誠快醫院院長 鹿島田 忠史
70代の呼吸機能は健康な人でも30代の半分以下まで低下し全身が酸素不足に陥る
私は横浜国立大学工学部を卒業して建築家を目指した後、医学の道に進んだ変わり種の医師です。工学の視点で故障した機械を調べてみると、表から見えない部品の不具合が原因であることが少なくありません。医療も同様です。現在の医療の中心である対症療法は、悪い部位をピンポイントで見つけて症状を抑える治療法です。私は医学と工学という2つの視点から、患者さんの不調を引き起こしている根本的な原因を全身くまなく追求し、生活習慣の改善と患者さん自身が実践できるセルフ療法を提案しています。
私が患者さんの生活習慣を見直す際は、①呼吸、②飲食、③運動、④ストレス対策、⑤生活環境の調整の順で行います。この優先順位は、「失うと命に関わる時間の短い順位」といい換えることができます。また、患者さんにすすめるセルフ療法は、「誰でも・いつでも・どこでも」できることを重視しています。今回の記事では、見直し順位の筆頭である「呼吸」について、私が考案したセルフ療法を伝授しましょう。
中高年に起こりやすい呼吸器疾患として、主に長年の喫煙習慣が原因で起こるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)をはじめ、肺炎などが挙げられます。そのほか、秋から冬にかけて空気が乾燥する時期に悪化するのが気管支ぜんそくと咳ぜんそくです。
これらの呼吸器疾患の症状として現れやすいのが「セキ」です。呼吸器の機能低下に伴って起こる症状の中でも、セキに苦しんでいる人は少なくありません。ある調査では、3週間以上続くセキの原因として42%が咳ぜんそく、28%が気管支ぜんそくと報告されています。セキに悩まされている7割以上の人がぜんそくと診断されているのです。
咳ぜんそくは、気管支ぜんそくと混同されがちですが、呼吸器疾患の分類は異なります。気管支ぜんそくは、呼吸時にヒューヒュー、ゼイゼイといった音が出る「喘鳴」が起こりますが、咳ぜんそくは乾いた空セキが特徴です。カゼやインフルエンザ、新型コロナウイルス感染症から回復した後、空セキが1ヵ月以上続いたら、咳ぜんそくを疑いましょう。咳ぜんそくをそのまま放置しておくと、約3割の人が気管支ぜんそくに移行するといわれています。
年を重ねると、多くの人は物忘れをしたり、腰やひざに痛みを感じたりするようになります。脳機能や運動機能の低下は加齢現象といえますが、全身の機能の中で最も早く衰えるのが呼吸機能であることに気づいている人は少ないのではないでしょうか。
ある研究結果によると、70代の呼吸機能は、30代と比べて4割程度まで低下していることが分かっています。つまり、高齢者は健康な人でも若年・青年層の半分以下の呼吸機能しか残っていません。心臓の機能は高齢になっても7割程度維持できることからも、加齢に伴う体内の酸素不足は深刻といえるでしょう。
私たちは呼吸によって酸素を取り入れています。息を止めて1分もたつと息苦しくなります。そのまま呼吸をしなければ、生命の危機に陥ります。加齢に伴う呼吸機能の低下は、健康寿命を考えるうえで、もっと注目されるべき事実といえるのではないでしょうか。
加齢によって酸素の取り込み量が減った高齢者の体は、全身の細胞に酸素が届きにくくなっています。その結果、細胞の老化が進み、臓器や器官の機能低下や、細胞内でエネルギーを作り出すミトコンドリアの活性度も下がってしまいます。
呼吸機能が低下している高齢者が呼吸器疾患を発症すると、どうなるでしょうか。息切れ程度だった症状が呼吸苦にまで進行し、セキやタンといった症状も深刻になっていきます。さらに全身が酸素不足に陥って、さまざまな不調が現れるようになるのです。
気道を広げるストレッチと呼吸筋を強化する「こぶし呼吸」で呼吸機能が向上する
高齢者の多くは呼吸機能の低下が避けられません。そこで私の医院では、加齢に伴う呼吸機能の低下予防や呼吸器疾患の予防・改善を目的に、以下のセルフ療法を提案しています。
●気道ストレッチ
呼吸機能の強化に欠かせないのが、空気の通り道である「気道」を広げてスムーズにすることです。血液が流れる血管の状態が健康を左右するように、鼻・口から始まり、咽頭・喉頭・気管・気管支を経て肺に酸素を届ける「気道」の状態が呼吸機能を左右します。
野生動物と異なり、複雑な言語を発する私たち人間は、進化の過程で気道が狭くなりました。さらに、私たち日本人は欧米人と比べて巻き舌を必要とする発音がないため、咽頭が狭くなりやすいとされています。そこで私が考案したのが「気道ストレッチ」です。加齢とともに硬くなる筋肉をストレッチし、酸素の通り道である気道の拡張を図ります。
