外山皮膚科院長 外山 望
80歳までの3人に1人が発症する帯状疱疹は増加傾向で若い世代でも急増中
「体の左右どちらか一方にピリピリと刺すような痛みを感じる」「痛みに続いて、赤い斑点が帯状にできた」——これらの症状に心当たりのある人は帯状疱疹の可能性があります。すぐに皮膚科を受診し、適切な治療を受けるようにしてください。治療が遅れると、後遺症の帯状疱疹後神経痛が残るおそれがあります。
私が所属している宮崎県皮膚科医会は長年にわたって「宮崎スタディ」という帯状疱疹の疫学調査に取り組んでいます。1997年から始めた調査は現在も進行中で、宮崎県全域で帯状疱疹の患者さんのデータを集めて解析しています。
帯状疱疹は、体の片側に赤い発疹が帯状に広がり、チクチクとした強い痛みが起こる病気です。悪化すると、服が肌に触れるような軽い刺激であっても強い痛みが生じますが、通常は3週間~1ヵ月程度で皮膚症状は治まります。
帯状疱疹の原因は、子どもの頃に感染した水痘・帯状疱疹ウイルスです。水痘(水ぼうそう)が治った後も、ウイルスは体内の神経節(神経の中継所)に潜伏しています。加齢や過労、過剰なストレス、病中病後の時期など、さまざまな要因で免疫力が低下すると、潜伏していたウイルスが活性化して帯状疱疹を発症します。
帯状疱疹は80歳までに3人に1人が発症するといわれています。宮崎スタディの調査でも、コロナ禍の受診控えの影響からか一時的に発症率が低下しているものの、25年間にわたって増加傾向にあります。
実際の帯状疱疹の発症率の推移を、1997年と2022年の年代別に見てみましょう。1997年と比べて、2022年の発症率が全体的に上昇していることが分かると思います。注目していただきたいのが、20~40代の発症率が急増していることです。この背景には、いったいなにがあったのでしょうか。
2014年、ある画期的な法改正が行われました。その法改正とは、1~3歳の子どもを対象として水痘ワクチンの予防接種が定期接種化されたことです。その結果、すばらしいことに水ぼうそうにかかる子どもが15分の1に激減した一方で、20~40代の子育て世代の帯状疱疹に対する免疫力が弱まってしまったのです。
子どもの頃に水ぼうそうにかかったことがある人だけではなく、かかっていても自覚がない人もおり、日本の成人のおよそ九割が水痘・帯状疱疹ウイルスを持っているといわれています。水痘・帯状疱疹ウイルスに対する免疫力は年を経るごとに低下していきます。
これまで帯状疱疹を発症しなくてすんだのは、〝ブースター効果〟のおかげです。ブースター効果とは、体内で一度作られた免疫機能が再び抗原に接触することによってさらに高まることです。そして、ブースター効果のきっかけこそ、「子どもの水ぼうそう」だったのです。水ぼうそうを発症した子どもに接することで水痘・帯状疱疹ウイルスに接すると、ブースター効果によって再びウイルスに対抗する免疫力を強化することができるのです。
ところが、水痘ワクチンの予防接種が定期接種化されたことで、大人が子どもを介して水痘・帯状疱疹ウイルスに接触する機会も減ってしまいました。その結果、ブースター効果が働かなくなり、帯状疱疹に対する免疫力が低下してしまったと考えられるのです。
とはいえ、水痘ワクチンの予防接種をやめるというのは本末転倒です。水ぼうそうは小児にとって重症化のおそれもある怖い感染症であり、水痘ワクチンの恩恵は計り知れません。だからこそ、今後はわれわれ大人が帯状疱疹を発症させない工夫をすることが大切なのです。
若い世代だけではなく、50代以上の人、特に女性は注意が必要です。宮崎スタディのデータでは、帯状疱疹の約7割を50代以上が占めていることが判明しています。さらに、男女の発症率に注目すると、女性のほうが男性より最大で1.6倍も高いことが分かっているのです。
帯状疱疹後神経痛は激しい痛みが特徴で早期発見・早期治療とワクチンでの予防が大切
