エピテみやび株式会社 代表取締役社長 田村 雅美さん
長い人生の中には、信じがたい衝撃を受けたことがきっかけとなり、自分の天職といえる仕事に出合う瞬間があります。歯科技工士として腕を磨いていた田村雅美さんは、アメリカの病院で見た兵士の姿から、生涯を懸けることになるエピテーゼと出合いました。
エピテーゼは失われた体の一部を人工パーツで補う技術
「先天的に体の一部が欠けていたり、事故や病気によって指や乳房を失ったりした人が抱える心の傷は、外見の傷や形以上に深いものがあるんです」
そう話すのは、エピテみやび代表の田村雅美さん。田村さんは、シリコンを使って外見を修復する「エピテーゼ」という技術を駆使しながら、一人ひとりの要望に合わせた人工ボディや人工パーツをオーダーメイドで造るサービスを展開しています。
「〝見た目の印象〟という表現があるように、見た目は私たちが生きていく中でとても重要な情報といえます。自分がどのように見られるかで、人生が決まってしまうこともあるほどです」
体の部位の形が異なる悩みを抱えている人は多く、エピテーゼは、そうした人たちにとって貴重なメンタルケアにもなると田村さんは話します。
「エピテーゼの仕事を始めるまでは、この技術を必要としている人がこんなに多いとは思いませんでした。考えてみれば、体の悩み、それも失った部位の話は気軽に相談できるものではありません。人知れず心に秘めて悩みつづけている人が多くいるんです」
田村さんがエピテみやびを開業したのは2017年のこと。もともと田村さんは、歯科技工士として14年のキャリアを重ねていました。
「幼い頃から手先が器用で、ものを作ることが好きでした。高校生のとき、身につけた技術を生かして独立できる歯科技工士の道を選びました。歯科技工士の仕事は、がんばるほど成果が返ってくる手ごたえがあり、やりがいを感じていました」
がんばり屋の性格から、スキル磨きに没頭しすぎて体調をくずし、休職せざるをえなくなったという田村さん。休職中に専門学校時代の恩師に今後のことを相談したところ、アメリカのロサンゼルスで働く歯科技工士の仕事を紹介され、2005年に単身で渡米したのです。
ロサンゼルスに着いた田村さんはまず、採用された企業の社内研修の一貫として近くの大学病院を訪問。そこで田村さんは、後の人生に影響する重大な気づきを得たと振り返ります。
「当時のアメリカには、戦地から戻ってきた多くの兵士がいました。私が訪問した大学病院にも戦争で傷を負った兵士が多くいて、治療を受けていました。兵士をよく見ると、戦禍によって片腕や片足を失っている人でいっぱいでした。特に私が驚いたのは、顔面の半分を失った兵士を見たときでした。顔の左半分がなく、目や鼻、耳、ほおもありません。驚いていた私をさらに驚かせたのが、エピテーゼの技術でした。その兵士は顔の左半分のマスクを精巧に作っていて、マスクをかぶせたとたんに兵士の顔がピッタリと整ったのです。すさまじい衝撃でした。体の機能だけでなく、見た目の印象がいかにメンタルに影響するかを、この社内研修で学びました」
歯科技工士としてアメリカで充実したキャリアを積み重ねた田村さんは、2年後に帰国して歯科医院に就職。通常、歯科技工士は患者さんの意見や要望を直接聞くことはありませんが、田村さんは、あえて患者さんと直接話せる職場を選んだといいます。
「口元の美しさはとても繊細で、見た目を語るうえでとても重要な部位です。わずか1㍉違うだけでも、見た目のイメージが変わってしまいます。歯を少し内側に入れるだけで柔らかい印象の表情になったり、歯の角をちょっと丸くしたりするだけで第一印象がグンとよくなるんです。歯科医院では、ほんの少しの違いで見た目の印象が大きく変わることを、多くの方に知っていただけたと思います」
「人生が前向きになった」というお客様からの声がやりがいになっています
10年ほど歯科技工士の仕事を続けた2017年、田村さんは日本国内でもエピテーゼを学べることを知りました。エピテーゼを知った当時は、アメリカでしか使えない技術だと思っていた田村さんは、日本でも学べることを知り、すぐに習得を決意。いざ勉強を始めると、持ち前の職人魂に火がついて、「もっとリアルに作りたい!」と、どんどん習得に没頭していったそうです。もともと手先が器用なうえ、歯科技工士としてのキャリアを重ねていた田村さん。エピテーゼの人工ボディを習得するための時間はそれほど長くかからなかったといいます。
完成した人工ボディを友人に見せたところ、思いもよらない反応が返ってきたそうです。
「友人には『見て見て~』と、軽い気持ちで見せたのですが、実はその友人は乳がんの手術を受けて乳房を切除していたんです。彼女は乳房を失って自尊心を失ったことや、好きな温泉に行けずに落ち込んだことなど、体の一部を失った人ならではの心境を打ち明けてくれました」
現在、乳がんの治療で乳房を切除した場合、乳房再建手術という選択肢があります。乳房の再建手術は優れた治療法であるものの、乳房を切除したすべての女性が受けられるものではないことはあまり知られていません。乳房再建手術は乳がんの再発リスクがないことが確認されないと受けられず、手術は自分の皮膚の一部を移植して行うため、移植した部分に引きつれができやすくなります。さらに、乳房再建手術を行うとマンモグラフィー検査が受けられなくなる欠点もあることから、乳房再建手術に至らない人も多いのです。
田村さんは、友人のために乳房を造ることにしました。エピテーゼの乳房は、かつて流行した「ヌーブラ」のように、皮膚のように柔らかいシリコン素材を使って造られます。
「シリコンは人体と同じ柔らかさを再現できるだけでなく、緻密に線を描いたり、微妙な色のニュアンスを出したりすることもできるので、本物のような自然な仕上がりになります。取り外しも簡単で、皮膚にペタッとつけるだけです。何度でもつけ外しができ、つけたまま温泉に入ることもできます。水洗いをすれば、形も色もそのままに保管ができます」
完成したエピテーゼの乳房を渡した後、友人からの励ましを受けた田村さんは「身につけた技術で多くの方の人生を前向きにしたい」と考えて起業を決意。会社名は、エピテーゼの一部と、名前の一文字である「雅」を組み合わせて「エピテみやび」としました。
女性起業チャレンジ制度グランプリなど、これまで多くのビジネスコンテストや起業アワードを受賞している田村さん。多くの人工ボディを作った中で何よりもうれしい瞬間は、お客さんから喜びの声が届いたときと話します。
「印象的なお客さんの一人に、交通事故で右手の人さし指を失った20代の美容師さんがいます。彼女が初めて私のところに来たときは感情がなく、暗い顔をしていました。私がエピテーゼの指の見本を見せて、『指にはめてみたら?』と促した瞬間、彼女の表情が変わったんです」
エピテーゼによって右手の人さし指を取り戻した女性は、見事に美容師の国家試験に合格。現在も田村さんが作ったエピテーゼの人さし指をつけながら、美容師として活躍しています。
ほかにも、周囲の目を気にすることなく温泉に入れるようになった喜びを手紙につづってくれた人など、エピテーゼによって人生が前向きになった人たちの声を聞くのが何よりもうれしいと田村さんは話します。
「エピテーゼは治療ではなく〝外見を整える〟ものなので、健康保険は適用されません。部位にもよりますが、30~40万円が主な価格帯です。事業として運営している以上、経済的な成功も大切ですが、まずはエピテーゼを必要とする人たちのために広めたいと思います」