プレゼント

世界へ届け!俺たちの厚木魂!6人のオヤジたちの介護ロボット開発物語

ニッポンを元気に!情熱人列伝

株式会社エルエーピー 代表取締役社長 北村 正敏さん

毎年10月29日は、世界脳卒中機構が定めた「脳卒中の日」。脳梗塞・脳内出血・くも膜下出血を総称する脳卒中を発症すると、深刻な後遺症としてマヒが残ることがあります。リハビリの継続に苦心する患者さんやご家族が多い中、マヒを起こした手指のリハビリに役立つ介護ロボットが注目を集めています。

「自宅で・自動で・自分で」手指のリハビリができるパワーアシストハンド

[きたむら・まさとし]——神奈川県厚木市生まれ。地元で写真店を経営しながら、青年会議所に参加して地域振興の活動に従事。2009年、地元の自営業者と「ロボット産業による街づくり」を目指して「チームアトム」を結成。専門家とともに試行錯誤を重ねて完成させたパワーアシストハンドが、さがみロボット産業特区の製品化第1号に認定される。

厚生労働省が発表した『患者調査』によると、2020年における脳血管疾患の患者数は、約174万人に上ります。60歳以降の世代を中心に毎年およそ27万人が発症し、12万人近くの人が亡くなっています。

脳血管疾患の中で一命を取り留めても再発を繰り返しやすい深刻な疾患が脳梗塞(のうこうそく)です。発症後は7割以上の患者さんに手足のマヒといった後遺症が残るとされる脳梗塞は、介護が必要な第2位の原因となっています。

脳梗塞の後遺症によって手足がマヒしたまま放置していると、こわばって動かなくなる「拘縮(こうしゅく)・片マヒ」という状態になります。拘縮を起こした患者さんは手でものをつかめなくなるだけでなく、むくみやむれによる衛生面の悪化など、生活の質が著しく低下します。運動機能の維持・回復には、理学療法士などによる適切なリハビリが必要となります。

運動機能にマヒが見られる患者さんがリハビリを行う際は、患部を反復させる運動が欠かせませんが、一人で継続するには限界があります。理学療法士によるリハビリを受けたくても、保険適用に関する日数・時間には制限があり、十分に受けることができないのが実情です。そのため、脳梗塞の後遺症に悩まされている患者さんの中には、リハビリを受けたくても受けられない“リハビリ難民”がおおぜいいるといわれています。

脳梗塞の後遺症に関するリハビリ問題を解消する一助になると注目されているのが、手指のリハビリを「自宅で・自動で・自分で」行える介護ロボットの『パワーアシストハンド』です。マヒした手に空気袋が付いた特殊なグローブを装着した後、空気圧のサポートによって手指の曲げ伸ばし動作を繰り返すと、筋肉の緊張緩和や血流の改善が促されます。その結果、拘縮の予防のみならず、可動域の拡大やマヒの改善も期待できると話題を集めているのです。

「地元を元気にしたい!」6人のオヤジたちが介護ロボット作りに挑戦

チームアトムは、地元の神奈川県厚木市を愛する6人のオヤジたちによって発足した(左から3人目が北村さん)

脳梗塞後のリハビリに悩む患者さんやご家族にとって〝朗報〟といえるパワーアシストハンドを手がけたのは、神奈川県厚木(あつ ぎ)市で写真店を営む北村正敏(きたむらまさとし)さんを中心とした6人の自営業者の皆さんです。酒店・金物店など、医療とは縁もゆかりもない地元の青年会議所のOBが結成した〝オヤジ軍団〟が立ち上げたロボットプロジェクトは後に大きなうねりとなり、神奈川県内の「さがみロボット産業特区」が誕生するきっかけとなります。「まだまだ夢の途中です」と語る北村さんに、パワーアシストハンドの開発から現在に至るまでの経緯を伺いました。

「製造業が多く集まる厚木市は、2008年のリーマンショック以降、経済が停滞して街の活気が失われていました。『もう一度、地元を元気にしたい!』と仲間たちと語り合いながら、かつて青年会議所時代に取り組んだイベントでスウェーデンの若者たちと交流した時のことを思い出しました。北欧のスウェーデンは当時から高齢化問題に直面していましたが、若者たちは活き活きとした表情で自分たちの国の未来を語っていました。明るく前向きに国を思う姿を思い出した私たちは、『俺たちも地元の厚木からこの国の未来を発信しよう!』と、新しい街づくりへの挑戦を決意したんです」