気道ストレッチは、①口押さえストレッチ(口の中全体を広げて鼻の通りをよくする)、②巻き舌ストレッチ(のどの奥の空気の通り道を広げる)の2つがあります。気道ストレッチを実践すると、口の中の筋肉と舌が広がり、酸素の取り入れがらくになっていくことが実感できます。患者さんに気道ストレッチを試してもらったところ、ストレッチ直後の空気の流入速度が平均10%以上速くなりました。吸気時の呼吸苦の軽減や睡眠時無呼吸症候群による睡眠障害が改善した例もあります。
●こぶし呼吸
呼吸機能が衰えるもう1つの原因として「呼吸筋」の衰えが挙げられます。毎日の生活の中で足腰の筋力が落ちてきた実感がある人は、呼吸筋の衰えも心配されます。
呼吸機能の維持・強化を図るには、加齢によって衰えた「呼吸筋」を強化することが肝心です。具体的には、呼吸をする際に働く、①横隔膜、②腹横筋という2つの筋肉を強化することです。私は、この2つを同時に強化できる「こぶし呼吸」というセルフ療法を考案し、普及に努めています。
こぶし呼吸は、立命館大学スポーツ健康学部の田畑泉教授が研究した「タバタプロコトル」をもとに考案しました。タバタプロコトルはアスリートやプロスポーツ選手の間で普及している運動理論の1つで、高度な運動と休息を交互に行うことで筋力の強化を図ります。
こぶし呼吸によって強化されるのは、息を吸う筋肉(主に横隔膜)と、息を吐く筋肉(主に腹横筋)です。横隔膜は胸郭の下部にあるドーム状の筋肉です。「膜」と名付けられているものの、筋肉に属します。息を吸う時には横隔膜が収縮して胸郭が広がります。その結果、肺が拡張して空気が取り込まれます。逆に、息を吐く時は横隔膜が弛緩し、広がっていた胸郭と肺が縮んで空気を吐き出します。
もう1つの呼吸筋である腹横筋は、横隔膜と比べて知られていないかもしれません。腹筋群のインナーマッスルとして知られる腹横筋は、息を吐く際に横隔膜を押し上げる重要な役割を果たしています。
こぶし呼吸のやり方は、下の写真とイラストを参照してください(動画はこちら)。実践する際に大切なのは、「こぶしをしっかり握ること」「こぶしを口に密着させること」です。この2つを意識して行うことで横隔膜と腹横筋に自然と負荷がかかり、筋力の強化が図れます。
こぶし呼吸は、「(吹き込みもしくは吸い込み)を20~30回続ける→20~30秒間の休息」が基本的なルールですが、呼気・吸気ともに苦しくなったら途中でやめてもかまいません。実践する時間帯に決まりはありませんが、入浴時に行うと習慣化しやすくなります。また、1日の中で横隔膜と腹横筋を同時に鍛えるよりも、片方の筋肉を1日おきに鍛えるほうが効果的です。
こぶし呼吸の効果は、毎日の生活の中で徐々に現れるようになります。これまで息切れを起こしていた坂道がらくに上れるようになったり、カラオケで息が続くようになったりすることで呼吸機能の向上を実感できるでしょう。心疾患やCOPDをはじめとする肺疾患が進行している人は、主治医と相談してから始めてください。
先に述べたように、高齢になると、健康な人でも若年・青年層より酸素の摂取量が約半分まで減少します。加齢に伴って不調や病気が現れるようになるのは、呼吸機能の低下に伴う体内の酸素不足も原因の1つだと思われています。そのため、気道ストレッチとこぶし呼吸によって酸素摂取量を増やすことは、加齢に伴って起こりやすいさまざまな不調を遠ざけるためにも役立つでしょう。
私が院長を務める誠快醫院に来られる患者さんの7割は、がん患者さんです。標準治療だけでは効果が乏しい人や治療が終了した後に再発を防ぎたい人など、その状況はさまざまですが、私はがん患者さんにも気道ストレッチとこぶし呼吸をすすめています。がん細胞は「低酸素・低体温・高血糖」の環境を好みます。実際に、がん患者さんの多くはこれらの体質が顕著です。がん患者さんの中には、気道ストレッチとこぶし呼吸で低酸素体質が改善し、がんの再発を防いでいる人も少なくありません。
これから本格的な冬を迎えます。空気が乾燥する日が多くなると、すでに呼吸器疾患を発症している人を中心に息切れやセキが出やすくなります。夜間の就寝時にセキが出ると睡眠が妨げられて、さらなる体力や免疫力の低下が心配されます。
冬に呼吸機能を維持するには、寝室を暖かくし、湿度を保つことが大切です。「寒い冬でも布団をしっかり掛ければ十分」と考えるのは間違いです。暖かい布団の中で寝ていても、室内の冷気が呼吸によって体内に入ると体は冷え、肺や気管支を刺激します。保温機能に優れた魔法瓶にお湯を入れても、ふたをせず置いておくと冷えてしまうように、冬は呼吸から冷気を体の中に入れないことが大切です。
室内を暖かく保つには、暖房器具の中でも部屋全体を優しく暖めるオイルヒーターをおすすめします。電気代はややかかるかもしれませんが、冬の間はオイルヒーターを使いましょう。また、加湿器を使って湿度を保ち、乾いた冷気を吸い込まないようにしてください。