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治りにくい肝臓病・NASHの患者さんに希望の光! 亜鉛とセレンが有用と学会で発表

消化器内科

香川県立保健医療大学保健医療学部臨床検査学科教授 樋本 尚志

2022年10月に福岡市で開催された日本消化器病学会で、ある発表が注目を集めました。治りにくい肝臓病といわれる「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)」に関する新しい報告です。肝臓病の救世主となる可能性を秘めた新情報について、編集部が速報をお届けします!

セレン量と肝機能との関連について研究し、肝疾患におけるセレン研究者として注

[おかざき・ひろたけ]——2005年、日本医科大学卒業。医学博士。博慈会記念病院、同愛記念病院、日本医科大学千葉北総病院勤務を経て、2021年より現職。日本内科学会認定内科認定医・総合内科専門医、日本循環器学会認定循環器専門医、日本集中治療医学会認定集中治療専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医。日本内科学会、日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心不全学会、日本高血圧学会、日本動脈硬化学会などに所属。

私は肝臓病疾患、特にC型慢性肝炎における亜鉛とセレンの重要性に注目し、長年にわたって研究を続けてきました。その中で、血液中に存在するセレンの量によってインスリン抵抗性(インスリンの効きが悪くなる状態)が出現することを世界で初めて発見し、学術論文で発表しました。私の論文が『Nutrition(ニュートリション) Research(リサーチ)』という学術誌に掲載されたことをきっかけとして世界中の研究者がセレンと肝臓病の関係について研究に取り組みはじめ、さまざまな報告が寄せられるようになりました。

セレンと肝臓病に関する新しい見解を発表した私は、『Nutrients(ニユートリエンツ)』という栄養・治療分野において高い権威がある学術誌のゲストエディター(特任編集者)を任されるようになりました。世界中から投稿される学術論文を厳密に評価し、掲載に値するか否かを決定する重要な役割です。私は学会の発展、さらには医学の進歩のためにと思い、亜鉛やセレンと肝機能に関する学術論文を公正・公平な目で読みながら厳密に審査をしています。

2022年10月に、私は日本最大級の学会として知られるJDDW(日本消化器病学会学会週間)の国際ポスターセッションで、「亜鉛錯体(さくたい)と亜セレン酸ナトリウム配合剤の非アルコール性脂肪性肝炎(NASH(ナッシュ))治療に対する有用性」と題した発表を行いました。会場に集まった研究者を前に私が発表したのは、肝臓に脂肪が蓄積することで発症するNASHの状態のマウスを使った実験結果です。無治療群と比較して亜鉛の一種である亜鉛錯体(ポラプレジンク)とセレンの一種である亜セレン酸ナトリウムの配合剤を与えた群のマウスは、肝臓の炎症や線維化、さらに脂肪の沈着が有意に抑制されていたことを発表しました(グラフ①~③参照)。亜鉛錯体とセレン製剤の相乗作用の結果であると考えられます。

実験の詳細を解説する前に、まずは私が研究を続けている亜鉛とセレンについて、栄養学の視点で確認されていることをお話しします。亜鉛とセレンは、栄養素として私たちの体に欠かせない必須ミネラルです。必須ミネラルは骨などの体の組織を構成したり、体内の生理機能や代謝などの生命活動を維持したりする重要な役割を果たしています。

NASHの判定基準であるNAS。亜鉛錯体と亜セレン酸ナトリウムの配合剤を投与するとNASが有意に改善

必須ミネラルは体内で合成されないため、食物としてとる必要があります。カルシウム、リン、カリウム、硫黄、塩素、ナトリウム、マグネシウム、亜鉛、クロム、コバルト、セレン、鉄、銅、マンガン、モリブデン、ヨウ素の全16種類です。1日に必要とされる摂取量により、大きく2つに分類されます。

