複十字病院呼吸ケア・リハビリテーション付部長 千住 秀明
COPDの治療は症状の緩和と進行の抑制が目的で呼吸リハビリが効果的
私は40年以上にわたって呼吸リハビリテーション(以下、呼吸リハビリと略す)の指導に携わっています。リハビリというと、脳卒中や骨折の回復期に行われる忍耐・努力が必要なトレーニングを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、呼吸リハビリは皆さんのイメージしているものとは異なり、「らくな呼吸のしかたを習得するための方法」なのです。
当サイトの記事『COPDの呼吸がらくになる[呼吸リハビリ]』でご紹介した呼吸リハビリは、全国の呼吸器疾患に苦しむ患者さんから大きな反響をいただきました。今回は、前回ご紹介した内容に新しいリハビリを加えた形で、呼吸がらくになる方法をアドバイスしたいと思います。
呼吸器疾患の中でも、COPD患者さんには呼吸リハビリが特に有効です。COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、かつて肺気腫や慢性気管支炎と呼ばれた疾患で、2001年に行われた疫学調査によると、COPD患者数は約530万人に上ると推計されています。
肺は予備能力が高い臓器で、多少損傷を受けても自覚症状が現れません。肺の機能が70%以下に低下した頃になってようやくセキ・タンや息切れが慢性的に起こるようになります。さらに症状が進行すると、呼吸困難に苦しむようになるのです。
一度失われた肺の機能は、治療を受けても元に戻ることはありません。COPDをはじめとする呼吸器の疾患において、早期の発見・治療が大切な理由はここにあります。COPDを発症させる最大の原因はタバコで、患者さんの9割以上が喫煙を原因としています。自覚症状がないからといって、20~30年も喫煙を続けるのは避けなければなりません。
COPDの治療は基本的に症状の緩和と進行の抑制を目的に行われます。中でも呼吸リハビリは、QOL(生活の質)の改善に効果的な治療法です。そもそもリハビリテーションとは、訓練のみを指すものではなく、1人の人間として自立した生活を送れるようになることを目的としています。「失ってしまったものに目を向けるのではなく、残された機能をどのように活用して生活の質を高めていくか」が重要になるのです。
ひと口に呼吸リハビリといっても、呼吸訓練のほか、排痰法の習得、運動療法、栄養療法など多岐にわたります。呼吸訓練は、呼吸リハビリの基本です。積み重ねることで体感を得やすく、正しい呼吸法を身につければQOLが著しく改善します。COPDの患者さんは、特に息を吐く訓練をする必要があります。
COPD患者さんに息を吐く訓練が必要な理由は、気管支や肺などに炎症を起こしているからです。気管支に炎症が起こると、気管支の壁が厚くなり、空気が通りづらくなって呼吸が困難になります。さらに、酸素と二酸化炭素の交換をしている肺胞で炎症が起こると、肺胞の壁が破壊されて古くなったゴム風船のように弾力がなくなります。すると、空気を吐き出す力が弱くなり、呼吸困難や息切れが生じるのです。
吐き出す力が弱いCOPD患者さんは、吸う力も弱くなります。すると、より酸素を取り入れようとして、呼吸が速くなってしまいます。COPD患者さんの多くは呼吸が浅くて速い「胸式呼吸」をしてしまうのです。
胸式呼吸は首や肩の筋肉を使うため疲れやすく、酸素を取り込む効率が悪くなって息切れが生じるようになります。息切れが起こると、さらに浅く速い呼吸になるため、息切れがより激しくなるという悪循環に陥るのです。
私はCOPD患者さんが胸式呼吸に頼らないように、「口すぼめ呼吸」と「腹式呼吸」を指導しています。特に、口すぼめ呼吸は診断を受けてから早い段階で習得することをおすすめします。口すぼめ呼吸は、呼吸リハビリの中でもらくに息を吐くことを目的とした呼吸法です。
口すぼめ呼吸をするときは、鼻から息を吸って、すぼめた口から吐き出すようにします。まずは、右下の写真のように口をすぼめた状態にしてください。吸気1に対して呼気は2になるように意識しましょう。息を吐き出す際、口の中の圧力が強くなっていることが分かると思います。口の中の圧力を意識して呼吸をコントロールしましょう。
口すぼめ呼吸を行うと肺や気管支の中でも口の中と同じように圧力がかかっている状態になるため、狭くなった気管支を拡張させる働きがあります。気管支拡張剤との相乗効果で、呼吸機能がさらに改善することが期待できます。
横隔膜を動かす腹式呼吸の習得も大切で息切れが改善して生活の質が向上
