脳の働きを活性化する成分として知られているオメガ3脂肪酸を豊富に含む食品に魚が挙げられますが、食習慣に取り入れるのが難しいと感じる人も少なくないでしょう。今回取り上げるクルミは、植物性のオメガ3脂肪酸を豊富に含むスーパーフードです。クルミに秘められた認知機能の改善力をご紹介しましょう。
脳の機能改善に重要なオメガ3脂肪酸はナッツ類の中でもクルミが豊富に含有
私は、長年にわたって大脳生理学を研究してきました。研究を重ねる中で、私が認知症の予防・改善に有効な成分としておすすめするのがオメガ3脂肪酸です。
常温で液体となる不飽和脂肪酸の一つであるオメガ3脂肪酸は、体内では合成することができず、食物から摂取しなければならない必須脂肪酸です。オメガ3脂肪酸は、αリノレン酸、EPA、DHAなどの総称で、魚やアマニ油、ナッツ類などに多く含まれています。
厚生労働省の『日本人の食事摂取基準(2015年版)』によると、1日あたりのオメガ3脂肪酸の摂取の目安量は、18~29歳の男性で2.0㌘以上、女性で1.6㌘以上です。目安量とは、不足していないと予想される量で、摂取する量の目安になります。70歳までは、年齢が高くなるにつれて摂取の目安量も増えていきます。
オメガ3脂肪酸の体内での働きは多岐にわたります。代表的なものに動脈硬化(血管の老化)の改善、中性脂肪値の低下、炎症の抑制があります。心臓病やがん、脳梗塞、脳出血、糖尿病、高血圧、肥満などの予防に有効であると報告されています。
オメガ3脂肪酸は、脳の情報伝達にかかわっている神経細胞(ニューロン)の膜に含まれる成分の一つでもあります。特に、神経細胞のつなぎめで情報伝達を担っているシナプスの働きを潤滑にするために必要な成分で、脳の働きには不可欠な存在です。神経細胞中のオメガ3脂肪酸が少なくなると、学習・記憶や認知・思考の能力が低下すると考えられています。
脳の神経細胞の働きを維持・改善するためにも、オメガ3脂肪酸を不足しないようにとらなければいけません。オメガ3脂肪酸を豊富に含む食べ物としてよく知られているのは魚です。サケの切り身60~90㌘を週に2回食べれば、オメガ3脂肪酸が不足していない状態といっていいでしょう。
ところが、食の欧米化が進んだ現代の日本において、週2回魚を食べるのは難しいととらえる人も少なくないと思います。そこで、私がおすすめするのが「クルミ」です。
ナッツ類の中でオメガ3脂肪酸を群を抜いて豊富に含むのが、クルミです。数種類あるオメガ3脂肪酸の中でも、クルミに含まれるのは植物由来のαリノレン酸です。DHAやEPAは、動物がαリノレン酸を取り込むことで合成されます。
特にDHAは、脳の灰白質(神経細胞が密集した灰白色をしている部分)の形成に重要な役割を担っているといわれています。αリノレン酸は「DHAの親」ともいえる存在です。クルミなら、ひとつかみ(約28㌘)で1日に必要なαリノレン酸(約2.5㌘)をとることができます。
優れた抗酸化作用のあるクルミを食べたら認知機能が改善すると追跡調査で実証
クルミには、優れた抗酸化作用があることも証明されています。1113種類の食品の抗酸化力を調べる研究の結果、クルミの抗酸化物質の含有量はブラックベリーに次いで2位でした。抗酸化物質としてよく知られるポリフェノールでいえば、ひとつかみのクルミは、リンゴジュースや赤ワイン1杯分の含有量を上回ります。
抗酸化作用が強いと、酸化ストレスの害を抑えて加齢による慢性疾患の予防に役立ちます。認知症の発症原因の一つとして考えられているのが、アルツハイマー病です。アルツハイマー病と酸化ストレスには、密接な関係があることが知られています。クルミから取れる抗酸化物質が酸化ストレスの害を抑えることで、アルツハイマー病を予防することが期待できます。
2014年に発表されたニューヨークでの研究によると、クルミを加えたエサをマウスに与えたところ、学習能力・記憶力・不安軽減・運動発達において有意な改善が見られることがわかりました。クルミが持つαリノレン酸の神経細胞の活性化作用とポリフェノールの抗酸化作用によるものと考えられます。
また、クルミを含む地中海食が加齢性の認知機能の低下を防ぐことが、約4年間の追跡調査で明らかになりました。地中海食は、ユネスコの無形文化遺産にもなっており、オリーブオイルや植物性食品、魚介類を多用するのが特徴です。
追跡調査で行われた試験では、55~80歳の447人を3つのグループに分け、それぞれ「地中海食+オリーブオイル」「地中海食+クルミ半量を含むナッツ」「低脂肪食」を摂取してもらいました。その結果、クルミなどのナッツを追加した地中海食を食べていたグループは、ほかのグループと比べて記憶力が有意に改善していたのです。
さらに、追跡調査中に軽度認知機能障害が37例ほど見つかりましたが、オリーブオイル追加グループが17例(13.4%)、低脂肪食グループが12例(12.6%)だったのに対し、ナッツ追加グループはわずか8例(7.1%)でした。この結果は、米国医師会の雑誌『JAMM』に掲載されています。
クルミは、健康によい成分を手軽に補給できるスーパーフードといえます。皆さんも、ひとつかみのクルミをお菓子の代わりに食べることを習慣にしてみてはいかがでしょうか。