主要ミネラル(1日に必要な摂取量が100㍉㌘以上のミネラル)……カルシウム、リン、カリウム、硫黄、塩素、ナトリウム、マグネシウム

微量ミネラル(1日に必要な摂取量が100㍉㌘未満のミネラル)……亜鉛、クロム、コバルト、セレン、鉄、銅、マンガン、モリブデン、ヨウ素

亜鉛錯体と亜セレン酸ナトリウムの配合剤を投与すると肝臓内の中性脂肪量が有意に改善

主要・微量にかかわらず、ミネラルは過剰に摂取すると副作用を生じる場合がありますが、基本的には不足しないように積極的に補う必要があります。

亜鉛は微量ミネラルに分類されますが、全身のあらゆる器官や組織に必要不可欠な必須ミネラルです。体内に含まれる量こそ少ない微量栄養素ですが、千数百種あるといわれる酵素のうち、亜鉛は300種以上もの酵素の構造形成や維持に必要な成分です。代謝をはじめ、以下のような体のさまざまな機能を正常に保つうえで大切な役割を果たしています。

アルコールの代謝促進作用
DNAの複製作用
味覚の維持作用
皮膚・(つめ)・髪の健康維持作用
性機能の維持作用

厚生労働省が2020年に発表した日本人の食事摂取基準によると、現在の日本人がとっている亜鉛の1日の摂取量は、男性が8.9㍉㌘(推奨量は10㍉㌘)、女性が7.2㍉㌘(推奨量は8㍉㌘)。多くの人が推奨量に満たない状態です。亜鉛の慢性的な欠乏により、体内で人体にとって有害な活性酸素が過剰に産生されると、自覚症状のないまま肝臓で炎症が起こり、肝機能が低下することがあります。

NASHになると肝細胞が風船の様に膨らむ。亜鉛錯体と亜セレン酸ナトリウムの配合剤を投与すると肝細胞の膨らみが有意に改善

セレンについては未解明な部分が多かったものの、近年になって優れた抗酸化作用があることが分かり、必須ミネラルの一つと認識されるようになりました。セレンは、活性酸素の一種である過酸化水素を水と酸素に分解する際に必要な「グルタチオンペルオキシダーゼ」という酵素の活性化に欠かせないミネラルです。

一般的な抗酸化物質といえば、食事からとるビタミンCやビタミンE、体内で作られるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)といった物質が挙げられますが、同様に亜鉛とセレンも体を活性酸素から守る重要な役割を担っています。活性酸素の影響から体を守るためにも、不足しがちな亜鉛とセレンの補充が大切と考えられます。

亜鉛と同じように、セレンも先に挙げた食事摂取基準によって推奨される1日の摂取量が決められています。セレンを適量とることで、体の代謝が正常に働くようになり、健康維持や病気の予防につながると考えています。

ウイルス性肝炎の治療が進化する一方で認可されたNASHの治療薬は一つもない

私はこれまで、C型慢性肝炎やNASHの患者さんの血液中に含まれる亜鉛やセレンの濃度に関する研究を重ねてきました。その結果、「肝臓病の患者さんこそ、亜鉛とセレンが重要」という揺るぎない結論に達しています。肝臓の炎症や線維化を抑制し、肝機能の維持を図るために、亜鉛とセレンは欠かせない栄養素といっても過言ではありません。

肝臓で炎症が起こると、抗酸化作用に優れた亜鉛とセレンが大量に消費され、欠乏していきます。その結果、肝臓は慢性的な炎症が続き、一段と肝機能の低下を引き起こしてしまうのです。

肝炎ウイルスが原因で発症した肝炎は、治療法の進歩によって治る病気になりつつあります。実際に、C型肝炎ウイルスの治療薬はウイルス除去率が90%以上です。ひと昔と比べて、C型肝炎の患者さんは劇的に減少しています。B型肝炎ウイルスの治療薬も、肝硬変や肝がん化を抑える効果が確認されています。

