沈黙の臓器と呼ばれる肝臓は自覚症状なく障害が進み悪化すると肝硬変や肝がんに至る
肝臓治療の専門医である私には、日々の診療とともにライフワークとしていることがあります。それは「肝がん検診団」の団長としての活動です。主に北海道を中心とした各地での検診や講演活動を行い、肝がんの早期発見の重要性を呼びかけ、検診の受診率を上げることを目的としています。興味のある方は、ぜひ「肝がん検診団」のホームページをご覧ください。
胃の右上部に位置する肝臓は、体の中で最も大きな臓器です。解毒、栄養素の合成・代謝・貯蔵をはじめ、数百もの働きを担っています。
肝臓には、胃や腸で消化・吸収された食べ物の栄養素が血液によって運ばれてきます。肝臓はそれらの栄養素を分解・再合成した後、一部を貯蔵します。栄養素を代謝する際に生じた有害物質は、毒性の低い物質に作り替えられ、尿や胆汁といっしょに排泄されます。
肝臓は、再生する力が強いことでも知られています。損傷を受けても、ほかの臓器と比べて2倍の速さで再生する優れた臓器なのです。さらに肝臓には、一部の機能に障害が起こっても、残りの部分が補う代償機能があります。
私が肝がんの検診を強くおすすめする理由は、肝臓の高い再生能力と代償機能にあります。多少の損傷があっても自覚症状が出にくいため、肝臓病の早期発見を遅らせてしまうのです。自覚症状が出にくいことから「沈黙の臓器」といわれる肝臓は、機能が衰えると全身にさまざまな問題を生じます。最終的には、肝硬変や肝がんといった深刻な症状や病気も引き起こしてしまうのです。
肝機能障害の初期症状ともいえるのが、肝炎です。肝炎は、なんらかの原因によって肝臓で炎症が起こり、肝細胞が壊されている状態のことです。
肝炎はウイルスやアルコールによって起こり急増中の脂肪肝にも要注意
肝炎が長期化すると、肝細胞が壊れた部分が線維に置き換わる「線維化」が起こります。線維化が肝臓の広範囲に及んだ状態を「肝硬変」と呼び、肝硬変が進行すると肝がんに至ることもあります。
肝炎の多くはウイルスが原因で起こります。ウイルスには、A型、B型、C型、D型、E型などがあります。慢性肝炎の原因として日本で問題となっていたのが、C型とB型の肝炎ウイルスです。かつては、肝がんの約7割がC型肝炎によって起こるといわれていました。
C型肝炎ウイルスに感染しても、多くの人は自覚症状がありません。自覚症状がないまま肝硬変に進行する患者さんや、肝がんまで進んでも症状が現れない患者さんも少なくありません。慢性C型肝炎になると、ウイルスの感染から20~30年後に肝硬変へ移行し、肝がんを併発するようになります。
C型肝炎は治療法が確立されている病気の1つです。新しい抗ウイルス薬が登場した現在は、約99%の患者さんに完治が期待できるようになっています。
B型肝炎ウイルスは、乳幼児や透析患者さんなどの免疫機能の弱い人が感染すると肝炎が慢性化します。B型肝炎は、母子間による感染が主な経路でした。1986年にワクチンによる母子感染予防対策が取られてからは、出生時の感染がほぼ防げるようになっています。
肝臓に悪影響を与えるものとして、アルコールが挙げられます。体内に入ったアルコールは胃や腸から吸収された後、ほとんどが肝臓で処理されます。アルコールは、肝臓で代謝・分解されるときに肝細胞を傷つけてしまいます。大量のアルコールを長期間にわたって飲みつづけると、肝臓の炎症や線維化が起こります。
アルコール性肝疾患は、①肝機能に異常がある、②アルコール以外の原因による肝障害がない、③過度な飲酒が認められる、以上の条件を満たすことによって診断されます。1日60㌘以下の飲酒量で肝機能に異常が見られたら、アルコール以外の原因を疑いましょう。
アルコールが原因の肝臓病は、多くがアルコール性脂肪肝を経て、アルコール性肝炎、アルコール性肝硬変へと進行します。患者さんによっては、炎症を伴わずに線維化を起こすこともあります。
肝炎が進んで肝硬変になると食道静脈瘤や意識障害、腹水などの合併症を引き起こす
肝臓病を発症させるさまざまな原因がある中で現在、私が危険視しているのが「脂肪肝」です。偏った食生活や運動不足によって中性脂肪が肝臓に蓄積し、肝細胞の3割以上が脂肪化している状態を脂肪肝といいます。アルコールが原因で起こる脂肪肝もありますが、近年急増しているのが非アルコール性脂肪肝(NAFL)です。
かつては、肝臓専門医の多くが「脂肪肝では亡くならないから放っておいても問題ない」という認識でした。しかし、飽食の時代を迎えた現代社会では、過度な飲酒をせず、ウイルスや自己免疫疾患など肝障害を起こす原因がないにもかかわらず、肝硬変や肝がんと診断される患者さんが増えています。中でも、NAFLや非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の患者さんが急増しているのです。
