黒河内病院院長 森谷 光俊
変形性股関節症はひざ痛を合併しやすく北里大学の調査では約8割に併発と判明
私が院長を務める黒河内病院は、50年以上の歴史を誇っています。古きよき伝統は守りながらも、常に変わっていく医療の現場に対応し、新しい考えや技術を積極的に取り入れています。助けを求めて当院に来てくださった患者さんに「この病院に来てほんとうによかった」と納得してもらえるような医療を、医師だけでなく看護師や事務員を含めたすべてのスタッフが目指しています。
私自身も、股関節の専門医として、一人ひとりの患者さんに真摯に向き合うように心がけています。変形性股関節症を診察していて痛感するのが、ひざの痛みを訴える患者さんがいかに多いかということです。
一般的に、変形性股関節症患者さんの約40~50%が変形性ひざ関節症を合併しているといわれています。当院を受診する変形性股関節症の患者さんの場合は、約7割の方がひざ関節の痛みを訴えています。
変形性股関節症と変形性ひざ関節症の合併に関して、私が所属している北里大学が行った調査があります。調査の対象は、2008年11月から2011年10月までで、北里大学で人工関節手術が行われる予定だった末期の変形性股関節症患者さんです。中でも、手術前日に痛みや運動機能の測定ができる117名(女性105名、男性12名)を対象としました。
股関節とひざ関節の痛みに関しては、動かしたときの痛みを10段階で評価し、痛みがないときを0、最大の痛みを10としました。調査の結果、ひざ関節に痛みのある変形性股関節症の患者さんは77.8%もいることが判明し、3.0以上の中等度の痛みがある人は42.7%、5.4以上の重度の痛みがある人は23.1%に上りました。
病期が末期だったこともありますが、変形性股関節症の患者さんの約8割にひざ関節の痛みが確かめられたというのは驚くべき結果でした。また、この調査では股関節とひざ関節の痛みに弱いながらも因果関係があることが確かめられています。変形性股関節症による股関節の痛みの増悪が、ひざ関節の痛みを引き起こす原因の一つといえるのです。
変形性股関節症が原因で起こる変形性ひざ関節症は「CoxitisKnee」と呼ばれています。変形性ひざ関節症は、名前のとおり、ひざの関節軟骨がすり減ることで関節が変形して炎症や痛みを引き起こす運動器の疾患です。
ひざ関節は、太ももの大腿骨とすねの脛骨、ひざの「お皿」と呼ばれる膝蓋骨で構成されています。脛骨のすぐ外側には「腓骨」と呼ばれる細い骨があり、靭帯によって大腿骨や脛骨と結ばれています。
ひざの関節軟骨は、大腿骨と脛骨の先端部分の表面や、膝蓋骨の裏側の表面を覆って保護しています。また、大腿骨と脛骨の隙間には、内側と外側に一つずつ「半月板」と呼ばれる三日月形の板状の軟骨があります。弾力性に富んだ関節軟骨や半月板は、ひざに加わる衝撃を吸収して分散したり、関節の動きを滑らかにしたりする働きがあります。
ひざ関節は「関節包」という袋に包まれ、関節包の内側には「滑膜」という組織があります。滑膜を構成する滑膜細胞は、関節液の分泌と吸収を行っています。関節液には、関節の動きをスムーズにする潤滑油としての役割や、血管が通っていない関節軟骨に水分や酸素、栄養を運ぶ役割もあります。
関節軟骨には神経がありませんが、周辺の骨や関節包、滑膜などの組織には神経があります。関節軟骨がすり減って変形性ひざ関節症になると、大腿骨と脛骨の隙間が狭まって関節包や滑膜が変形したり、「骨棘」と呼ばれる骨の突起が形成されたり、関節軟骨のかけらができたりします。それらの刺激によって滑膜に炎症が生じると、ひざに痛みが起こるのです。