肝炎ウイルスで起こる肝臓病の治療が進歩を遂げる一方で、世界中で問題になっているのが〝治りにくい〟肝臓病といえる「NASH」です。飲酒歴のない脂肪肝は、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD(ナッフルディー))と呼ばれます。NAFLDは単なる脂肪肝(NAFL(ナッフル))と脂肪肝に加えて炎症や線維化を伴うNASHに分類されます。NASHは肝硬変に悪化し、やがては肝がんにまで進展することがあります(図④参照)。NASHは糖尿病や肥満をしばしば合併して、日本における推定患者数は370万人以上、脂肪肝患者は2270万人にのぼると推定されています。

非アルコール性脂肪肝(NAFL)のうち、肝硬変や肝がんに進展するタイプを非アルコール性脂肪肝炎(NASH)という。心臓病や脳血管疾患の増加も報告されているため注意が必要な肝臓病として注目が集まっている

肝臓は「沈黙の臓器」といわれます。肝炎を発症しても自覚症状がないまま時がたち、気づいたら深刻な程度まで悪化している場合が少なくありません。そのため、NASHと診断される前の脂肪肝の段階で適切な対処をすることが最善といえます。

現在、世界中の研究者と製薬企業が、NASHに対する有効性がある治療薬の開発を進めています。しかしながら、現在まで認可された治療薬は一つもありません。NASHは肝硬変や肝がんというリスクを伴うにもかかわらず、その危険性があまりにも認識されていません。NASHの治療としては、肝臓に過度に蓄積した脂肪(中性脂肪)を減少させてエネルギーに変換し、さらに肝臓の線維化を抑制することで一定の改善が見られると考えています。

亜鉛錯体とセレンの配合剤を用いた研究でNASH改善が確認され、治療薬として期待

先に挙げた亜鉛錯体に精通されている元(あさひ)(かわ)医科大学医学部准教授・河野(こうの)(とおる)先生が行った研究では、亜鉛錯体とセレンの一種類である亜セレン酸ナトリウムの配合剤によってNASHが改善したと報告しています。

NASHの重症度は、NAS(NAFLD Activity score)という指標で判定されます。指標の数値は8点満点で、5点以上がNASH、3点以上5点未満がNASHとNAFL(非NASH)の混在型、3点未満がNAFLを示します。河野先生が行った研究では、無治療群のNASが5.62とNASHに該当する数値を示したのに対し、亜鉛錯体と亜セレン酸ナトリウムの配合剤を使った群の数値は1.77でした。この研究によって、亜鉛錯体とセレンがNASHの改善に作用することが確認されたのです。

私どもの共同研究者である河野先生の報告では、亜鉛錯体と亜セレン酸ナトリウムをそれぞれ単独で用いたてもその効果は不十分でした。この結果からも、亜鉛錯体と亜セレン酸ナトリウムの配合剤が、NASHの治療に相乗的に働くと考えられます。亜鉛錯体と亜セレン酸ナトリウムを適切にとることで、NASHの改善が期待でき、ひいては肝硬変や肝がんの抑制にもつながる可能性があると考えられるのです。

河野先生が発表された研究の中で、亜鉛とセレンなどを配合した健康食品(ジンクレンの粒)も、先の配合剤と同じように肝機能に関する有用性が確認されています。従って、健康食品(ジンクレンの粒)を利用することによってNASHを改善する可能性があります。

カキやシジミのような貝類は亜鉛を多く含みますが、鉄も多く含むので肝機能の悪化に注意しなければなりません。肝機能を守るうえで、鉄摂取制限の必要性を日本鉄バイオサイエンス学会が呼びかけています。亜鉛、セレンのほかに鉄を含んだ健康食品の使用には注意が必要と考えられます。

なお、今後も私は微量ミネラルの摂取とNASHを始めとする肝臓病疾患の改善と関連について研究を続けていくつもりです。さらに多くの研究者が、肝臓病と微量ミネラルの研究に注目していただけることを期待しています。私どもの研究によって肝臓病の治療が益々進歩し、肝臓病に悩む多くの患者さんたちの福音(ふくいん)になることを望んでいます。