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とにかく無理をしないこと——これがキーワードです

私の元気の秘訣

女優 麻実 れいさん

舞台女優として半世紀以上ものキャリアを誇る麻実れいさん。73歳になった今も、その抜群な美貌と演技力、そして圧倒的な存在感は健在で、2024年2月には舞台『インヘリタンス―継承―』の出演を控えています。本番に向けて多忙な生活を送る麻実さんに、演技に懸ける想いや日頃から心がけている健康管理法をお聞きしました!

新しい作品が始まる瞬間というのは今でもワクワクします

[あさみ・れい]——3月11日生まれ、東京都出身。1970年、宝塚歌劇団入団。『ハロー・タカラヅカ』で初舞台を踏む。雪組男役トップスターとして活躍し、1985年、宝塚歌劇団を退団。以降、ミュージカル、古典、翻訳劇など多くの話題作に出演。ディナーショーやリサイタルなどでも活躍している。2011年に『冬のライオン』『おそるべき親たち』で受賞した第18回読売演劇大賞最優秀女優賞のほか、数多くの演劇賞を受賞している。2006年、紫綬褒章、2020年、旭日小綬章を受章。2023年より、日本芸術院会員。

気がつけば私もずいぶん長く舞台に立ちつづけてきましたけれど、新しい作品が始まる瞬間というのは、いくつになっても緊張するものです。

一つの舞台に向けてスタートを切る前には、そこはかとない怖さもあり、ギュッと気持ちが引き締まります。でも、そうした緊張感があるからこそ気合いを入れてがんばろうと思えますし、なにより、これから一緒に舞台に立つ皆さんが一堂に会すると、ワクワクと胸が高鳴ります。特に今回の『インヘリタンス―継承―』は、しっかりとした若い俳優さんがそろっているので、なおさら楽しみなんですよ。

『インヘリタンス―継承―』は、現代のニューヨークを舞台にゲイ・コミュニティの人々を描いた物語です。多様な個性の人々がそれぞれ自分らしく幸せに共生できる社会とはなにかを問いかけます。差別、偏見、そして人間の尊厳と、非常に重たいテーマをはらんだ作品ですから、最初にオファーを受けた時から、「これは中途半端な覚悟で演じられる物語ではないな」と、強く感じていました。きっと、ほかの共演者の皆さんも同じ想いなのではないでしょうか。

私が演じるのは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス。以下、エイズと略す)流行の最盛期に苦しめられた当事者の母親役です。ノースカロライナで生まれて私生児を産み、さまざまな苦労に直面しながら育てた息子がエイズにかかってしまうのですから、母親としての苦悩は想像を絶します。

そして、当時激しい差別にさらされた人たちが、それをどう乗り越えてきたのか——背景に思いをはせればはせるほど、役作りにもいっそう熱が入るというものです。

今回の作品に限らず、役作りに入る時にはまず、脚本を徹底的に読み込むことから始めます。全体を繰り返し何度も読んで、少しずつ物語の世界に没入し、自分が演じるのがどのような人物なのか、その時どんな心情でそのセリフを口にするのかを、できるだけリアルにイメージしていくのです。

そうして自分が演じるキャラクターを徐々に肉づけしていくわけですが、実はこれは精神を削るとてもつらい作業なんです。その人物の心の深いところまで肉薄して理解しなければ、納得のいく演技をすることはできないからです。

もちろん、これは明確な正解があるものではないので、いろいろな方向に想像を巡らせながら少しずつキャラクターの正体を探っていかなければなりません。まさに暗中模索(あんちゅうもさく)のその過程は、きっと皆さんが思っている以上に地道でつらく、苦しいものです。

でも、苦しいながらもそんな作業が好きだからこそ、私はこれだけの年月を舞台女優として生きてこられたのかもしれません。これから2024年2月の本番に向けて、気の抜けない時間が続くことになりますが、それが少し楽しみでもあるんですよ。

