東京女子医科大学腎臓内科教授・講座主任 新田 孝作
高血圧を放置した結果、動脈硬化が進行して慢性腎臓病や心不全、脳梗塞などを招く
60歳以上の方が10人集まったら、半数の方は高血圧で「上がった」「下がった」と〝血圧談義〟が始まるのではないでしょうか。老化の重要な指標となる血圧は、さまざまな「コミュニケーション物質(ホルモンや情報伝達物質など)」を作る〝血液の番人〟である腎臓によって調節されています。
血圧は、心臓が動脈を通して全身に血液を送り出す圧力のことです。心臓が収縮して最も高くなった動脈内圧が収縮期血圧(最大血圧)、心臓が拡張して最も低くなった動脈内圧が拡張期血圧(最小血圧)です。
血圧の単位は、水銀柱㍉㍍(mmHg)という圧力の単位で表されます。例えば、血圧が130mmHgの場合、水銀柱式血圧計の水銀柱(細いガラス管に入っている水銀)を130㍉㍍押し上げる圧力があることを意味します。血圧の目標値は下の表をご覧ください。最大・最小でどちらか一方の血圧が日常的に目標値を上回っていると高血圧と診断されます。
高血圧になると血管に強い圧力がかかり、内側を覆う血管内皮細胞が障害されて動脈硬化(血管の老化)が進行します。「たかが高血圧ぐらい」と考えがちですが、高血圧によって動脈硬化が進行すると、慢性腎臓病や心不全・心筋梗塞などの心血管疾患、脳梗塞・脳出血などの脳血管疾患といった重篤な病気が引き起こされるのです。
血管の中でも、特に高血圧の影響を受けやすいのが毛細血管です。毛細血管の塊といえる腎臓の糸球体も例外ではありません。動脈硬化が進んで一部の糸球体の機能が低下すると、残りの糸球体に過剰な負担がかかるようになります。過剰な負担がかかった糸球体では障害が進み、さらに機能が低下するという悪循環に陥ってしまいます。
慢性腎臓病の悪化を招く高血圧に対して、降圧療法という治療法があります。降圧療法は、非薬物療法と薬物療法に大別されます。高血圧の発症には食生活や喫煙などの生活習慣が大きく関与するため、食事療法や運動療法などの非薬物療法に取り組み、目標値の達成が難しい場合には薬物療法が導入されます。薬物療法で処方される主な降圧薬は次のとおりです。
● アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)
血圧の調整には、腎臓が関与する「レニン・アンジオテンシン系」と自律神経が関与する「神経系」という二つのしくみが関係しています。最も大きな影響を与えるのがレニン・アンジオテンシン系のホルモンです。このホルモンの中でアンジオテンシンⅡは強力に血圧を上昇させる作用があり、ARBはアンジオテンシンⅡの受容体を遮断します。その結果、血圧を上昇させるアンジオテンシンⅡの働きを阻害して血圧を下げます。
アンジオテンシンⅡには、糸球体の出口にあたる血管(輸出細動脈)を収縮させて、糸球体内の圧力(糸球体内圧)を上昇させる働きがあります。そのため、糸球体の過剰なろ過を促進させて、体に必要なたんぱく質まで尿中に排出されてしまいます。
ARBはアンジオテンシンⅡの働きを阻害して糸球体の過剰ろ過を抑制するため、腎臓に対して保護的に働きます。体外に排出される老廃物が減ると、老廃物の1つであるクレアチンも体内にとどまって血清クレアチニン値が一時的に上昇します。しかし、血清クレアチニン値の上昇が30%未満であれば、ARBによる腎保護作用が有効であると考えられます。
ただし、血清クレアチニン値の上昇が30%以上の場合は、両側の腎動脈が狭窄している可能性があります。その際は、主治医に速やかに相談し、服用量の減量や服用の中止を検討しましょう。
● アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)
アンジオテンシン変換酵素(ACE)は、アンジオテンシンⅠをアンジオテンシンⅡに変換する酵素です。ACEIはアンジオテンシン変換酵素の活性を阻害することによって、アンジオテンシンⅡの産生を抑制して血圧を下げます。ACEIはARB同様に糸球体の過剰ろ過を抑制して腎保護作用をもたらすため、一過性の血清クレアチニン値の上昇が見られることがあります。
ACEIには心臓の保護作用も認められています。ACEIとARBとの違いは、「空咳」「咽頭の違和感」などの副作用があるかどうかです。ACEIを服用する患者さんの10%に副作用が認められるため、症状が出た場合には主治医と相談して降圧薬の変更などを検討してください。
● カルシウム拮抗薬(CCB)
カルシウム拮抗薬は、血管壁の細胞にあるカルシウムイオン・チャネル(細胞内・外の入れ替えをする経路)を遮断する薬です。カルシウムは血管の筋肉の収縮を抑える働きがあり、血管を弛緩させて血圧を下げます。CCBの副作用としては「動悸」や「ほてり」が見られることがあり、体に違和感を覚えた場合は主治医に相談してください。
降圧薬は朝と晩に服用することで血圧が安定し慢性腎臓病の悪化を抑制
降圧療法で服用する降圧薬は「朝と晩の2回に分けて飲む」ことをおすすめします。2回に分けて飲むことで、早朝や夜間の高血圧ばかりでなく、ふだん気づきにくい早朝高血圧も予防し、動脈硬化や慢性腎臓病の悪化を抑制することができます。
早朝高血圧は、就寝時に落ち着いていた血圧が起床直後に急激に上昇することをいいます。高血圧患者さんの2人に1人が早朝高血圧に当てはまるといわれ、昼間の血圧が正常なのにもかかわらず、朝方の血圧は高いというケースが多く見られます。降圧薬を朝に1回だけ飲んでいる人の場合、昼間に来院して血圧を測定する頃は正常血圧ですが、薬の効力が失われる夜から朝にかけて血圧が上がるのです。
起床時に血圧が上がるのは、心臓の動きを活発にする自律神経の1つである交感神経が働きはじめるからです。若い人には必要な血圧の上昇ですが、高齢者や高血圧、慢性腎臓病の患者さんの場合は話が異なります。血液がドロドロに濃縮されている状態で血圧が急激に上がると、血管に過剰な負担がかかって、破れたり詰まったりしてしまいます。早朝高血圧は、早朝に起こりやすい脳卒中や心筋梗塞などの原因となっています。血管の過剰な負担は〝血液の番人〟である腎臓にも障害をもたらして腎機能を低下させてしまうため、早朝高血圧には特に注意が必要なのです。