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誤嚥性肺炎の入院ゼロと学会で発表!伝説の歯科衛生士が考案[セイダ式舌そうじ]

呼吸器科

歯科衛生士 精田 紀代美

高齢者の健康寿命を延ばすには口腔ケアの中でも「舌」の清潔さと筋力維持が重要と実感

[せいだ・きよみ]——1950年、富山県生まれ。富山県保健所に30年間勤務した後、独立。2004~2010年、富山県歯科衛生士会会長職を務める。2006年、厚生労働大臣表彰。2015年に誤嚥性肺炎をゼロに導いた独自の口腔ケアを学会で発表。"おんなきよまろ"のキャラクターで登場する「健口講演会」をはじめ、全国各地で口腔ケアの指導と後進の育成に尽力している。独自に開発したタンクリーナー「二刀流 舌筋トレーナー君」が大評判。

私は約30年間、富山県の保健所に勤務した後、50歳を迎えた時に独立し、以来約20年にわたって「セイダ式口腔(こうくう)ケア」と命名した口腔ケアの啓発活動を展開しています。中でも普及に力を入れているのが、高齢者の誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)を防ぐために考案した「舌そうじ」です。

私が誤嚥性肺炎を防ぐカギと考えた部位は、当時誰も注目していなかった〝舌〟でした。誤嚥性肺炎は口内の細菌が誤って気管に入り、気管支を経由して肺に侵入することで起こります。つまり、唾液や食べ物に細菌が付着していなければ、誤嚥をしても肺に細菌が侵入しません。そのため、口の中を清潔に保つことが何より大切なのですが、当時は歯を磨くばかりで、舌の掃除を指導する専門家はほとんどいなかったと思います。

歯周病を引き起こす細菌が増殖するのは、歯ではなく舌です。高齢者の中には歯が抜け落ちてしまった人も少なくありません。そんな方でも誤嚥性肺炎は起こります。この事実こそ、細菌が増殖しているのは歯以外の部位にあることを表しています。

また、年を取ると下半身の筋肉が落ちて動きが悪くなるように、加齢によって舌の筋力も落ちていきます。誤嚥性肺炎を防ぐには、舌の筋力維持も欠かせません。介護施設で誤嚥を起こさない入所者の中には、ほとんどの歯が抜けてしまっていても、舌を上手に上下・左右・回転させることで誤嚥をせずに食べ物を飲み込むことができる方がいます。さらに、舌を自然にお(わん)型に丸められる人は、舌の上から食べ物がこぼれ落ちにくく、誤嚥を防ぎやすくなるのです。

舌そうじの効果は実証されています。富山県上市町(かみいちまち)に住む30人の高齢者に舌そうじを週2回、実践していただきました。5年後に調査をしたところ、3人の方が亡くなられていたものの、そのうち2人はピンピンコロリの大往生で、1人はわずか3日間の入院でした。この話が町内で広がり、上市町は富山県内で健康寿命がいちばん長く、最も介護保険を使わない町として話題になりました。

さらに、富山県内にある10ヵ所の高齢者施設で舌そうじを中心としたセイダ式口腔ケアの指導を行った結果、約880人の入所者の中で誤嚥性肺炎を起こした入所者はゼロ。誤嚥性肺炎を防ぐ驚異的なメソッドとして北陸公衆衛生学会で発表を行い、大きな注目を集めました。しかも、セイダ式口腔ケアはインフルエンザの予防効果も高いことが分かったのです。

「セイダ式口腔ケア」は多くの施設で導入され、抜群の実績を残している

舌そうじによって舌の汚れ(舌苔(ぜったい))を除去すると、舌はきれいなピンク色になります。口臭が消え、舌の動きが活発になって味覚が鋭くなります。さらに、舌の表面をゆっくり強くタッピングする「舌の筋トレ」も加えると、舌の表面から透明な無臭の唾液がじわじわと出てくるのが分かります。

この唾液は、舌の舌下腺(ぜっかせん)にある「エブネル腺」という器官から出る唾液の一種です。唾液が分泌(ぶんぴつ)される唾液腺には舌下腺のほかに耳下(じか)腺と顎下(がっか)腺がありますが、舌下腺の唾液はIgA(免疫グロブリンA)に代表される抗菌物質が多く含まれています。

舌の筋トレによって舌下腺から分泌された唾液は脳血管に吸収され、全身の毛細血管へと流れて、再び唾液のもとになる原唾液が生成されます。誤嚥性肺炎の入院ゼロを達成できた背景には、有益な唾液成分がくまなく全身を循環することで、入所者の免疫力と抗菌力の向上があったと考えられます。

舌そうじをする際は、歯ブラシを使わないようにしてください。歯ブラシの多くはブラシ部分がナイロン製なので舌には刺激が強すぎます。ゴシゴシと舌をこすると味蕾(みらい)の細胞を傷つけてしまいます。舌そうじには市販されているシリコン製の「タンクリーナー」を使いましょう。

舌の左側(もしくは右側。イラストは左側)にタンクリーナーを押し当て、中央の時と同じように舌先までゆっくりとこする。1回終えたら口の中を水ですすぎ、計2回行う。反対側も同じように行う。

舌そうじの方法は簡単です。舌の中央→左側→右側の順にタンクリーナーを押し当てて、そのまま舌の先までゆっくりとこすります(イラスト参照)。タンクリーナーで舌の中央(奥)をこする時は、舌にグッと押し当てましょう。舌が反発して丸まることが分かると思います。この動きを繰り返すことで、舌の筋肉の強化につながります。

舌そうじの効果は、舌そうじの前後でお茶を飲み比べると、風味が異なって感じられることがお分かりになると思います。

先に挙げた上市町では、30人の高齢者に週2回、舌そうじを試していただいたことがあります。舌そうじを実践して1ヵ月後、90代の男性が「同じような味だと思っていたA社とB社の缶ビールの味の違いがはっきり分かるようになった」「露地栽培とハウス栽培の野菜の違いが分かる」と、味覚の変化に驚いていました。

舌そうじによって味覚を感じる味蕾が鋭敏になると、塩分や甘みといった味つけをしっかりと感じられるようになります。その結果、調理で使う食塩や砂糖の量が自然と減り、ストレスを感じることなく食塩や砂糖の量を減らすことができます。舌そうじは、塩分制限をしている慢性腎臓(まんせいじんぞう)(びょう)の患者さんや糖尿病を指摘されている方にも最適な口腔ケアといえるでしょう。