NAFLとNASHは、あわせて非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と呼ばれています。NAFLDは、肥満に代表されるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)が原因で発症する肝疾患です。肥満や2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、高尿酸血症などを合併するほど発症リスクが高くなります。NAFLからNASHに進行する背景には酸化ストレス、インスリン抵抗性(高インスリン血症)、肝臓内の鉄の代謝異常などが関与していると考えられています。
さまざまな原因で引き起こされる肝疾患ですが、進行すると肝硬変を引き起こします。肝細胞の線維化が進んだ状態が肝硬変で、肝臓全体がゴツゴツして石のように硬くなり、小さくなります。再生能力が高い肝臓でも肝硬変まで進行すると治療を受けても改善が難しくなります。肝臓病は、肝炎の段階で進行を抑えることが理想的です。
肝硬変は血液検査と画像診断、組織検査によって診断されます。肝硬変は、「チャイルド・ピュー分類」を用いて重症度を調べます。肝硬変の病期は、初期~中期の「代償性肝硬変」と、末期の「非代償性肝硬変」に分けられます。
代償性肝硬変の段階では、線維化していない肝細胞が機能を補うため、自覚症状はほとんどありません。一方、非代償性肝硬変まで進行すると、肝機能の低下からさまざまな合併症が起こりやすくなります。黄疸や浮腫のほか、深刻なものとして、食道静脈瘤、意識障害(肝性脳症)、腹水の3つがあります。
NAFLの対策には減量が不可欠で私は糖質制限食で肝機能値が劇的に改善
自覚症状が出にくい肝臓の機能を守るには、定期的に病院で検査を受ることが大切です。会社や自治体などで受ける健康診断で分かる数値も多いので、肝臓の状態を知る手段として活用しましょう。肝機能に関する主な指標は以下になります。
● AST(=GOT、基準値は30以下)
● ALT(=GPT、基準値は30以下)
ともに酵素の一種で、肝臓に障害があると血液中で増加します。正確には肝臓の機能ではなく、肝細胞の傷害の有無を推定する数値です。ASTとALTは、肝機能が低下した際に必ず上昇するわけではありません。例えば、肝細胞が破壊しつくされた後ではそれほど増加しないため注意が必要です。
● 総ビリルビン(基準値は0.2~1.2)
ビリルビンとは、古くなった赤血球が破壊されるときにヘモグロビン(赤血球の中にあるたんぱく質)が代謝されて生成される黄色い色素です。
● γ‐GTP(基準値は50以下)
アルコールに敏感に反応して増減する特徴がある酵素です。数値に異常があれば、ASTやALTなどの数値と合わせて診断します。
● コリンエステラーゼ(基準値は男性が240~486、女性が201~421)
コリンエステラーゼの働きは脂質代謝にも関連しているため、栄養過多によって生じる非アルコール性脂肪肝になると数値が上がります。
● アルブミン(基準値は4.1~5.1)
肝細胞のみから作られ、血液中に含まれるたんぱくの約6割を占めるたんぱく質です。肝機能が低下すると、肝臓のアルブミンを作る能力も低下するため数値が下がります。慢性肝炎や初期の肝硬変ではあまり変動しませんが、肝硬変の進行に伴って数値が低下していきます。
肝臓の数値に問題がある場合は、まずはウイルスに感染しているかどうかを確認しましょう。原因がウイルスの場合は、適切な治療を受けてください。原因がウイルスでない場合は、生活習慣を改める必要があります。飲酒量に問題がある場合は、すぐに改善するようにしましょう。
NAFLの主な原因は肥満のため、まずは減量することが大切です。肥満が原因のNAFLの場合、体重を7%落とすことで改善することが分かっています。運動を日常に取り入れて筋肉量を減らしすぎないようにしながら、食事制限を行って脂肪を減らすようにしましょう。
私はかつて体重が128㌔もあり、肝臓専門医でありながらNAFLになってしまったことがあります。私がNAFLを改善したのは、〝にこたま療法〟に取り組んだからです。1日2回の食事の主食をタマゴ2個に置き換える食事療法です。
にこたま療法を実践した私は、6年間で体重が23㌔減り、ASTが47から21、γ‐GTPは、89から41になりました。患者さんにもおすすめしたところ、肝機能の改善例が続出しています。
NAFLは、長年の積み重ねで引き起こされます。長期的な視点で改善を目指していきましょう。にこたま療法はおすすめの減量方法ですが、継続することが大切です。自分に適した方法を模索してみてください。
■ 川西輝明先生が団長を務める「肝がん検診団」のホームページ