複十字病院呼吸ケアリハビリセンター長 千住 秀明
呼吸リハビリは呼吸機能の維持・回復を促す治療法で患者さんの生活の質を高める
呼吸リハビリテーション(以下、呼吸リハビリと略す)は、呼吸器の機能が低下した患者さんの機能を維持・回復させる治療法です。セキやタン、息苦しさなどの症状を改善し、患者さん自身が自立した日常や社会生活を送れるように継続的に支援することを目的としています。呼吸リハビリは、呼吸器疾患の患者さんが自分自身の病気をよく理解し、病気と共存して生きる方法を身につける手段でもあります。
私が勤務している東京都清瀬市にある複十字病院は、日本で最も早く呼吸リハビリに取り組んだ医療機関の1つです。私はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)をはじめ、間質性肺炎や気管支拡張症(肺MAC症を含む)、肺結核といった呼吸器疾患のほか、肺がん、胸部外科、消化器外科、乳がんなどの患者さんの術前・術後に呼吸リハビリを行っています。
呼吸器疾患の中でも、COPD患者さんには呼吸リハビリが特に有効です。COPDは、かつて肺気腫や慢性気管支炎と呼ばれていた疾患で、喫煙などによって有害物質を長期間にわたって吸入することで起こります。
COPDの原因は、基本的に喫煙です。昔はかまどのたきぎの煙を吸うことでも起こっていたのですが、いまは患者さんの9割以上が喫煙を原因としています。実際、タバコの販売数と30年後にCOPDで亡くなった人の数には相関関係があります。
2001年に行われた疫学調査では、COPDの患者数は約530万人に上ると推計されています。日本では喫煙者の減少に伴ってCOPD患者さんも減少していますが、それでも現在450万人ほどが罹患していると考えられます。ところが、2014年に発表された厚生労働省の調査では、病院を受診したCOPD患者さんは約26万人しかいませんでした。この結果から、いまも400万人以上の患者さんが、COPDの治療を受けずに過ごしていると考えられるのです。
COPD患者さんの受診率が低い理由の1つに、病名の知名度の低さが挙げられます。COPDと病名が統一された2001年から約20年がたったいまも、認知度は30%しかないといわれています。私が東京に来た5年前、COPDという病名はいまよりも知られていませんでした。病気を知らなければ、治療を受けようという発想すら出てきません。
肺は予備能力が高く自覚症状もないためCOPDが発症しても病気と認識できない
COPDの認知度が低い理由として、発症しても自覚症状がなかなか現れない「肺の予備能力の高さ」が挙げられます。肺は「肺葉」という組織で構成され、右肺は上葉・中葉・下葉の3つ、左肺は上葉・下葉の2つに分けられます。5つある肺葉のうち2つ以上機能すれば、呼吸機能が維持できるといわれています。
肺は多少損傷を受けても自覚症状が現れないため、タバコを20~30年も吸いつづけてしまいます。COPDの自覚症状がようやく現れるのは70代からが多く、その時点で肺の機能が2割以上低下しています。セキ・タンや息切れが慢性的に起こるようになり、進行すると呼吸困難に苦しむようになります。ところが、患者さんの多くは息苦しさは「年のせい」と考えてしまうため、病気であることを自覚できないのです。
一度失われた肺の機能は、治療を受けても元に戻ることはありません。早期の発見・治療が大切な理由はここにあります。COPDの治療は、基本的に症状の緩和と進行の抑制を目的に行われます。
COPDの治療の中でも大切なのが、呼吸リハビリです。ところが、呼吸リハビリの認知度は8~9%ととても低いのが現状です。残念ながら知名度の低い呼吸リハビリですが、取り組むかどうかで、患者さんの生活の質(QOL)に著しい違いが出てきます。
私は40年以上にわたって呼吸リハビリの指導に携わっています。呼吸リハビリを行えばらくに生活できるのに、つらい状況のまま毎日を過ごされている患者さんが多いことを悔しく思っています。
リハビリという言葉を聞くと、脳卒中や骨折の回復期に行われるマッサージやトレーニングを思い浮かべる人が多いでしょう。皆さんは、リハビリに対して「忍耐・努力・我慢が必要」「とてもつらい治療」といった先入観を抱いていないでしょうか。確かに、リハビリの中にはつらく、きついものもありますが、呼吸リハビリは「らくに呼吸する」方法を習得するための治療なのです。
そもそもリハビリテーションとは、訓練のみを指すものではなく、1人の人間として自立した生活を送れるようになることを目的としています。失ってしまったものに目を向けるのではなく、残された機能をどのように活用して生活の質を高めていくかが重要になるのです。
ひと口に呼吸リハビリといっても、呼吸訓練のほか、排痰訓練、運動療法、栄養療法など多岐にわたります。今回の記事では3つに絞って解説します。
まずは、呼吸法の基本について解説しましょう。COPD患者さんは、首や肩の筋肉を使った「胸式呼吸」を行っている方がほとんどです。「呼吸が浅く・速い」という特徴がある胸式呼吸は疲れやすい呼吸法で、酸素を取り込む効率が悪くなり、息切れが生じやすくなります。息切れが起こると、さらに浅く速い呼吸になるため、より息切れが激しくなる悪循環が生じるのです。
口すぼめ呼吸は呼吸リハビリの基本で腹式呼吸と併せると生活の質が劇的に向上
