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腎臓病患者は動脈硬化が深刻で心血管病の発症リスクが3倍と大学の研究で判明

糖尿病・腎臓内科

九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野教授 二宮 利治

データの精度が高い「久山町研究」は町政・住民の理解を得て実現し60年以上継続

[にのみや・としはる]——1993年、九州大学医学部卒業。医学博士。2003年、久山町研究に学術研究員として入研。2006年にシドニー大学ジョージ国際保健研究所に留学。九州大学病院助教、シドニー大学ジョージ国際保健研究所上席研究員、九州大学大学院医学研究院附属総合コホートセンター教授を経て、2016年より現職。

慢性腎臓病(まんせいじんぞうびょう)(CKD)は、腎不全だけではなく、さまざまな合併症を引き起こすことが知られています。主に欧米を中心とした疫学(えきがく)調査では、脳卒中や心筋梗塞(しんきんこうそく)、狭心症などの心血管病の危険因子であることが報告されていました。日本では、私たちが行っている〝久山町(ひさやままち)研究〟で、慢性腎臓病が心血管病の発症リスクを有意に増大させることを初めて報告しています。

私たちは、1961年から、久山町(福岡県糟屋(かすや)郡)に住む方々に協力してもらい、心血管病の疫学調査を行っています。久山町は、福岡市の北東に隣接した、人口約9000人の町です。

久山町で研究が行われることになったきっかけは、1960年に行われた世界神経学会でした。米国の研究で脳卒中による死亡率の国際比較が発表されたのですが、日本人の脳卒中による死亡率が世界で最も高く、中でも脳出血による死亡率が脳梗塞の12.4倍になっていたのです。欧米の研究者から「統計の取り方や診断方法に問題があるかもしれない」という指摘が出たものの、検証するための科学的なデータがありませんでした。そこで、日本人の脳卒中の実態を解明するために始まったのが久山町研究なのです。

疫学調査を始めるに当たって検討されたのが「どの地域で行うか」です。当然ながら日本人全員を調査することは不可能です。そこで、年齢構成や職業分布などが日本全体の平均値となる地域で研究が行われる方針になり、受け入れてくれたのが久山町でした。

久山町で特筆すべき点は、地域住民の健康を思う町政の姿勢です。現在では、健康と社会環境の関係性が重視されるようになってきましたが、久山町では60年以上前から注目されていたのです。久山町の町政に携わっていた人々は「久山町の方々の健康維持の助けになるなら」と研究に協力してくれました。久山町の職員と私たち研究者は、住民の皆さんに説明を重ねました。そして、住民の皆さんの理解を得ることができ、長きにわたる研究が実現したのです。

久山町研究は、私たちから見れば「研究」ですが、町から見れば「地域に住む人々の健診(健康診断・健康診査)事業」です。大切なのは、研究の成果を住民の方々の健康管理のために還元することです。これにはもちろん、地元の開業医の方々の協力も不可欠です。

久山町研究を中心として大学と町と地元の開業医が協力し、健診・医療相談・追跡調査・剖検(ぼうけん)(病死した患者の遺体を解剖して調べること)を行い、住民の方の包括的な健康管理を行う体制は「ひさやま方式」と呼ばれています。

国内外から注目を集めている久山町研究を支えているのは、何よりも地元の方々の協力です。2021年の厚生労働省の発表によると、健診や人間ドックを受けた人は約60%で、2020年までの10年では最も高い数値だといわれています。それに対し、久山町の受診率はなんと80%以上という高い水準を保っています。さらに、参加してくださった方々の90%以上のデータを継続して追うことができています。

久山町研究の中でも最大の特徴といえるのが、剖検率の高さです。正確な死因を知るという点において、剖検以上の診断方法はありません。もちろん、剖検は、ご遺族の承諾をいただかなければ行うことができません。

2013年に刊行された『日本内科学会雑誌』の報告によると、剖検率は500床以上の病院でわずか9.2%です。それに対し、久山町研究の剖検率は80%以上に上ります。一つの町が剖検を60年以上継続している事例は世界でも希少です。研究者の努力はもちろんですが、受け入れてくださった久山町の方々の理解があってこその数字といえるでしょう。

住民の方々の協力があるおかげで、久山町研究のデータはとても精度の高いものになっています。研究のきっかけになった脳出血と脳梗塞の調査では、当時の脳出血による死亡率は脳梗塞のわずか1.1倍で、死亡診断書に記載する病型診断の誤りが数多く含まれていたことが判明しました。

久山町研究が60年以上続くようになり、脳卒中や心筋梗塞、狭心症だけではなく、認知症や高血圧症、糖尿病などのさまざまな分野で研究が行われるようになりました。研究は、私の専門である腎臓の分野でも行われています。

腎機能の数値が低い人は動脈硬化が進行している場合が多く心血管病の危険大

慢性腎臓病が心血管病に関係していることは、近年の研究からも明らかになっています。久山町で行われた調査の結果をご紹介しましょう。

福岡県久山町で行われた健康調査の結果。腎機能値が低い人は健康な人より約3倍も心血管疾患になりやすいことが示された

40歳以上の2634人(脳卒中または心筋梗塞の既往歴がある者と腎不全患者を除く)を12年間追跡しました。その結果、腎機能を調べる指標の一つである推算糸球体(しきゅうたい)ろ過量(eGFR値)が低下した慢性腎臓病患者は、心血管病の発症リスクが約3倍に増大することが明らかになったのです。

さらに、久山町住民の連続剖検例のうち、死亡から3年以内に健診を受けていた482例から無作為に選ばれた126症例を調べたところ、推算糸球体ろ過量が低下している人ほど動脈硬化が進行していることが判明。推算糸球体ろ過量が低下している人は、正常な人に比べて、冠動脈(心臓に血液を供給する血管)の動脈硬化が進行していることも分かったのです。

推算糸球体ろ過量の低下は心血管病の危険因子であることが判明しました。腎機能の維持が、脳卒中や心筋梗塞、狭心症の予防につながるのです。

私が久山町研究の主任となったのは2016年のことです。今でも、60年以上続く研究を引き継いだ責任を重く感じています。久山町研究は、久山町の住民の皆さんや地元の開業医の先生方との信頼関係の上に成り立っています。この信頼関係を大切にしながら、次世代まで維持できるようにすることこそ、私の最大の使命です。久山町の方々の協力があって得られた貴重な研究データを、生活習慣病の予防・改善に生かしていただければと望んでいます。