製造業が街に根づく厚木市には工学系の大学もあることから、「ロボット産業で街を活性化できないだろうか」と考えた北村さんたち。6人は毎月、定例会を設けながらロボットを目玉にした地域振興策について話し合いを重ねたといいます。2009年、北村さんたちは高齢社会対策と地域経済活性化をテーマにロボット産業への挑戦を正式に表明。6人を〝チームアトム〟と名づけてプロジェクトを発足したのです。

「チームアトムの命名は、漫画の『鉄腕(てつわん)アトム』が由来です。子どもたちが夢を持てる社会を作り、魅力ある未来を残したいという願いを込めています。とはいえ、私たち6人はもともと商店街のオヤジたち。ロボット作りなんて別世界のド素人です。プロジェクトの第一歩として、地元にある神奈川工科大学でロボットの研究をしていた山本圭治郎(やまもとけいじろう)先生に教えを乞うことにしたんです」

北村さんたちが訪ねた山本教授は、長年にわたって介護ロボットの研究開発に携わっていたその道の第一人者。当時の山本教授は、全身に装着して手足の動きを補助するロボット(全身ウェアラブルロボット)の研究開発中だったといいます。研究室に入って全身ウェアラブルロボットを見た瞬間、北村さんたちはあまりの精密さに圧倒されたと振り返ります。

「ありがたいことに、山本先生は私たちオヤジ軍団の〝ロボット作りの夢〟に真摯(しんし)に耳を傾けてくれました。そして、研究室で見た全身ロボットの開発にはとてつもない費用がかかることを教えていただきました」

そこで山本教授が「このサイズなら実用化できるかもしれませんよ」といって見せてくれたのが、脳梗塞の後遺症などによってマヒが残った手のリハビリを補助するための支援装置でした。パワーアシストハンドの原型といえるその装置は、山本教授が特許を取得していました。山本教授から特許使用の許諾をもらった北村さんたちは、厚木市の未来につながる地域振興策としてパワーアシストハンドの開発と製造に挑戦することになったのです。

手指のリハビリ用介護ロボット「パワーアシストハンド」を使えば、自宅にいながら優れたリハビリ効果が期待できる

パワーアシストハンドは、グローブの甲側にあるプラスチック製の管に空気を送り、空気圧を利用して指の曲げ伸ばしを補助するリハビリ用ロボット。管は柔らかいため関節の動きを妨げず、マヒを起こした手指に無理な負担がかかりません。北村さんを筆頭にしたチームアトムの6人は、山本教授の指導を受けながら実用化を目指す日々を送ったといいます。

「当時の私たちは、それぞれが本業を終えた夜に集まって、実用化へ向けての試行錯誤を重ねました。手になじむグローブの生地は何だろうと思った時は、たくさんの生地を集めて一つひとつの質感を確かめたり、慣れないミシンがけをしてグローブを縫ったりしました。初めての作業ばかりでしたが、関節の位置が人それぞれ異なるなどの新しい発見があるたびに、『ここを乗り越えれば実用化に近づくぞ!』と思いながら毎晩のように集まって議論をしていました」

試行錯誤を重ねた結果、肌に最もなじむパワーアシストハンドの生地はウエットスーツという結論にたどりついたチームアトムの面々。山本教授の構想どおり、ものをつかむ際の支障にならないように、グローブの甲側に空気を送り込む管を装着した試作品が完成したのです。

専門医のアドバイスや患者さんの使用感をもとに改良を重ねる

「試作品はできたけど、俺たちが作ったパワーアシストハンドは役に立つのだろうか」と不安を抱えた北村さんたちは、ツテをたどって神奈川リハビリテーション病院に試作品を持ち込み、山下俊紀(やましたとしのり)医師(当時は院長)に相談。山下医師はチームアトムの面々に、時に厳しく、時に優しく接したといいます。

「最初に訪問した時、山下先生から『リハビリ用のロボットを作りたい? 無理ですよ』とあしらわれましたが、改良した試作品を持っていくたびに『よくなってきたね』といってくださるようになったんです。ありがたかったのは、山下先生の配慮で患者さんたちに試していただけたことです。山下先生から『患者さんの手が動くようになってきたよ』といわれた時のうれしさは今でも忘れません」

患者さんたちの変化を見た山下医師は、「パワーアシストハンドはリハビリテーションの理にかなっています。実用化できれば、患者さんの生活の質を変える画期的なリハビリ機器になります」と絶賛するようになったとのこと。山下医師の言葉に自信を持った北村さんたちは、以後もマヒが残る患者さんに使ってもらいながら、実用化に向けた改良を重ねていきました。

「山本先生や山下先生のほかに力となっていただいたのが、神奈川県の黒岩祐治(くろいわゆうじ)知事です。2011年に黒岩知事が初当選した時に、チームアトムとして選挙事務所へとあいさつに行きました。黒岩知事はロボット作りで地域振興を図りたいという私たちの構想に賛同され、ロボット産業特区構想を強く推進していただきました」

黒岩知事が推進した「さがみロボット産業特区構想」は、2013年に国から承認を得て正式に発足。厚木市を含む県内圏央道沿線地域が産業特区に指定され、特区のシンボルマークとして鉄腕アトムのシルエットが使われています。

ロボット産業特区の第1号製品に認定され喜びの声が続々!