帯状疱疹発症の原因はいくつかありますが、すべてに共通するのが「免疫力の低下」です。糖尿病やがんなどの疾患だけではなく、免疫力を抑制する治療や加齢、過労、ストレスなどが考えられます。米国では新型コロナウイルス感染症が帯状疱疹のきっかけになりうるという論文も出ていますが、宮崎スタディではあまり大きな影響があったという印象は受けていません。今後のさらなる研究によって、帯状疱疹と新型コロナウイルス感染症の因果関係が明らかとなることでしょう。
帯状疱疹のなによりの対処法は、早期発見・早期治療です。個人差はあるものの、帯状疱疹は1週間ほど前から「前駆痛」というピリピリとした痛みが生じます。その後、赤い発疹が体の片側に起こるようになります。
帯状疱疹は、発症から72時間以内に治療を受けられるかどうかで、予後が大きく変化します。早期に治療を受けて抗ウイルス薬を服用することで、発疹や痛みの改善、そして後述する後遺症の帯状疱疹後神経痛を防ぐ確率を高めることができます。
抗ウイルス薬を服用する際に重要なのが、勝手に飲むのをやめないことです。皮膚症状や痛みなどが治まったとしても、体内のウイルスの活性が完全に抑えられているとは限りません。医師の指示を守り、最後までしっかり飲み切るようにしてください。
帯状疱疹の治療が遅れたり、抗ウイルス薬を正しく服用しなかったりした場合、帯状疱疹の痛みが長期化するおそれがあります。帯状疱疹を発症してからしばらくしても痛みが続く場合は、後遺症の「帯状疱疹後神経痛」として区別されることも少なくありません。
帯状疱疹後神経痛は、50代以上の約20%に発症するといわれています。痛みが3ヵ月以上、患者さんによっては10年以上続くこともあります。
帯状疱疹後神経痛を防ぐためには、帯状疱疹の早期発見・早期治療、そしてなにより帯状疱疹そのものを発症させないようにすることが大切です。帯状疱疹を予防する方法として、私がおすすめしているのが「帯状疱疹ワクチン」の接種です。
現在、帯状疱疹ワクチンには「生ワクチン」と「不活化ワクチン」の2種類があります。生ワクチンは接種が1回ですみ、費用も比較的安価というメリットがあります。しかし、私としては不活化ワクチンをおすすめします。不活化ワクチンは生ワクチンに比べると高価で2回接種しなければならず、接種部位の痛みや頭痛などの副反応が出るというデメリットがあります。しかし、肝心の予防効果は、生ワクチンが約50~60%で加齢に伴い効果が低下するのに対し、不活化ワクチンの効果は90%以上で、加齢によってもほとんど効果は下がりません。また、不活化ワクチンは18歳以上の免疫抑制状態・免疫不全の方でも打てるという利点もあります。自治体によっては50歳以上の帯状疱疹ワクチンの接種に補助金を助成するところもあるようですので、ぜひ検討してみてください。
治療の遅れなどが原因で帯状疱疹後神経痛が残ってしまった場合、皮膚科だけではなく、痛みを専門としているペインクリニックを交えた総合的な治療を受けると痛みを比較的コントロールしやすくなります。また、帯状疱疹後神経痛に苦しむ患者さんにとって、冬の寒さや冷えは大敵です。体が冷えると血流が悪くなり、帯状疱疹後神経痛が悪化してしまうおそれがあります。
帯状疱疹後神経痛を軽減させせるには、患部を温めることが大切です。患部を温めることで血流が促され、酸素や栄養が全身の細胞に行き渡って傷ついた神経によい影響を与えることが期待できます。
患部を温めるには、全身の血流を改善することができる入浴が最適です。入浴の可否は事前に医師と相談する必要があるものの、基本的には問題ありません。入浴のほか、湯たんぽやカイロを使って患部を温めてもいいでしょう。患部に直接当てず、間にタオルなどを挟むことで強い刺激を与えずにすみます。また、低温やけどを防ぐため、就寝中は体に湯たんぽやカイロが触れたままにならないよう注意しましょう。