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神経障害の進行を止め人工透析を回避! 放置すると白内障・網膜症、腎症も招いて 手術に伴う感染症も心配

糖尿病・腎臓内科
順天堂大学医学部先任准教授 佐藤博亮

日本人の5人に1人が糖尿病とその予備群でインスリンの分泌障害や効きの悪さから発症

[さとう・ひろあき]——1963年生まれ。1992年、秋田大学医学部卒業後、東京大学大学院医学系研究科修了。医学博士。東京大学医学部附属病院、さいたま赤十字病院勤務後、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校研究員、福島県立医科大学講師、准教授を経て、2016年より順天堂大学医学部代謝内分泌学講座先任准教授。日本内科学会総合内科専門医、日本内分泌学会内分泌代謝科専門医、日本糖尿病学会認定専門医。

厚生労働省の発表によると、糖尿病の患者数は1000万人と推計され、1997年以降、増加傾向にあります。糖尿病の1歩手前の糖尿病予備群も1000万人いると推計されています。合計すると日本人の5人に1人が糖尿病といえるのです。

糖尿病かどうかを調べる指標の1つに空腹時血糖値があります。日本糖尿病学会が定めた基準によると、126㍉㌘以上の場合、糖尿病の可能性があります。もう1つの指標として、過去1~2ヵ月間の血糖値の平均を示すヘモグロビンA1cがあり、6.5%以上になると糖尿病の可能性があります。

現在、糖尿病は日本の国民病といわれ、大きな問題となっています。膵臓から分泌されるホルモンであるインスリンの分泌量が減少したり(インスリン分泌障害)、インスリンの分泌量は十分でもインスリンの効きが悪くなったり(インスリン抵抗性)して、慢性的に高血糖の状態になる生活習慣病です。

インスリンは、血液中のブドウ糖を全身の細胞や筋肉、肝臓に取り込むための橋渡し役を担っています。糖尿病になると、体はブドウ糖を取り込めなくなり、生命活動にも支障が出てしまいます。

血糖値を上げるホルモンはいくつかありますが、血糖値を下げる作用を持つホルモンはインスリンだけです。しかも日本人は、欧米人と比べてインスリンの分泌量が少ないことも分かっています。

糖尿病は自覚症状がなく進行し全身の血管や神経が障害され合併症が次々と起こる

糖尿病で起こる合併症

糖尿病の自覚症状としてよく挙げられるのは、口渇(のどの渇き)、多飲(よく水を飲む)、多尿(よくトイレに行く)などです。血糖値が高くなると血液の濃度の変化から尿が増える「浸透圧利尿」という現象によって多尿になります。多尿によって脱水の状態になりやすくなるため、のどが渇きやすくなり、よく水を飲むようになります。しかし、これらの症状は慢性的になると意識しにくくなります。

糖尿病は自覚症状が乏しいまま進行していくのが特徴で、診断されたときはすでにインスリンの働きが半分程度まで低下していたり、合併症が進行したりすることも珍しくありません。糖尿病、または予備群と診断された人は、進行を防ぐための食事療法を実践して、インスリンの働きがさらに低下しないように注意しなくてはいけません。

自覚症状が現れにくい糖尿病は危機意識が高まりにくく、必要に迫られないせいか、診断されても治療を受けない人が少なくありません。高血糖の状態を放置していると、糖尿病がますます悪化して、合併症を引き起こしてしまうのです。糖尿病の恐ろしさは、この合併症にあります。

糖尿病の合併症をひと言でいえば、血管の病気です。血管は、血液を通じて全身の細胞に酸素や栄養を運ぶ重要な役割を果たしています。インスリンが正常に働かなくなって細胞に取り込まれなくなったブドウ糖は、血液中にたまるようになり、血管が〝砂糖漬け〟のような状態になってしまうのです。

砂糖漬けの状態になった血管は老化が進んで傷つきやすくなっています。動脈硬化が加速して血流が滞ると、体のさまざまな臓器や組織に障害が生じる糖尿病合併症が起こってしまうのです。

糖尿病の合併症は、大きく2つに分けられます。細い血管に障害が起こって生じる「細小血管症」と、太い血管の動脈硬化が原因で起こる「大血管症」です。糖尿病になると、比較的早期に細い血管の機能が失われます。細小血管症の中でも、「糖尿病神経障害」「糖尿病網膜症」「糖尿病腎症」を糖尿病の3大合併症と呼びます。

3大合併症の中で、比較的初期に起こるのが、神経障害です。早い人は糖尿病の発症から、5年ほどで現れます。

神経障害は初期症状のしびれを放置すると壊疽に移行し最悪の場合、足の切断に至る

厚生労働省の発表によると、糖尿病の患者数は、1997年から増加。2016年には約1000万人と推計され、糖尿病予備群の約1000万人も含めると、日本人のおよそ5人に1人が糖尿病と考えられている

