神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域教授 石川 朗
神戸大学大学院医学研究科内科学講座・呼吸器内科学分野助教 桂田 直子
COPDは気管支や肺に慢性的な炎症が起こる呼吸器疾患で発症原因の9割が喫煙
COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、かつて肺気腫や慢性気管支炎と呼ばれた呼吸器疾患で、喫煙などによって肺の細胞が長期間にわたって炎症を起こし、傷害されることで起こります。肺の炎症を肺気腫、気管支なら慢性気管支炎と区別されていましたが、2001年からCOPDという病名に統一されました。
呼吸器官の一つである肺と気管支は、呼吸によって酸素を取り込み、体内に生じた二酸化炭素を排出する重要な働きを担っています。呼吸をした時の空気の通り道のうち、のどから下の部分を気管と呼び、左右の肺に入ってから枝分かれをしながら伸びていきます。肺の中に枝分かれした気管を「気管支」と呼び、気管の先端にある組織を「肺胞」と呼びます。肺胞は袋のような組織で、呼吸によって酸素を取り込み、血液中から二酸化炭素を排出する「ガス交換」といわれる働きを担っています。
私たちの体は、呼吸の際に入ってくる異物をセキやタンによって排出しようとします。しかしながら、さまざまな原因によって気管支に炎症が起こると、異物を排出しにくくなります。その結果、気管支の炎症が一段と進んで腫れるようになり、呼吸時に空気が通りにくくなって息切れを招いてしまうのです。
炎症が気管支のみならず、肺胞にまで及ぶと、肺胞の壁が破壊されます。古くなったゴム風船のように弾力性を失った肺胞は、酸素を取り込んで二酸化炭素を排出するガス交換の機能が低下するのです。COPDの患者さんの場合、空気を吸うよりも吐くほうが難しくなります。肺胞が破壊されて空気を吐き出す力が弱まったCOPDの患者さんの肺は、常に膨張したような状態になることが多く、呼吸困難に拍車をかけてしまうのです。
COPDは、9割以上が喫煙を原因としています。2001年に行われた国内の疫学調査によって、COPDの患者数は約530万人に上ると推計されました。その一方で、2014年に発表された厚生労働省の調査では、病院を受診したCOPDの患者さんは約26万人にすぎなかったのです。この結果から、日本国内には400万人以上のCOPDの患者さんが存在し、今も治療を受けずに過ごしていると考えられます。日本から世界に目を向けてもCOPDの患者数は増加中で、2030年には死亡原因の第3位になると予測されています。
COPDの初期は自覚症状が弱くセキや息切れが起こるのは70代以降が中心
肺は多少損傷を受けても自覚症状が現れないのが特徴です。そのため、多くの人は危機意識が弱く、禁煙を決意しても長続きしません。タバコを20~30年間にわたって吸いつづけた後、呼吸機能の低下が見られるのは70代前後を迎えた頃が多く、その時点で肺の機能は2割以上低下しています。喫煙によって呼吸機能が低下した肺は、セキ・タンや息切れが慢性的に起こるようになり、進行すると呼吸困難に苦しむようになります。ところが、患者さんの多くはすでに70代を超えているため、「息苦しさは年のせい」と考えてしまい、病気であることを認識できないのです。
一度失われた肺の機能は、治療を受けても元に戻ることはありません。そのため、COPDの治療は、基本的に症状の緩和と進行の抑制を目的に行われます。「肺の機能は戻らない」という厳しい現実があるからこそ、COPDは早期発見が重要なのです。
COPDの治療において何よりも大切なのが禁煙です。肺の機能が一度低下しても、禁煙すればその後の肺機能の低下速度は非喫煙者と同程度になるといわれています。COPDと診断された時は、医療機関で禁煙治療を受けながら、完全な禁煙を目指しましょう。
COPDが進行して息切れが深刻になった患者さんには在宅酸素療法が導入されますが、通常の治療には気管支を拡げる作用のある気管支拡張薬が使用されます。吸入法や使用時期、管理のしかたなどを誤る患者さんが少なくありません。十分な薬効を得られるように、治療薬は主治医の指導を受けながら正しく使いましょう。
進行したCOPDの治療でカギとなるのは、いかにして症状の増悪を防ぐかです。増悪とは、息切れや呼吸困難などの症状が悪化し、従来の治療では改善が期待できない状態のことをいいます。
COPDの患者さんは増悪を繰り返すことが多く、さらにCOPDは増悪を重ねるたびに進行していきます。増悪が起こる原因には不明な部分もありますが、多くはカゼやインフルエンザなどの感染症がきっかけで起こります。
COPDの増悪を防ぐには、毎日の小さな心がけをきちんと守ることです。手洗いやうがいを実践し、増悪を防ぐワクチンの接種は積極的に受けるようにしてください。また、細菌やウイルスに負けない体力をつけるため、栄養が十分でバランスの取れた食事をとりながら運動を習慣づけましょう。
とはいうものの、COPDが進行した患者さんにとって、食事と運動は行うだけで息切れを起こしてしまう苦しい行為です。「息切れが起こる」「体を動かすのがつらい」といって、多くの患者さんは体を動かさなくなってしまいます。すると、体力がますます低下して、全身で酸素を消費する効率が悪くなったり、肺を動かす体力がなくなったりして、息切れがより深刻になってしまうのです。このような「COPDの悪循環」によって体力と免疫力が低下すると、感染症にかかる危険度も高まります。
私はCOPDの患者さんには、「無理のない範囲で積極的に動きましょう」とよくお伝えしています。運動というと実践するハードルが高く感じるかもしれませんが、まずは日常生活において家事をしっかり行うことから始めるのがいいでしょう。
COPDは、早期発見をして正しく治療を受ければ進行を遅らせることが十分可能です。治療の中心となるのは、禁煙・食事・運動など、患者さん自身で取り組める内容がほとんどです。
呼吸機能を維持することは、健康寿命はもちろん、毎日の生活の質(QOL)を考えるうえで極めて重要です。主治医をはじめ、リハビリテーションを担当する理学療法士といった専門家との信頼関係を保ちながら、前向きな気持ちで治療に取り組みましょう。