けんぞう倶楽部代表 本末 浩司さん
地元の高齢者のために私に何かできることはないかと考えました
「私がボランティア活動をしている動機として『何かしなければ』という使命感を掲げるのは、なにかおこがましいような、差し出がましいような気がしますね。地域に住む皆さんのために何かできることはないかと思っているだけなんです」
そう話すのは、ボランティア団体「けんぞう倶楽部」代表の、本末浩司さんです。本末さんは、県外の有料老人ホームでフィットネスのインストラクターをしながら、地元の奈良県生駒市に住む高齢者を対象に体操教室を開催しています。運動や体操の指導を生きがいにしている本末さんは、学生の頃から体を動かすことが好きでした。
「高校生の頃まで取り組んでいたサッカーの最中に腰に激痛が走って、腰椎椎間板ヘルニアを患ってしまったことがあります。でも、スポーツへの情熱がなくなることはなく、高校卒業後は大阪の専門学校に入学してスポーツトレーナーを目指すようになりました」
ガソリンスタンドなどでアルバイトをしながら、スポーツトレーナーになるための勉強に励んだという本末さん。卒業後にいくつかのスポーツジムでの勤務を重ねた本末さんが高齢者に接するようになったきっかけは、高校生まで続けていたサッカーでした。
「中学生の頃に所属していたサッカークラブのコーチに会う機会がありました。雑談の中で、コーチが勤務している介護施設で働かないかと誘いを受けたんです。自分が知らない世界への興味もあって、介護事業に飛び込んでみることにしました」
2001年から、介護施設のデイサービスで働くようになった本末さんは、高齢者に運動を指導するようになったそうです。高齢者と接する機会の少なかった本末さんにとって、新鮮な体験ばかりだったと話します。
「私のような若造にも、多くの方が親身に接してくれました。亡くなる直前に『本末くんはいい人』とご家族に伝えてくれたおばあさんがいて、その人の人生の一片にでも関われたと思うと、感激で言葉が出ませんでした」
運動を指導する中、無理をしてしまう高齢者がいることに戸惑ったという本末さん。ひざや腰に疾患があるのに激しく動かしてしまい、痛みが増してしまうこともあったそうです。本末さんは高齢者の負担にならないよう、伝え方に試行錯誤を重ねました。
「2009年から、現在の有料老人ホームに勤務しています。フィットネスを担当しており、入居者の方に運動指導をしています。一方で、ちょうど40代になる頃から、施設外の地域に住む高齢の方にも意識が向かうようになりました。その方々のために、私に何かできることがあるのではないかと考えるようになったんです」
突然のコロナ禍でボランティア活動ができなくなりました
本末さんが考えを行動に移したのは、2019年11月10日のことでした。ボランティア団体「けんぞう倶楽部」を立ち上げたのです。「けんぞう」は、「健康増進」という言葉から取ったそうです。
「よくある『介護予防』や『自立支援』という言葉だと本人の意思が弱い印象になってしまうので、高齢の方自身が自主的に運動に取り組む助けになりたいという考えで名づけました。『けんぞう倶楽部』では、高齢の方の集会で運動や体操を指導する活動を行っています」
近鉄生駒駅の近くにある浄土真宗本願寺派西教寺で行われた体操教室を皮切りに、活動を重ねていった本末さん。20人前後の集会に足を運び、運動や体操の指導をしていたそうです。ある集会で90代の女性が笑顔で体を動かしているのを目の当たりにし、その方の心もイキイキしてくることに繋がる大きな手ごたえを得たといいます。
「高齢の方が運動をするのは、なにもプロスポーツ選手を目指すためではありません。体を自由に動かせる状態を維持し、その人が自分らしく地域で生活するために運動を行うのです。だから、私は日常で使う動作、具体的には、腕の上げ下げ、立ち座りや歩く動作などの説明をしながら、楽しく体を動かすコツをお伝えするようにしています」
日常の動作でも、使っている部位を意識することで筋肉や関節の維持・強化が期待できると話す本末さん。特に、イスから立つ動作では「足を手前に引き、足の裏をしっかり地面につける」「足の裏に体重(重心)を乗せる」「鼻緒の部分に力を入れ地面を踏む」といった一つひとつの動きを意識することがおすすめとのこと。体操教室は好評で、いいスタートを切ることができたと考えていた本末さんでしたが、すぐに活動は暗礁に乗り上げてしまうことになります。原因は、新型コロナウイルス感染症の流行です。
「2020年に入ったとたん、新型コロナウイルス感染症が大流行してしまいました。高齢の方の集会に呼ばれて体操教室を開くことが多かったのですが、集会自体がなくなってしまったんです。張り切っていただけに、何もできない毎日がつらくてしかたがありませんでした」
コロナ禍でも、自分に何かできることはないかと考えた本末さん。LINE公式アカウントで健康情報を発信したり、ホームページ上で脳トレ用の問題を紹介したりするようになったそうです。本末さんにさらなる変化をもたらしたのは、2021年の年始に受け取った一枚の年賀状でした。
「年賀状は、専門学校時代にやっていたガソリンスタンドのアルバイトの後輩からでした。住所が変わっていたので連絡したところ、彼は大阪で『広洋印刷紙器株式会社』という企業の代表になっていたんです。お菓子や化粧品の箱をはじめとした紙器を作る企業と聞いて、彼にレクリエーション用具の製作をお願いできないかと考えました」
デイサービスや老人ホームで使われているレクリエーション用具は、金属やプラスチックでできているものが多いため、固くて強くぶつけるとケガにつながる可能性があるほか、落としたり物に当たったりすると大きな音が出るという難点があります。本末さんは、ダンボールでできたレクリエーション用具なら、ぶつけても体に負担がかからずにすみ、大きな音も出ないのではないかと考えたそうです。
レクリエーション用具が全国に広がって手ごたえを感じています
「ダメもとでお願いしたところ、私の理念に共感してくれたのか、すぐに製品化してくれました。後輩が作ってくれたダンボール製のレクリエーション用具は実際に使い勝手がよく、私の体操教室でも大活躍しています。Twitterで紹介したところ、埼玉県にあるデイサービスセンター『デイサービス結いの心』さんが興味を持ってくれました」
デイサービス結いの心では、本末さんの設計したダンボール製のレクリエーション用具が使用されています。また、もう一つ力を入れているのは、ダンボール製の運動用具です。東京都や福井県、滋賀県などの理学療法士や運動インストラクターによる採用が続出しており、大きな手ごたえを得ているという本末さん。採用した方々からは「軽くて組み立てしやすく、ケガをしにくいので助かっている」「ダンボールなので親しみを持てる」といった喜びの声が届いているそうです。本末さんが設計した運動用具については、意匠登録申請中とのこと。さらに、本末さんは次の目標も視野に入れています。
「認知症の方が集まれる、カフェのようなものを開きたいと思っているんです。認知症の方や地域の方々が気軽に集まれる場を提供することで、ご本人はもちろん、ご家族のリフレッシュや地域交流にもつながればと考えています」
現在、最初の活動で場所を提供してくれた西教寺のほか、生駒市にある「地元愛居酒屋テバス」などが協力してくれていると話す本末さん。コロナ禍という逆境の中でも、本末さんの情熱は変わることはありません。