エイズといえば、最近では医学の発達によって、ようやく症状を抑える方法が確立されて、長期にわたる慢性病のように共存できる病気になりました。

もちろん、患者の方からすればたいへんな思いをされているはずですが、それでも感染すなわち死というイメージが根づいていた1980年代の頃と比べれば、隔世(かくせい)の感があります。

ひるがえって、ご存じのように私たちは新型コロナウイルス感染症という新たな脅威を身をもって味わったばかり。私のような舞台女優は、ある日突然やることがなにもなくなってしまって、これから世界はどうなってしまうのかと、心細く感じたものです。

ここ最近、世の中はコロナ()が一段落したようなムードが漂っていますが、実際には新型コロナウイルス感染症だけではなく、インフルエンザもはやっていますし、まだまだ油断は大敵です。冬場は空気も乾燥していますから、日々の稽古(けいこ)と並行して、コンディショニングに気を配るのも女優としての大切な仕事です。もしも私が不用意に風邪でもひいて倒れてしまうと、代役などいないので、全体の稽古が進まなくて周りにたいへんな迷惑をかけてしまいますからね。

だから、外出時には必ずマスクを着けて、手洗いやうがいを徹底するのは当たり前。でも、いくら万全に対策を講じたつもりでいても、ウイルスというのはいつどこでもらうか分かりませんから、最後に頼れるのは自分の免疫力なのだと思います。

女優業は肉体労働でバランスのいい食事をとらなければ動けません

そこで私たちにまずできることは、なるべく体力を落とさないよう、十分な睡眠と栄養をとるよう心がけること。これに尽きるでしょう。

そのためには朝・昼・晩と、しっかりバランスのいい食事をとることが大切です。私はいつも、近所のスーパーへ買い物に行くと、出来合いのお総菜でもいいので最低でも3、4品は選ぶようにしています。青菜、豆類、海藻類など、なるべく多品目を意識すれば、おのずとバランスは保たれるはずです。

ただ、私たちの仕事は肉体労働ですから、お肉だってとらなければ力が出ません。そして、できるだけ内臓に負担をかけないよう、温かいものを食べたほうがいいですね。

年を取ると、脂は控えたほうがいいとか、炭水化物のとりすぎはよくないとか、制約めいたさまざまなことをまことしやかにいわれますが、私は気にしすぎるのも逆によくないと思っているんです。

むしろ、自分の体が今なにを欲しているのか、素直に耳を傾けてあげるのも大切なのではないでしょうか。

「これまで一度も舞台を休演したことがないんです」

例えば、「今日は魚より肉が食べたいな」とか、「たまには揚げ物を食べようかな」などと感じたのであれば、それは体が求めているサインです。そのサインに応じるのは、決して悪いことではないはずです。

この仕事をしていると、周りの人からよく、「スタイルを維持するのが大変でしょうね」といわれますが、むしろ疲労がたまってくると食事の量が減り、体重が落ちてしまうのをいつも懸念しています。女優業というのは、そのくらい心身に負担がかかるものなのです。

だからこそ、体が発するSOSのサインを見逃してはいけません。どうしても食欲が湧かない時には、かかりつけのお医者さんに栄養剤を打ってもらうなど、早めに手だてを講じるべきです。

それから健康法としてもう一つ、私は毎朝食事をした後に、ストレッチと発声練習を行うのを日課にしています。

ストレッチは全身の血流をよくしてくれますし、体を柔らかく保つことは、ケガの予防や筋肉の衰えを防ぐことにもつながります。そして、発声練習は、声帯を強くする目的もさることながら、意識的におなかから声を出すことで気持ちがすっきり整ってストレスも軽減されるので、免疫力を維持するのにも効果的なのではないかと思います。

