横浜南共済病院整形外科人工関節センター長 柁原 俊久
変形性股関節症は女性に多く遺伝の影響もあり股関節の痛みや足腰の違和感に要注意
変形性股関節症の原因は大きく2つに分けられます。股関節の形態に異常がなく、特別な病気を伴わないものを「一次性」と呼びます。老化や肥満などで発症し、欧米ではほとんどが一次性といわれています。
一方で日本人に多いのが、股関節の形態異常やなんらかの病気に伴って二次的に発症する「二次性」です。生まれてまもない乳児期に股関節が外れた状態である先天性股関節脱臼や、発育の過程で股関節が不完全な形態に移行していく寛骨臼形成不全などをわが国では発育性股関節形成不全と総称しており、変形性股関節症の90%近くが発育性股関節形成不全に由来するものであるといわれています。また、骨折や外傷によって起こる変形性股関節症も二次性に含まれます。
変形性股関節症の発症原因はいくつかありますが、遺伝の影響も少なくありません。私は患者さんに対して、その方の股関節の状態をレントゲンを見ながら説明するときに、骨盤の形を顔に見立てて説明します。親子の顔が似るように、骨盤の形もある程度遺伝の影響を受けるのです。実際、私のもとを訪れる変形性股関節症の疑いのある患者さんに「ご家族に同じような症状に苦しんでいる人がいませんか」と聞くことで、母親や娘、姉妹などが実は変形性股関節症だったと判明した例が少なくありません。
寛骨臼形成不全は、大腿骨頭が寛骨臼で十分に覆われていない状態のことを指します。寛骨臼の異常は人によって程度が異なり、若い方でも寛骨臼形成不全の程度が重度の場合は10代の頃から痛みを感じはじめる人がいます。多くの場合は、股関節の形態異常に気づかずに成人し、40~50代で痛みが生じるようになります。
寛骨臼形成不全は、早い段階からレントゲンなどの検査で確認することができます。ところが、よほどの強い症状がない限り生殖器がある骨盤付近のレントゲンを撮ることをためらう方は多く、寛骨臼形成不全の存在に気づくことなく成人していく場合が少なくありません。さらに、変形性股関節症の症状は気づきにくいという特徴があります。初めのうちは運動後や長く歩いた後などに股関節に鈍痛が出ることが多いのですが、数日すると治まってしまいます。また、腰やお尻、ひざの上など、股関節以外の部位に違和感や痛みが生じることも少なくないため、変形性股関節症の発見が遅れてしまいがちなのです。
腰やひざなど、股関節以外の部位に原因不明の痛みや違和感のある場合でも、一度専門医の診断を受けることをおすすめします。自分でできる診断としては、「パトリックテスト」という方法があります。痛みや違和感があって図のような動きができなければ、股関節になんらかの異常が生じている可能性があります。
変形性股関節症は、予防の段階はもちろん、痛みが慢性化している段階、手術の前後でも股関節周辺の筋肉の強化が大切です。変形性股関節症になると大腿骨頭を骨盤に固定する力が弱くなり、大腿骨頭が股関節から徐々に外にはみ出るような動きが起こりやすくなります。そこで、股関節周辺の筋肉を強化することで、大腿骨頭が股関節から外にはみ出ないように安定させることができるのです。
また、人工関節に置き換える手術を受けたとしても、術後の状態は筋肉の状況に左右されるといっても過言ではありません。手術前はもちろん、手術後にも運動に取り組むことで、人工関節の寿命、ひいては健康寿命を延ばすことにつながるのです。
残念ながら、ジョギングは変形性股関節症の改善には不適切です。地面から跳び上がって走るジョギングの動きは、下半身の各関節に体重の8~12倍の負荷をかけることになります。当然、股関節への負担が大きくなり、病気が進行してしまうと考えられるのです。
おすすめの運動は、ウォーキングです。片足がついている間にもう一方の足を前に出すゆっくりとした歩行は、ジョギングの数分の1の負荷ですみます。距離を重視し、休みながらでも長い距離を歩けるようになることを目標にして取り組むようにしましょう。目安としては週に2~3回、1回に5000~6000歩を目標にするといいでしょう。
私が患者さんにおすすめしている筋力トレーニングが「臀筋強化体操」です。股関節を支える中臀筋と小臀筋を鍛えることを目的とした運動です。
臀筋強化体操には2種類あり、1つめは姿勢よく立ち、内ももと肛門をギュッと締めて5秒間維持するというもの。コツがつかめないときは、空のペットボトルを内ももに挟んで潰すように力を入れましょう。慣れたら家事の合間、バスや電車を待っているときなど、時間を見つけてできるだけ多く行ってください。
2つめは横向きに寝て行う体操です。上になった脚をゆっくり上げ、上げ切ったら5秒維持して、ゆっくり下ろします。この2種類の体操を継続することで、変形性股関節症の予防・進行抑制はもちろん、人工関節手術後でも人工関節の耐久性の維持や日常動作の改善が見込めます。
残念ながら、損傷した関節を回復させる治療法はまだ研究の段階であり、広く普及していません。一方で、股関節の人工関節手術はすでに50年以上研究が続いている治療法であり、材質、手術方法なども日々進歩しています。現在、日本では年間5万人以上の方が手術を受けられており、一般的な手術になりつつあります。
すでに変形性股関節症と診断されている患者さんは単に手術ということを恐れて痛み止めを飲みつづけることなく、一度しっかり専門家の診断と指導を受けましょう。「いつかは人工関節に替えるかもしれない」と前向きに捉え、運動療法に取り組んで人工関節に切り替える時期を見極めるようにすることをおすすめします。