胸式呼吸に頼らないように、私はCOPD患者さんに「口すぼめ呼吸」と「腹式呼吸」を指導しています。特に、口すぼめ呼吸は呼吸リハビリの基本といえる呼吸法です。COPDになると、息を吐き出すことが困難になります。口すぼめ呼吸はほかの呼吸法と異なり、息を吐き出す行為を意識して行う呼吸法です。
口すぼめ呼吸は、鼻から息を吸って、すぼめた口から吐き出す呼吸方法です。まずは、図のように口をすぼめた状態にしてください。吸気1に対して呼気は2倍になるように意識しましょう。口すぼめ呼吸は、狭くなった気管支を拡張させる働きがあるため、気管支拡張剤との相乗効果が期待できます。
腹式呼吸は、胸部と腹部の間にある横隔膜という筋肉を意識して動かす呼吸法です。横隔膜を動かす際に肺も同時に動かすことができるため、肺の動きが鈍くなっているCOPDの患者さんには有効です。
腹式呼吸は、横隔膜の動きを感じやすくするために、ひざを立てたあおむけの姿勢から習得することをおすすめします。まずは手を胸とおなかの上に置き、口すぼめ呼吸を行います。鼻から息を吸った際におなかが膨らんでいることが分かると思います。おなかにかかった力を抜きながら、口すぼめ呼吸で息を吐きましょう。
口すぼめ呼吸と腹式呼吸を始めてからしばらくは難しく感じるかもしれませんが、確実に息切れの改善につながる呼吸法です。あおむけで呼吸ができるようになったら、座位や立位でもできるようになりましょう。日常生活でこの2つの呼吸法ができるようになれば、劇的な生活の質の改善が実感できるはずです。日常生活の動作は、すべて呼気で始めるように心がけてください。息を吸うときではなく、吐き出すときに動くことがポイントです。
次に、運動療法について解説しましょう。COPD患者さんは、呼吸法を習得することに加えて、筋肉をつけることも大切です。動作に必要な酸素の量は筋力があるほど少なくて済みます。苦しいからといって動かなくなると、筋力が衰えて簡単な動作でも息切れを起こしやすくなります。体に筋肉がつけば必要な酸素の量が少なくて済むので、呼吸がらくになるのです。
先に述べた口すぼめ呼吸と腹式呼吸を習得するうちに、日常生活での動作がらくになってくるはずです。医師と相談しながら、息苦しさを伴わず体力的に少しきつい程度の運動を行ってみましょう。
運動療法といってもスポーツ選手になるための運動をするわけではありません。自分の呼吸機能に合わせた運動で、日常生活に支障をきたさない程度の筋力をつけられたらいいのです。近所に買い物に行くための脚力や、洗濯物を干すための腕力をつけるだけでいいと考えて、気楽に取り組んでみてください。
最後に、COPD患者さんが苦しんでいるタンの吐き方もお教えしましょう。タンは、気道の粘膜で作られる分泌物です。外界に接している気道や肺は、空気中のホコリや細菌にさらされる危険性があります。特に危険なのは肺の末端にある肺胞で、湿度100%の無菌状態にあるうえに、肺胞の壁はシャボン玉ほどの薄さしかありません。
肺を守るため、気道では分泌液が出てホコリや細菌をくっつけています。気道にある繊毛が、ホコリや細菌がくっついた分泌物を押し上げ、タンとして排泄しているのです。
健康な人であれば、自然とタンが押し上げられますが、COPD患者さんはそうはいきません。喫煙や繰り返される感染・炎症によって、気道にある繊毛が損傷・欠損しているからです。COPD患者さんはホコリや細菌が容易に気道に入ってしまうため、タンが大量に生み出されます。しかも、繊毛が少ないためにタンを口のほうへ押し出す力が弱くなり、気道にたまってしまうのです。
気道にタンがたまると、無理に出そうとして激しいセキが起こるほか、気道が塞がって呼吸がしづらくなります。さらに、肺機能が低下しているCOPD患者さんは、ホコリや細菌の塊ともいえるタンが残ると、肺炎を起こしやすくなるのです。
COPD患者さんは、重力を利用してタンを出す方法を習得するといいでしょう。気道は、胸の中心から斜め下の方向に左右で分かれています。左右を下にして寝転び、重力を使ってタンを体の中心に集めてまとめて吐き出す方法です
呼吸リハビリを継続すると呼吸がらくになり自立できて健康寿命も延びる
私たちは今回紹介した内容のほかにも、呼吸リハビリの1つとして吸入薬の正しい使い方や、栄養療法の指導も行っています。呼吸リハビリを継続することで息切れが減って呼吸がらくになり、活動量が増える好循環が生まれて健康寿命が延びる可能性も出てくるのです。
残念ながら、現在も呼吸リハビリの存在を知らず、生活の質の低下に苦しんでいる患者さんが多いのが実状です。主治医から呼吸リハビリの提案がない場合は、自分から「呼吸リハビリを受けたい」という意思表示をしましょう。呼吸リハビリに詳しくない医師でも、私たちのように指導している施設を紹介してくれるはずです。
私たちの施設では、週に2~3回、1時間かけて呼吸リハビリを指導しています。呼吸法や運動療法、栄養療法などを習得した患者さんの中には、通院回数が減って1人で生活できるようになった方も少なくありません。
COPDはつらい疾患ですが、手と足を自由に動かすことができます。呼吸リハビリに取り組んで呼吸をらくにさえすれば、最後まで自分の足で歩くことができるのです。まずは、この記事で紹介した呼吸法を試してみてください。呼吸リハビリが、らくになるための治療法であることを理解していただけると思います。ぜひ、あなたの主治医に呼吸リハビリを提案して、指導を受けられる施設に足を運びましょう。生活の質が劇的に向上することを、ご自身で実感してください。