こうした健康管理法は、長いキャリアの中で自然に培われたものです。皆さんもぜひ、自分の体と相談しながら、体質に合ったコンディショニング法を探してみてください。

そのおかげなのか、私はこれまで一度も舞台を休演したことがないんです。大きなケガをすることなくやってこられたのは運も大きいのでしょうけど、これに関してだけは自分で自分を褒めてあげたいですね(笑)。

日頃から体の声に耳を傾けることが体と心のケアには必要です

それでも、さすがにこの年齢になると、若い頃のようにはいかないこともたくさんあります。例えば、疲労との付き合い方です。

20代の頃は一晩ぐっすり眠ればたいていの疲れは吹き飛んでいましたが、70代の今はそうはいきません。

「お部屋の中を少し歩き回るだけでもいいんです」

そもそも、なにか大きな仕事をこなしたその日のうちにどっと疲労が襲ってくるのは、若者の特権です。私の年齢になると、大きな舞台を終えた後などは、1週間から10日ほどかけてじんわりと疲労が体中に広がっていくのが普通だからです。

問題は、じわじわとむしばむように疲れがたまっていくことに、頭では気がついていない場合があることです。

すると、疲労をちゃんと回復させる前に動きはじめてしまうことになり、結果として体にはさらにダメージが蓄積されていきます。そしてその積み重ねが、いつしか深刻な病気につながることもあるので注意が必要です。

これも、日頃から体の声にちゃんと耳を傾けていれば防げることでしょう。体がどのような栄養を欲しているのかをつぶさに確認し、体が睡眠や休息を欲しているなら、きちんと休む。そうやってうまく体をメンテナンスしながら暮らすことが大切です。

これは体だけではなく、メンタルも同じ。体はくたくたに疲れきっているのに、脳が疲れすぎていて寝つけないことが誰しもあるでしょう。

そういう時は、日中にお散歩でも買い物でも、なんらかの体に負担をかけない気分転換をするのがおすすめです。また、夜はお酒を少し飲んで気持ちを和らげ、好きなおつまみでも作ってゆっくり過ごすのもいいですね。

要は、年老いて衰えた自分自身を、いかに手綱(たづな)を引いてコントロールするかが大切なのだと思います。

体があちこち痛むので、長い距離を歩いたり運動したりするのが難しいという人もいるかもしれません。でも、何事も無理なくこなせる範囲のことで十分で、極端にいえばお部屋の中を少し歩き回るだけでもいいんです。

心理的なハードルを下げて無理なく続けることがいちばんです

麻実さんの代表作である『炎 アンサンディ』の名場面。赦しと祈りを体現した荘厳な演技で観客の心を惹きつけた
写真提供:世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター企画制作『炎 アンサンディ』(2014年シアタートラム)
撮影:細野晋司

私の場合は自己流のストレッチで事足りていますが、例えば朝のラジオ体操でもいいでしょう。まずは心理的なハードルを下げて、やれることから始め、それを無理なく続けることがいちばんです。

キーワードは、とにかく「無理をしない」こと。買い物に行く時だって、格好つける必要などないのですから、どんなにご近所でもショッピングカートを引いて行けばいいんです。

正直に明かせば、私自身、最初の頃はいちいちカートを持ち出すことに、少し抵抗がありました。もし私のことを知っている人に見られでもしたら……という、見栄ですね。

でも今は、買い物の際はいつもショッピングカートをガラガラ引いて歩いています。おかげでヨーグルトなど少し重たいものでも、気兼ねなくストックできるようになりました。「無理をしない=快適な生活」なんですよ。

体のあちこちが痛んだり、深刻な病気を患っていたりする人は、どうしても気持ちがふさぎ込んでしまうこともあるでしょう。

でも、そういう人こそ、「無理をしない」の精神を大切にして、今自分ができる範囲のことをやってみてください。

気持ちをらくにしながら、昨日より今日、今日より明日を快適に暮らすこと。それが私の元気の秘訣(ひけつ)です。この習慣を続けて、まだまださまざまな作品を舞台からお届けできればと思いますので、お楽しみに。