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変形性股関節症の患者は女性が男性より8倍も多く患者の3分の2が尿失禁を経験

整形外科

なか整形外科京都北野本院院長 田巻 達也

変形性股関節症は尿失禁の悪化要因で腹圧性・切迫性尿失禁が多いと調査で判明

[たまき・たつや]——2004年、三重大学医学部医学科卒業。医学博士。船橋整形外科病院人工関節センターを経て、2021年より現職。日本整形外科学会認定専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター。

変形性股関節(へんけいせいこかんせつ)(しょう)は、股関節の痛みや機能障害の原因となる代表的な疾患です。患者数は120万~510万人に上り、女性が男性の8倍も多いといわれています。症状が進むと痛みが強くなり、日常生活ではしゃがみ込みや正座が難しくなったり、靴下がはきにくくなったりします。また、長時間の歩行や階段の上り下りが困難になり、生活の質(QOL)が低下します。

尿失禁(尿もれ)も生活の質を低下させる代表的な疾患であり、年齢とともに症状を持つ患者さんが多くなります。変形性股関節症と尿失禁の共通点は中高年の女性に多い傾向があり、意外に思われるかもしれませんが、両方でお困りの患者さんは少なくありません。

2021年に行われた川崎医科(かわさきいか)大学附属病院リハビリテーションセンターの調査では、末期変形性股関節症の女性患者さんにおける尿失禁の有症率は65.8%、骨盤臓器脱(こつばんぞうきだつ)膀胱(ぼうこう)・子宮・直腸・(ちつ)などが膣口から体外に出てしまう状態)の有症率は63.2%と報告されています。尿失禁の原因は多岐にわたりますが、変形性股関節症が尿失禁の症状をさらに悪化させている可能性があるのです。

尿失禁とは、自分の意思とは関係なく尿がもれてしまうことです。40歳以上の女性の4割以上が尿失禁を経験していて、悩んでいるものの恥ずかしさから我慢しているケースが少なくありません。

尿失禁は「腹圧性尿失禁」「切迫性尿失禁」「(いつ)(りゅう)性尿失禁」「機能性尿失禁」の4つに大別されます。女性の場合は、腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁が多いといわれています。腹圧性尿失禁は、重い荷物を持ち上げた時や走ったりジャンプしたりした時、セキやくしゃみをした時など、おなかに力が入った時に尿がもれてしまうことをいいます。切迫性尿失禁は、急に尿意をもよおし(尿意切迫感)、我慢できずにもらしてしまうことをいいます。

私は股関節の治療を行う中で、股関節の手術を受けることで手術前に悩んでいた尿失禁が改善したと喜ばれる患者さんの声を何度か聞くことがありました。そこで、当時所属していた病院で()尿(にょう)()科の医師と協力し、人工股関節置換術を受けた女性の患者さんの尿失禁について調査しました。

調査の結果、189人の変形性股関節症の患者さん(女性、平均年齢は64歳)のうち、81人(43%)が尿失禁を訴えていることが判明。ほとんどの患者さんの尿失禁はセキやくしゃみをした時やトイレに行く前に起こっていたため、腹圧性尿失禁や切迫性尿失禁、両方が混在した混合性尿失禁が多かったといえます。その81人の変形性股関節症の患者さんが人工股関節置換術を受けたところ、52人(64%)の尿失禁の症状が改善したのです。また、別の調査では、50人の変形性股関節症の患者さん(女性、平均年齢は62.9歳)が人工股関節置換術を受けた結果、36人(72%)の尿失禁の症状が改善しました。

尿失禁の程度は患者さんによって異なるものの、人工股関節置換術後に尿失禁の症状が改善する方がいることが分かりました。正確なしくみはまだ解明できていませんが、仮説として「股関節の可動域の改善」が考えられます。可動域は動かすことができる範囲のことで、人工股関節置換術によって改善が期待できます。

人工股関節置換術後の股関節の可動域の改善・筋肉の温存によって尿失禁が改善

変形性股関節症の場合、股関節の可動域が制限されて股関節を内側にひねる「内旋(ないせん)」や外側にひねる「外旋(がいせん)」が困難になり、尿を我慢するような姿勢が取りにくくなります。人工股関節置換術によって可動域が改善し、内旋や外旋がしやすくなって尿を我慢するような姿勢が取りやすくなります。骨盤底には、内閉鎖筋(ないへいさきん)という股関節の内旋や外旋を調節する大きな筋肉があります。股関節の内旋や外旋の動作は、内閉鎖筋を介して、骨盤底の緊張に影響を与えるのではないかと考えています。

人工股関節置換術にはいくつかの手術方法があります。内閉鎖筋を含めた筋肉を温存する手術方法(前方進入法)と、これらの筋肉を切離する手術方法(後方進入法)を比較した調査では、前方進入法による人工股関節置換術を受けた患者さんのほうが、尿失禁の改善率が高かったという報告もあります。手術によってどれだけ股関節周囲の筋肉が温存されるかも、尿失禁に関わる重要な要素と考えています。

尿失禁の発症にはさまざまな要因が関わっており、単純に股関節が悪くなったから尿がもれてしまうというわけではありません。ただ、尿失禁に悩む患者さんの中には、股関節が悪いために症状をさらに悪化させてしまっている人もいるかもしれません。

人工股関節置換術を受ける基準として、基本的な日常生活動作が困難になることが挙げられます。近年では、「趣味を楽しみたい」「仕事やスポーツ活動を継続したい」など、生活の質を重視して手術を決心される患者さんも増えてきました。人工股関節置換術は、整形外科分野の中で最も成功した手術の一つとされ、インプラント(人工関節)の耐用年数も格段に向上しています。心当たりがあるという方は放置せず、整形外科医に相談して適切な治療を受けましょう。