さらに、滑膜に炎症が起こると、「炎症性サイトカイン」という物質が産生されます。炎症性サイトカインは炎症反応を促進する働きがあり、炎症が悪化することで痛みを増悪させてしまいます。
関節軟骨がすり減ると衝撃を吸収する働きも低下し、骨に衝撃が加わることも痛みの原因の一つです。特に、関節軟骨の下で土台の働きをしている硬い骨(軟骨下骨)が露出するようになると、骨どうしがぶつかり合って強い痛みが生じるようになります。
変形性ひざ関節症の症状の進行度合い(病期)は、骨棘や関節の隙間(関節裂隙)によって分類され、国際的には「ケルグレン・ローレンス法(KL法)」が用いられています。KL法は寝た状態で撮影したひざ関節のレントゲン写真を用いてひざ関節の状態を判定する方法で、グレード0~4の5段階に分類されます。
股関節症にひざ関節症が合併するのは脚長差と拘縮が原因で罹患側・非罹患側を問わず発症
変形性股関節症がなぜ変形性ひざ関節症を引き起こしてしまうのか —— その理由は大きく分けて二つあります。一つは脚長差です。
変形性股関節症になると、脚長差が生じやすくなります。日本人の場合、乳幼児期に股関節が外れた状態になる発育性股関節脱臼や、股関節が不完全な形態になる寛骨臼形成不全など、股関節の形態異常やなんらかの病気で変形性股関節症が発症していることがほとんどです。
寛骨臼形成不全の場合、亜脱臼が起こりやすくなります。股関節は骨盤の左右にあり、寛骨臼というおわん状の骨盤の骨に太ももの先端である大腿骨頭がはまり込む構造になっています。寛骨臼形成不全の場合は寛骨臼のかぶりが浅いため、大腿骨頭が外側上方に外れてしまう亜脱臼になりやすいのです。亜脱臼が起こると、脚長差が生じやすくなります。
股関節疾患が原因で悪いほうの脚が短くなって脚長差が生じると、歩きにくくなるために骨盤を傾けたりいいほうの脚(非罹患側)で無理をしたりして脚長差を代償しようとします。すると、非罹患側の脚のひざに負荷がかかるようになり、変形性ひざ関節症を引き起こしてしまうのです。
脚長差だけを見ると、非罹患側のひざだけに変形性関節症が起こるものと思われがちですが、そうともいい切れません。当院を受診する変形性股関節症の患者さんのうち、非罹患側のひざに痛みを訴える人は5割なのに対して、罹患側にひざの痛みを訴える人は7割にも上ります。先ほどご紹介した北里大学での調査でも、非罹患側にひざの痛みを訴える人が50.4%、罹患側にひざの痛みを訴える人が72.6%と判明しています。
変形性股関節症を患っている側のひざに痛みが起こる原因は、股関節の可動域(動かすことができる範囲)です。変形性股関節症が進行すると股関節を伸ばしにくくなる屈曲拘縮や開きにくくなる内転拘縮が起こりやすくなります。
股関節が屈曲・内転拘縮を起こすと内股ぎみになり、変形性股関節症の罹患側のひざが外反(X脚)、非罹患側のひざが内反(O脚)になります。まるで風にあおられたような見た目から「Windswept deformity(風にあおられた変形)」と呼ばれています。
X脚やO脚は、変形性ひざ関節症の原因として知られています。ひざ関節は、荷重を全面に分散して受け止めます。しかし、X脚はひざの外側に、O脚はひざの内側に荷重が偏るため、荷重が集中するほうの関節軟骨がすり減りやすくなるのです。
進行度にもよりますが、私は股関節とひざ関節の痛みを合併している患者さんには、基本的に最初に股関節の治療を行うようおすすめしています。ひざの痛みを軽減する近道が、意外にも股関節に潜んでいるかもしれないのです。実際に、股関節の治療を行うだけでひざの痛みが軽減したと喜ばれる方は少なくありません。