パワーアシストハンドは神奈川県の黒岩祐治知事(左)が推進する「さがみロボット産業特区」の第1号製品に認定されている(右端が北村さん)

さがみロボット産業特区が誕生した2013年に、北村さんらチームアトムは株式会社エルエーピーを設立。代表となった北村さんは、「介護する人もされる人も、介護負担ゼロ社会を目指す」ことを企業理念に掲げたといいます。その後、完成したパワーアシストハンドは、介護者・被介護者の負担をともに軽減できるだけでなく、長期的に見た場合の費用も安価です。そしてなにより、理学療法士などの専門家と同じレベルのリハビリを自分で実践することができます。斬新な介護ロボットとして高く評価されたパワーアシストハンドは、さがみロボット産業特区発の第一号製品に認定され、現在まで100ヵ所ほどの医療機関と福祉施設で利用されています。北村さんたちのもとに寄せられている喜びの声をご紹介しましょう。

「脳出血を起こして右半身にマヒが残り、4年間手が動きませんでした。パワーアシストハンドでリハビリを続けたら、新聞をめくれるようになりました」

「脳卒中でマヒが残りましたが、家内が作っていた炒飯(チャーハン)を自分で炒められるようになりました」

「脳卒中で左半身に重度のマヒが残りましたが、指の硬さが和らぎました。以前と比べてらくに手洗いができます」

「脳出血から左半身にマヒが残りましたが、指が開いて財布をつかめるようになりました」

「脳損傷から両手がマヒしましたが、指が開いてグー・チョキ・パーができるようになりました」

北村さんらチームアトムにアドバイスを続け、パワーアシストハンドの開発に大きく貢献された山下医師は、その特長を次のように話します。

「脳梗塞や脳出血といった脳卒中を発症すると、手指や足首に後遺症が残りやすくなります。後遺症の中でも特に改善が難しいのが、握る・つまむ・つかむといった手指の運動障害です。手指のマヒや運動障害には、早期から反復可動域訓練のリハビリを始めることが大切ですが、家族や理学療法士には長い時間をかけてこわばりを解いていく〝ほぐす〟作業が大変で、リハビリの継続が難しい原因の一つとなっています。パワーアシストハンドは、手に装着するだけでマヒを起こした指関節を優しく自動で動かします。その結果として、筋肉の緊張緩和や拘縮予防、浮腫(ふしゅ)の軽減が期待できる画期的なリハビリ機器といえるでしょう」

リハビリテーションの専門家である理学療法士の舟波真一(ふなみしんいち)さんは、パワーアシストハンドの長所をこう話します。

パワーアシストハンドは空気圧を利用して指の曲げ伸ばしを優しく促す

「意思に従って動くことを随意性と呼びます。手指の随意性の改善には、さまざまな運動感覚の入力が必要です。パワーアシストハンドは0.5秒に1回、手指のグー・パー運動をしてくれるので、1分で120回、10分で1200回、1時間で7200回もの運動感覚の入力が可能になります。空気を使って優しく動かすため、手指への負担をほとんどかけずにマヒや血液循環の改善が期待できます」

パワーアシストハンドの効果は口コミで広がり、脳梗塞の後遺症のみならず、骨折や脊髓(せきずい)損傷、頭部外傷の患者さんのリハビリにも活用されています。2016年には、手指のパワーアシストハンドをもとに開発した足首のリハビリをサポートするリハビリ訓練補助機器の開発に成功。医療機関や福祉施設から新たな注目を集めています。

「14年前に6人のオヤジたちで立ち上げたチームアトムは、今では24人に増えました。立ち上げた時に掲げた、①地域経済の活性化(地元への企業誘致)、②子どもたちの夢を(かな)える活動、③産業の振興というチームアトムの三つの理念は、今も揺らぐことはありません。『厚木を介護ロボットの世界拠点にする』という夢を叶えるために、一人でも多くの人たちにパワーアシストハンドを届けていきます」