口すぼめ呼吸といっしょに習得していただきたいのが、腹式呼吸です。腹式呼吸は、横隔膜という筋肉を意識して動かす呼吸法です。COPDで息を吐き出せなくなると、吐き出せない空気で肺はどんどん膨らんでいき、膨張しきった肺には呼吸をしても空気が入りにくくなります。空気が入りすぎてパンパンに膨らんだ風船をイメージするといいでしょう。
狭い胸郭の中で膨らんだ肺は、気管支や心臓まで圧迫します。また、横隔膜も下に押し下げてしまい、肺の動きを抑制してしまうので呼吸困難はさらに悪化します。この悪循環を予防するために、気管支拡張剤の処方と口すぼめ呼吸の習得が役に立つのです。正しく気管支拡張剤を吸入して口すぼめ呼吸で気道を広げることが、横隔膜を動かす腹式呼吸の効果を高める重要なポイントになります。
腹式呼吸を行うと、肺の下部の胸部と腹部の間にある横隔膜が上下に動きます。横隔膜という筋肉を使って肺を動かすことで、呼吸がらくになるのです。
腹式呼吸を習得する方法をご紹介しましょう。腹式呼吸をする際は、先に習得した口すぼめ呼吸を行ってください。横隔膜の動きを感じやすい、ひざを立てたあおむけの状態から始めるといいでしょう。手を胸とおなかの上に置くと、腹式呼吸ができているかどうかが分かります。腹式呼吸ができていれば、息を吸った際に胸は動かずにおなかが膨らみます。息を吐くときは、おなかにかかった力が抜けることを意識しましょう。深呼吸はせず、あくまでも普通の呼吸でおなかが動くようにしましょう。
口すぼめ呼吸と腹式呼吸は、習得するまでは難しく感じるかもしれませんが、確実に息切れの改善につながる呼吸法です。あおむけでできるようになったら、座位や立位でも実践してみましょう。
日常生活でこの2つの呼吸法ができるようになれば、息切れが改善してQOLの向上を実感できるはずです。COPD患者さんがQOLを高めるためには、すべての呼吸に口すぼめ呼吸と腹式呼吸を合わせて行うことが目標です。さらに、大切なのは呼吸を止めないことです。重たいものを持つときなど、力を入れる際には息を止めることが多いと思います。健康な人であればその後に呼吸を整えられますが、COPD患者さんは息切れを起こしてしまいます。
COPD患者さんは、すべての動作を呼吸と合わせて行うように意識してください。「動作に呼吸を合わせるのではなく、呼吸に動作を合わせる」ように考えるといいでしょう。例として、歩くときの理想的な呼吸を紹介しましょう。口すぼめ呼吸と腹式呼吸を意識して、歩き出す前に息を吸います。最初は息を吐きながら3歩進み、息を吸いながら2歩、再び息を吐きながら3歩進んでみましょう。慣れたら、息を吐くときの歩数を4歩、5歩と伸ばしてください。
歩行訓練の目的は、速く歩くことではなく、長く歩けるようにすることです。「呼吸に動作を合わせる」ことを意識しながら、ゆっくりとした呼吸にリズムを合わせて歩いてみましょう。
歩行以外の動作では、動作の前に息を吸い、吐き出すときに動くことがポイントです。まずは息苦しくなりやすい動作の前後に呼吸を整える癖をつけましょう。一度にいくつもの動作を続けるのではなく、こまめに休憩を挟むようにしてください。
例えば、服を着る細かい動作などは一気にやりたくなるものですが、慣れないうちは動作を細切れにして行うようにしてください。息を吐きながら準備をして、息を吸った後に吐きながら袖を通すようにしましょう。ズボンをはくなどの立って行う動作は、よりいっそう細かくしてみましょう。
多くの方が息を止めてしまう排便時も、口すぼめ呼吸と腹式呼吸を使って、息を吐きながら排便しましょう。日頃から水分摂取や食事内容を工夫して、力まずに排便できるようにしておくことも大切です。
口すぼめ呼吸と腹式呼吸を習得して筋力を高めれば日常の生活がらくになる
口すぼめ呼吸と腹式呼吸を習得に励むうちに、日常生活での動作がらくになってくるはずです。動作がらくになったら、可能な範囲で運動も始めてみましょう。
動く際に必要な酸素の量は、筋力があるほど少なくて済みます。苦しいからといって動かなくなると、筋力が衰えて簡単な動作でも息切れを起こしやすくなります。筋肉がつけば必要な酸素の量が少なくて済むので、呼吸がらくになるのです。医師と相談しながら、息苦しさを伴わない、体力的に少しきつい程度の運動を行ってみましょう。
ご紹介した内容に少しでも興味を持ったら、呼吸リハビリを受けられる施設に足を運んでみてください。主治医に「呼吸リハビリを受けたい」と伝えて、指導を受けられる施設を紹介してもらいましょう。
COPDはつらい疾患ですが、呼吸法を身につけることで手足を自由に動かすことができます。呼吸リハビリに取り組んでらくに呼吸ができれば、最後まで自分の足で歩き、生活することができるのです。まずは紹介した呼吸法を試してみて、呼吸がらくになることをご自身で実感してみてください。