筑波大学名誉教授 細川 淳一
健康寿命の維持には自分の力で「動ける」「食べる」ことが大切で下半身の強化が重要

私が専門としている健康科学とは、「心身ともに長寿をまっとうする方法を、衣・食・住をはじめとするすべての環境から科学的に分析する学問」と定義されます。中でも「健康寿命」(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)を延ばすための研究を、公的機関や民間企業とともに続けています。
厚生労働省が2019年に発表した調査結果をもとに男女の健康寿命を数値化したところ、男性が8.79年、女性は12.19年にわたり、介助や介護が必要な時間を過ごしていることが分かりました。
健康寿命を延ばすための大きなヒントとなるのが、野生動物の世界です。サバンナに住む野生動物は、傷を負って動けず、食べられなくなると死を迎えます。つまり、自分の力で「動けること」「食べられること」ことが、健康寿命を延ばすためのカギといえます。体の部位でいえば、下半身(動)と口腔(食)にあたるでしょう。
口腔環境の重要性は別の機会にするとして、今回は、健康寿命を延ばす「動」の要といえる下半身の健康について解説します。具体的には、健康寿命を延ばすには、①骨、②軟骨、③筋肉の三つの衰えを防ぐことが大切です。それぞれの理由を、最新のデータから解説しましょう。
①骨
私たちの全身を支える骨は、活動するうえで欠かせない存在です。加齢による骨の老化や外部的な圧力によって骨が折れたりつぶれたりすると、体を支えることが困難になります。

骨は「骨代謝」と呼ばれる新陳代謝によって古い骨が壊され、新しい骨が作られています。しかしながら、加齢に伴って新しい骨を作る「骨形成」の力が弱くなっていきます。骨の強度が若い頃の7割程度になると骨粗鬆症と呼ばれ、転倒などによって骨折する危険度が高まります。女性は中高年以降、ホルモンの影響によって男性より骨がもろくなる傾向があります。高齢の女性に起こりやすいのが、骨の質が低下して重力に耐えられずにつぶれていく圧迫骨折です。
高齢者が注意すべきなのが、股関節の一部である「大腿骨頭」です。股関節は、大腿骨の先端にある球状の大腿骨頭と、受け皿となるわん状の臼蓋から構成されています。大腿骨頭は、加齢に伴って骨折しやすい部位です。
股関節の骨折やひざ軟骨の摩耗は運動機能低下の元凶で寝たきりを招く危険大
大腿骨頭の骨折を避けるべき理由は、骨折した後にそのまま寝たきりになってしまう人が多いことです。2019年に厚生労働省が発表した『国民生活基礎調査』によると、「骨折・転倒」は、認知症・脳血管疾患・衰弱に次いで要介護になった原因の第4位となっています。また、東京都健康長寿医療センターが発表しているデータによると、大腿骨頭を骨折した高齢者のうち、1年以内に男性31%、女性32%が亡くなっています。1~2年後の死亡率は男性が18%、女性が17%です。つまり、男女ともに骨折後の2年以内で約半数が亡くなっているのです。死因は心疾患を筆頭に、肺炎や脳血管障害、がんなどです。大腿骨頭の骨折後に不調を招く背景としては、筋力や体力の低下に伴う全身症状の衰えや血流の悪化に伴う循環器障害、寝たきりに伴う精神面の落ち込みなど、複合的な原因によって心身の衰えが加速すると考えられます。
②軟骨
加齢に伴って衰えるのは骨だけではありません。特にひざ関節の表面を覆ってクッションの役割を果たしている「軟骨」が摩耗によってすり減っていきます。その結果、変形性ひざ関節症などによってロコモティブシンドローム(運動器症候群)が起こり、多くの人が慢性的な痛みや運動障害に悩まされるようになるのです。
一昨年からのコロナ禍は、私たちの生活を大きく変えました。感染予防の観点から多くの高齢者が外出控えをし、通院の自粛も見受けられました。下半身の健康は、動くことで機能の維持が図られます。コロナ禍の自粛生活によって下半身の運動習慣が失われたことは、高齢者の骨や軟骨、筋肉の衰えを促進させてしまったといえるでしょう。高齢者の場合、ひとたび運動機能を失うと回復させるのは困難を極めます。その結果、股関節やひざの痛みがひどくなり、ますます痛みの悪循環が生まれてしまうのです。
③筋肉
厚生労働省によると、高齢になるに従い、多くの人は筋肉量が減少する老化現象が生じます。いわゆるサルコペニア現象です。筋肉量の減少に伴って起こるさまざまな機能の低下は、健康寿命と深い関係があるとされています。サルコペニアの予防と適切な対策こそが大切なのです。

東京都健康長寿医療センターの研究結果をもとに作成
特に、下半身の筋肉量は健康寿命と密接な関係があります。70~80代を対象に、歩く速度と十年後の生存率の関係を調査した研究があります。一般的な速さで歩けるグループと、速く歩くことができないグループの健康状態を比較したところ、十年後の生存率に約3倍もの違いがあったのです。この結果は、筋肉量が多く、痛みがない健康的な下半身を維持している人ほど健康寿命が長いことを示しています。
私自身も健康診断の検査を受けるために入院した際、数日間にもかかわらず、退院後から下半身の衰えを実感した経験があります。その際に筋力の回復を目的に実践したのが「自転車こぎ」です。ゆっくりとした速度でペダルをこぐ運動は、中高年世代にとって無理なくできる有酸素運動の一つです。下半身には全身に占める約7割の筋肉があるとされています。中でも太ももの裏側の筋肉(ハムストリングス)は、加齢に伴って衰えやすい筋肉の一つですが、ふくらはぎとともに、血液を心臓まで押し戻すポンプの役割も担っています。自転車こぎやウォーキングによって下半身の筋肉を強化することは、循環器の健康維持にもつながるでしょう。