神経障害が起こる原因として、高血糖によって神経細胞にソルビトールという不要な物質が蓄積され、神経が傷つけられることが挙げられます。さらに、動脈硬化が進んで末梢の神経細胞に酸素や栄養が行き渡らなくなることも原因の1つと考えられています。

神経障害の主な症状は、足の指先や足裏のしびれ、湿った靴下をはいているような違和感などです。足が冷えたり、逆に熱くなったりすることもあります。足に神経障害の症状が出る場合、片方だけというのはまれで、一般的には両足に起こります。

神経障害の症状として、坐骨神経痛や肋間神経痛が起こることもあります。さらに症状が進むと、神経がまったく機能しなくなり、くぎを踏んでも分からないほど感覚がなくなってしまいます。

糖尿病神経障害の進行度

糖尿病によって障害を受ける主な神経は次の3つです。

● 運動神経
筋肉を動かすさいに必要な神経です。糖尿病によって機能が低下すると、手足が動かしにくくなります。進行すると、筋肉の萎縮が起こります。

● 自律神経
循環器、消化器、呼吸器などの活動を調整するために、24時間働きつづけている神経です。自律神経が糖尿病によって傷つけられると、起立性低血圧(立ちくらみ)や便秘、下痢、排尿障害、勃起障害などが起こります。さらに、食物が長く胃に残るなどの問題が生じるほか、血糖値がより不安定になります。

● 感覚神経
知覚神経ともいい、5感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)のすべてを脳に伝達する神経です。感覚神経に障害が起こると、痛みや熱さに対する感覚が鈍くなります。進行するとケガをしても痛みを感じなくなり、気がつかなくなって放置しがちになるのです。さらに、インスリンの働きが低下し、動脈硬化で血流が悪くなっているため、細胞の回復能力が衰えて傷が治りにくくなります。糖尿病患者さんの場合、足先にできた傷口が悪化して壊疽に至ることが少なくありません。

壊疽とは、血流の悪化で酸素や栄養が行き渡らなくなったり、細菌に感染したりして細胞が壊死を起こした結果、組織が腐敗した状態をいいます。足の広い面積で壊疽が起こると、最悪の場合、足を切断しなければならなくなります。壊疽による足の切断は珍しい話ではなく、毎年約3000人の糖尿病患者さんが神経障害による壊疽で足を失っています。

糖尿病網膜症は失明原因の第2位で腎症による腎機能低下が進むと透析の危険大

神経障害に加えて、糖尿病によって起こりやすい疾患が眼病です。3大合併症の1つである糖尿病網膜症は、目の網膜にある細い血管が傷ついて起こる眼科疾患です。

高血糖によって網膜の細い血管が詰まったり、変形したりすると、目に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなります。目に栄養や酸素を届けるために急造される新生血管はもろくて切れやすく、出血しやすいのです。新生血管から漏れた血液や血の塊が網膜や硝子体、黄斑部に広がると細胞が壊死し、視力低下を招いて最悪の場合は失明に至るのです。

2006年の段階で、日本の失明者数は31万人以上に上ります。糖尿病網膜症は失明原因の第2位で、15.6%を占めているのです。さらに、糖尿病の患者さんは健康な人に比べて五倍も白内障を発症しやすいといわれています。

神経障害、網膜症に続く、3つ目の合併症が糖尿病腎症です。腎臓は細い血管の塊ともいえる臓器で、糖尿病の合併症が起こりやすいのです。腎臓が障害を受けると、血液を十分にろ過できなくなります。糖尿病腎症が進行すると人工透析が必要になります。人工透析を受ける患者さんの4割は糖尿病が原因で、その数は12万人に上ります。

糖尿病が進むと3大合併症のみならず、感染症も起こしやすくなります。私たち人間は、細菌などの外敵から体を守るために、免疫という機能を備えています。その主役が、血液成分の1つである白血球です。糖尿病の患者さんは白血球の働きが鈍くなることが分かっています。高血糖の状態が続くと、免疫力が低下し、感染症の危険度が高まってしまうのです。

免疫力が低下すると、病気になりやすいだけでなく、外科手術も難しくなります。血糖コントロールができていない糖尿病の患者さんが手術を受けるさいは、感染症を防ぐために抗菌剤を投与されることがありますが、手術自体が受けられない場合も少なくないのです。

糖尿病の合併症は、数年から10数年かけてゆっくり進行していきます。比較的初期に発症する神経障害の段階で糖尿病の進行を抑えれば、腎症の発症や人工透析の導入を防ぐことも可能です。糖尿病の患者さんは担当医と相談しながら適切な治療を進めるようにしましょう。