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歯周病はCOPDの悪化原因で重度まで進行すると発症の危険度が3.5倍に上昇

呼吸器科

九州大学大学院歯学研究院口腔予防医学分野教授 山下 喜久

口腔内に炎症を起こす歯周病、特に歯周炎は全身の不調を招きやすく糖尿病患者は要注意

[やました・よしひさ]——九州歯科大学歯学部歯学科卒業後、同大学大学院歯学研究科修了。歯学博士。同大学口腔衛生学講座助手・講師、九州大学歯学部予防歯科学講座助教授、日本大学歯学部衛生学講座教授を経て、2003年から現職。日本口腔衛生学会理事長も務める。

歯科領域が専門の私は長年、口腔(こうくう)環境と健康の関連性について研究を続けています。今回の記事では、歯周病とCOPD(シーオーピーデイー)慢性閉塞性肺疾患(まんせいへいそくせいはいしっかん))の関係について、九州大学で行われた研究結果を中心に解説しましょう。

歯科領域における二大疾患として挙げられるのが、「()(しゅう)(びょう)」と「()(しょく)(むし歯)」です。しかしながら、認知度と予防意識では二つの疾患に大きな差があることは否めません。

歯周病は、歯と歯茎(はぐき)(歯肉)の間でプラーク(歯垢(しこう))が原因で増殖した細菌の感染によって引き起こされる炎症性疾患の一つです。歯周病の原因は単一の細菌ではなく、さまざまな細菌によって歯周組織に炎症が引き起こされます。歯周病の初期には、歯茎(歯肉)の()れや出血が見られる歯肉炎が生じ、進行すると、歯茎や歯槽骨(しそうこつ)が喪失する歯周炎を発症します。

長年の研究によって、歯周病の特に歯周炎が全身の健康にも影響を及ぼすことが明らかになっています。歯周病を発症した人は、口の中が常に炎症を起こしている状態です。組織の炎症に伴って生じた毒性物質が歯肉の血管から全身に入ると、さまざまな病気の発症や悪化につながります。一例を挙げると、歯周炎は糖尿病を悪化させる一方で、糖尿病が歯周炎を悪化させます。糖尿病の患者さんは歯周炎を発症していることが多いことから、歯周炎は糖尿病の6番目の合併症とも考えられています。そのほか、歯周炎は心疾患や脳血管疾患、肥満などと密接に関わっていることが明らかになっています。厚生労働省の発表によると、歯周炎は中高年以降に多く見られ、75歳以上の高齢者で増加傾向にあるとされています。

COPDの発症と悪化は歯周病や舌の細菌叢の状態と関係することが「久山町研究」で判明

私が所属する九州大学大学院には、「衛生・公衆衛生学分野久山(ひさやま)(まち)研究室」という研究部門があります。九州大学は福岡県久山町に住む住民の皆さんのご協力をいただきながら、脳卒中・虚血性心疾患・悪性腫瘍(しゅよう)・認知症といった生活習慣病の疫学(えきがく)調査を行っています。「久山町研究」と呼ばれる調査は60年以上にわたって続き、精度の高い調査として世界中の研究者から評価されています。

久山町研究では、2019年に歯周病とCOPD発症の関係について、竹内研時(たけうちけんじ)先生(現在は東北大学大学院歯学研究科准教授)が医科の先生方の協力を得て研究を行い、その結果を発表しています。

歯周病が進行して重度になるほどCOPDを発症する危険度が高まることが分かった。
出典:「久山町研究」のデータより作成

調査は2019年に実施し、久山町に住む60歳以上の900人を対象に追跡データを分析しました。その結果、喫煙歴の有無を考慮しても、歯周炎が重度の人は、歯肉が健康な人もしくは歯周炎が軽度の人と比べて5年以内にCOPDを発症する割合が3.5倍も高いことが分かりました。さらに、COPD患者の約4人に1人は、中等度以上の歯周炎が原因でCOPDを発症している可能性も示唆されたのです。

COPDとの関連が明らかになったのは、重症化した歯周炎です。すなわち、歯周炎を防ぐことはもちろん、歯肉炎や歯周炎を初期や中期の段階で進行を防ぐことができれば、COPDが発症する危険度を下げられることを示しています。

続いて2021年には、同じ久山町研究の一環として、九州大学大学院歯学研究院の竹下(たけした)(とおる)准教授を中心とした研究で、舌の表面に存在する細菌量と気流制限(息の吐き出しにくさ)に関係があることも分かりました。

舌の表面には、多くの常在細菌が()みついています。舌からはがれ落ちた細菌は飲み込まれて胃に送られ、強い酸性の胃酸によって多くが死滅します。一方で、飲み込む際にごく微量ながらも食道だけでなく気道にも細菌が流入していることが明らかになっています。

この調査は、久山町に住む70~80歳の計484人を対象に行いました。対象者の舌苔(ぜったい)細菌(そう)の状態と、COPDの特徴である気流制限の有無との関連を検討しました。その結果、舌表面に細菌量が多い群(対象者の細菌量上位50%)は、細菌の量が少ない群(対象者の細菌量下位50%)と比べて気流制限がある頻度の高いことが明らかになったのです。

最近では、健康と腸内環境の関係を調べる際に「腸内細菌叢」という概念で、腸内細菌の全体のバランスが考慮されるようになりました。健康を維持するには腸内細菌叢はもちろんのこと、久山町研究によって明らかになった「舌の細菌叢」の状態にも注目する必要があるかもしれません。今後の研究では、舌の細菌量だけでなく細菌叢がCOPDをはじめとする呼吸器疾患に与える影響を明らかにできればと考えています。

一般的に、COPDと診断された患者さんには禁煙が指導されます。タバコには有害物質が含まれているため、長期間の喫煙習慣によって気管支や肺に炎症を招きます。また、タバコの有害物質は口腔微生物の病原性を強めるだけでなく、口腔内における抵抗力を弱めて歯周病のリスクを高めます。先に挙げた研究結果を踏まえれば、喫煙は舌の細菌叢の状態を悪化させて、気流制限を進行させるおそれもあると考えられます。

口腔ケアに対する意識が高い人でも、自分自身で初期の歯周病を見つけることは容易ではありません。さらに、口腔の健康にとどまらず、全身の健康を保つためにも口腔ケアは欠かせません。COPDのみならず、全身の不調につながる疾患を防ぐためにも、歯科医のもとで定期的に歯科健診を受けることをおすすめします。