下にあります。そのため、子どもの場合は気温の上昇に伴う体調不良に気づきやすい環境といえます。また、子どもは細胞内の体液が多いことから、重症化することはまれです。
高齢者の場合は、気温の上昇に十分な注意が必要です。高齢者は加齢に伴って発汗機能が低下しているため、放熱する力が弱くなっています。また、暑さに対する感受性が低く、細胞内の体液も少ないことから、熱中症が重症化しやすいのです。
COPDの患者は水分補給と室温の適切な管理が不可欠で周囲の意識向上も大切
私たちの研究グループは、大阪府立大学元教授の階堂武郎先生を中心として、夏の暑さと呼吸器疾患との関係を調べるために研究を行いました。対象者は、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さん計27人です(内訳は男性25人、女性2人。年齢は57~88歳。試験期間中に3人離脱)。27人の対象者うち、10人が在宅酸素療法を受けていました。対象者には起床時・朝食後・昼食後・夕食後・就寝時をはじめ、入浴後や外出後などに携帯用のパルスオキシメーターを使って脈拍と血中酸素飽和度を測定してもらい、体調と呼吸困難の程度を専用の指標を用いて5段階で記録してもらいました。加えて、住居内の温度・湿度の変化を調べながら、呼吸機能との関連を確認しました。
最長19ヵ月間にわたった観察期間のうち、2012年7月と8月の平均気温は一時的に「高い」期間があったものの、過去30年間の平均気温と比べて「かなり高い」期間はありませんでした。また、27人の対象者は、研究に対して積極的な姿勢で協力していただいた背景から、一般の患者さんよりも温度調整に関する意識が高いことがうかがえました。それでも、研究の結果、対象者の60%以上が夜間から早朝の就寝中に「厳重警戒」レベルの高温に曝露し、16~21%程度が8日間にわたって「厳重警戒」レベルの高温に曝露していたことが分かったのです。
ドイツでも、高気温でCOPDの症状が悪化したという報告があります。欧州の12都市を対象にした別の研究では、呼吸器疾患がある75歳以上の患者は、高い気温と入院の関連性があると結論づけています。COPDの患者は、7月の梅雨明け前からの急激な気温上昇に備えて、適切な室温管理を意識する必要があるといえるでしょう。
私は、COPDの患者さんの熱中症対策として、①こまめな水分補給(水分制限を受けている場合を除く)、②居住空間の室温の目安を28℃とし、適切にエアコンと扇風機を使用することを推奨したいと思います。
これらの心がけは、患者さん本人だけでなく、ご家族や地域全体の問題としてとらえ、声がけをはじめとした積極的な意識向上が大切です。実際に、長崎県五島市において行った試験では、地域住民に水の摂取やエアコンの使用を促す予報を伝えただけのグループよりも、予報とあわせてペットボトル入りの水を配ったグループのほうが、水分補給やエアコン使用の回数が増えていました。夏における健康管理は、本人や家族のみならず、地域の問題としてとらえるべきでしょう。